表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/81

夏休み、予想外の大騒ぎ! 3

午後の陽射しが、白いティーカップの縁を照らしていた。エルディア邸のテラスにて、ジュリアンと過ごす久しぶりのひととき。


「この香り……クララ特製のハーブティーですね。とても落ち着きます」

優雅にカップを口に運びながら、ジュリアンが静かに微笑む。


「うん。クララが夏はミントを少し強めにするとすっきりするって」


「なるほど。確かに、暑い日にはぴったりの調合です」


「最近、父さまもあの香りのお茶がいいって言うんですよ」


自分たちの研究が、誰かの日常に小さな彩りを添えている――そのことが、なんだか嬉しかった。

そんな穏やかな空気の中、ジュリアンがふと思い出したように話題を変える。


「そういえば、学院から秋の予定が届いていました。魔法決闘祭デュエルフェスタという行事があるそうです」


「……デュエルフェスタ?」フィオナは手元のカップを見つめ、ゆっくりと瞬きをした。


「はい。魔法を使った模擬戦形式の行事で、成績にも反映されるとのこと。全生徒参加だそうです」


「……え、それってわたしも?」


思わずそう聞き返すと、ジュリアンは静かにうなずいた。


「はい。特例は認められていないようです」


しばし沈黙が流れる。

フィオナはテーブルの上のティーカップを見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。


「……今のわたしじゃ、すぐに負けてしまう」


「負けるのは仕方ないとしても、ぼろ負けは……ちょっと、嫌かも」


声は小さかったが、その中には確かな意思が込められていた。


「これから先、また誰かを助けたいって思ったとき……守られてばかりじゃ、だめだと思うの」


「ちゃんと、自分の力で立っていたい」


ジュリアンはその言葉を、真剣なまなざしで受け止めた。


「その気持ちは、よく分かります」


「実際、何かあったときに自己防衛ができるかどうかは、状況に大きな差を生みますから」


「僕が姉さまを護れたら一番いいのですが、常にそばにいられるとは限りません」


穏やかな口調に、フィオナはそっと頷いた。厳しさではなく、現実を見据えた優しさが、そこにはあった。

お茶の時間が終わっても、フィオナの心には言葉が残っていた。

守られるだけじゃ、だめ。誰かの手を取るためにも、自分の足で立てるようにならなくちゃ。



翌日、フィオナは早速行動に移すことにした。思い浮かんだのは、いつも冷静で、魔法も学問も得意な弟――ジュリアンだった。


「ジュリ、あの……少し、剣を教えてもらえないかな?」


屋敷の図書室で資料を読んでいたジュリアンが、ゆっくり顔を上げる。


「剣、ですか?」


「うん。デュエルフェスタのことを考えてて……少しでも戦えるようになりたいの。魔法じゃどうにもならないなら、せめて剣くらいはって」


ジュリアンは短く考え込み、申し訳なさそうに首を振った。


「姉さまにお願いされるのは、とても嬉しいです。でも今は領地関連の対応と日々の管理で手一杯で…時間が作れなさそうなんです」


「けど――」と、そこで言葉を区切り、少しだけ口元をゆるめた。


「カイルにお願いしてみてはいかがですか?」


「カイルに……?」意外な名前に、フィオナは瞬きをする。


「はい。彼なら剣術に長けていますし、姉さまのこととなれば、きっと断る理由はないでしょう」


「むしろ、喜んで教えてくれると思いますよ」


「う、うん……でも、忙しくないかな。訓練とか、任務とかあるだろうし……」


「それは大丈夫です。あの様子では、きっとスケジュールをどうにかしてでも時間を作ってくれるでしょうから」


ジュリアンがさらりと言うので、思わず吹き出してしまいそうになる。でも、心の中で何かが軽くなった。


「……じゃあ、手紙を書いてみる」


「はい。伝えれば、すぐにでも飛んでくるかもしれませんね」


そのやり取りの後、フィオナは筆を取った。――そして数日後、届いたカイルの返事には、まっすぐな言葉が綴られていた。


♢♢♢


エルディア邸の中庭に、風がそよぐ。


いつも薬草を干している陽だまりの一角が、今日は小さな稽古場になっていた。カイルは普段と変わらない笑顔でやってきて、軽く礼をしてから剣を構える。


「今日はよろしくね、フィオナ」


「まずは構えから。剣を持つのは慣れてる?」


「ううん、ほとんど初めて」


そう答えると、カイルは頷き、柔らかい声で続けた。


「うん、大丈夫。ゆっくりやろう」


「最初は振ることより、立つこと。剣を構える前に、ちゃんと地に足をつけるんだ」


そう言って、フィオナの立ち位置に近づく。足元の幅を見て、軽く肩に手を添えてバランスを直すと、その動作ひとつひとつが思いのほか丁寧だった。


「重心、右に寄りすぎてる。こっちの足でしっかり支えて。……うん、そう」


「それから――腕の角度。もう少しだけ肘を曲げて」


言葉は優しい。でも、指導はまっすぐだった。いつもの明るさは少し控えめで、教えることに集中しているのが伝わってくる。


(こんなふうに真剣な顔、あまり見たことなかったかも)


風が吹き抜け、汗に濡れたカイルの前髪が、額に張りつく。その横顔に、ほんの一瞬だけ視線が釘付けになった。


カイルの剣さばきには、迷いがなかった。動きひとつひとつが的確で、日々の鍛錬の積み重ねが感じられる。それは美しいとさえ言えるほどだった。


「よし。じゃあ、ちょっとだけ振ってみようか。力は入れなくていい。姿勢を崩さないように意識して」


カイルの声に頷いて、フィオナは木剣を握り直した。手に伝わる重さと、指先に滲む汗。それでも――剣の先は、不思議とまっすぐ前を向いていた。


稽古を終え、ふたりは中庭の木陰に腰を下ろしていた。夏の陽射しはまだ強かったけれど、草の匂いを含んだ風が頬をなでていく。汗ばんだ額を袖で拭いながら、フィオナはほっと息をついた。


「はい、これ。冷やしておいたよ」


そう言って、カイルが差し出してくれたのは、涼しげなガラス瓶。中にはレモンとハーブが浮かんだ、水色のドリンクが入っている。


「……ありがとう。カイルが作ったの?」


「いや、屋敷の人に頼んでおいた。練習って、けっこう汗かくからさ」


そう言って笑う顔は、すっかりいつものカイルだった。


「……今日はありがとう。すごく、わかりやすかったし……教えてもらえて、本当に嬉しかった」


フィオナがそう伝えると、カイルは照れたように後頭部をかいた。


「そ、そんな……オレの方こそ。フィオナが頑張りたいって言ってくれたの、なんか、嬉しかったんだ」


「……え?」


「だって、ずっと守ってあげたいって思ってたけどさ。こうして並んで戦える日がくるかもって思ったら……なんか、それもいいなって」


笑いながらそう言うカイルの声は、いつも通りのはずなのに――どこか、胸の奥にぽつんと残る。


(……なんで、だろう)


(さっきまでの稽古より、こっちの方が――息が苦しい)


フィオナはグラスを手にしたまま、そっとカイルの横顔を盗み見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ