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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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王立魔法学院編、開幕 2

講堂に近づくにつれ、生徒たちのざわめきが徐々に熱を帯びていく。


重厚な石造りの円形建築。その扉の前では、すでに何人もの新入生たちが列をなしており、噴水の縁や柱の影で談笑する姿も見える。


この学院の一年生は、約百人。上級貴族も、地方の優秀な平民も、みな一様に選ばれた者としてこの場に集っていた。


「わぁ……天井、すごい……!」


講堂の扉が開き、中へと足を踏み入れた瞬間、フィオナは思わず声を漏らした。


天井は高く、ドーム型に広がっている。その内側には淡く光る魔法紋と王家の紋章が刻まれ、正面の壇上には王国の旗が掲げられていた。


壁際には大理石の柱が並び、所々に魔力灯が設置されている。古びた装飾の中にも魔法学院らしさが息づいていて、重厚な空気が満ちている。


「新入生は中央席らしいですよ」


ジュリアンが手元の紙を見ながら、迷いなく歩き出す。


カイルとシルヴァンもそれに続き、フィオナも後ろから歩みを進めようとした――そのとき。


「ようやく見つけた」


落ち着いた声が届いた。


そちらに目を向けると、黒髪の少年が静かに歩いてくるところだった。


きっちり整えられた短髪に、冷静なグレーの瞳。眼鏡越しに、視線がまっすぐ向けられる。


制服の着こなしは端正そのものだが、どこか近寄りがたい空気を纏っている。


「……ユリウス!」


カイルが真っ先に声をかけた。懐かしさをにじませた笑みに、黒髪の少年――ユリウスも、わずかに口角を上げる。


「久しぶりですね。アーディン家のわんこ殿は、健在のようで」


「わんこ言うな!……でも、お前、全然変わってねぇな。いや、ちょっとだけ大人っぽくなったか?」


「あなたほど急成長した例も珍しい。身体的には……随分伸びましたね。かつては確かに、ちびと呼ばれても反論できない程度でしたから」


「もうちびじゃねぇし!」


二人のやりとりに笑みを浮かべながら、フィオナもユリウスに一歩近づいた。


「ユリウス。元気そうでよかった」


 そう言ったわたしに、ユリウスがほんの少し目を細める。


「あまり変わらないと言われるだろうとは、予測していました」


「うん、変わってない。でも、ちゃんと大人っぽくなってるよ」


「……どちらとも取れる評価ですね」


「両方、いい意味」


「……なら、問題ありません」

フィオナはふと、ユリウスの整った顔立ちを見つめながら、ぽつりと呟いた。


「……宰相様そっくりね。びっくりするくらい」


その言葉に、ジュリアンとシルヴァンが小さくうなずく。


その空気の中で、ユリウスはふっと一息ついたように眼鏡を押し上げた。


「そろそろ入るか。始まるぞ」


カイルの声に全員がうなずき、それぞれ講堂の席へと歩を進める。


まもなく、入学式が始まる――新たな日々の、第一歩が。


フィオナたちが席に着くと、ドーム型の天井に刻まれた魔法紋が、次第に淡く輝き始めた。


静まり返った講堂に、突如、澄んだ鐘の音が響き渡った。


魔法の効果で、音は天井から降るように響いた。静かなのに、どこまでもよく通る。


音の余韻が消えると同時に、講堂全体に緊張が走る。


荘厳な空気に包まれ、生徒たちは思わず背筋を正した。


壇上に現れたのは、深い紫のローブに身を包んだ人物。


白髪混じりの長髪をひとつに結い、その眼差しは鋭くも穏やかで――誰もが息をのむような、圧倒的な存在感を放っていた。


「……これより、アルセリオン王立魔法学院 入学式を執り行う」


高名な魔術師にして現学院長。


その開式の辞が告げられた瞬間、空気が一段と引き締まる。


学院長が学院の理念を簡潔に述べ、司会が「次は、新入生代表の挨拶です」と告げると、講堂に再び鐘の音が響いた。


それは、次の進行を告げる合図だった。


誰からともなく視線が集まる中、壇上の中央へと歩み出たのは、一人の少年だった。


制服の白シャツに金ボタン。隙のない着こなし。


陽光を受けて淡く輝く金髪。


まっすぐ前を見据える碧の瞳には、一片の迷いもなかった。


誰もが彼の名を知っていた。


だが、ざわめきは起きない。静かな注目が、講堂を包む。


王太子、アレクシス・アルセリオン。


彼の立ち姿には、その肩書を越えた誇りと気迫があった。


アレクシスは静かに一礼し、演壇に設けられた魔導石へと手を添える。


淡く光る石に魔力を流し込むと、彼の声が講堂の隅々まで届くように響いた。


「私は、アレクシス・アルセリオン。


王太子としてではなく、一人の魔法使いとして、ここに立っています」


その言葉に、思わず息を呑んだ新入生もいたかもしれない。


けれど、アレクシスの声には無理な強調も虚勢もなく、ただまっすぐに思いが込められていた。


「アルセリオン王立魔法学院は、王国の建国と共に誕生した、我が国最古の魔法教育機関です。この由緒ある学院に入学できたことを、まず、心から誇りに思います」


アレクシスは静かに学院長と教授陣に向かって一礼し、再び新入生たちに視線を戻した。


「私たちの先には、すでに偉大な先輩方が築いてきた道があります。その道を継ぎ、さらに広げていく責任が、私たちにはあります。学院長をはじめとする先生方から学べることに感謝し、謙虚な姿勢で知識と技術を吸収していきたいと思います」


彼の声は、講堂の隅々まで届くように、しかし押し付けがましくなく、響いていた。


「この場には、立場も生まれも関係ありません。私たちは魔法の才能を持つ者として平等です。出自ではなく、努力と才能が評価される場所——それがこの学院です。私は皆さんと共に学び、時に競い合い、そして助け合いながら成長したいと思います」


アレクシスは両手を軽く握り、声に力を込めた。


「我々が学ぶ魔法は、ただの力ではなく、この国と人々を守る盾となり、新たな道を切り拓く剣ともなるでしょう。いつの日か、私たちがこの学院で学んだことが、アルセリオン王国の明日を支える礎となることを信じています」


言い終えると、アレクシスは深く一礼した。


アレクシスのスピーチが終わると、講堂に静かな拍手が広がる。


その中で、フィオナはそっとまばたきをひとつした。


(……堂々としてるなぁ)


まっすぐに前を見据え、言葉を選んで話すその姿は、まぎれもなく王太子だった。


誰よりも強い責任を背負いながら、真正面からそれに向き合っている。


その誇りと覚悟を、ずっと大切にしてきたのだと――改めて感じさせられる。


(……背筋が伸びた気がした)


ほんの少し距離を感じたのは、彼が遠くに行ったからじゃない。


先に進もうとしているからだ――と、フィオナは思う。


「……すごいな」


ついこぼれた声は、どこか誇らしくて、少しだけくすぐったかった。


フィオナは拍手を送りながら、まっすぐに立つその背中を見つめていた。


入学式の残りの式次第も滞りなく進み、全てが終わると生徒たちは一斉に立ち上がり始めた。講堂の出口に向かって歩き出す中、フィオナの背中を誰かが叩いた。


「――おつかれ!」


講堂を出た瞬間、カイルの元気な声がフィオナの背中を叩いた。


そのまま彼は後ろからのぞき込むように顔を出す。


「ねえねえ、どうだった? アレクシスのスピーチ。すっげーかっこよかったよな!」


「うん、立派だったわね」


フィオナが笑いながら答えると、すぐ後ろからジュリアンとシルヴァンも合流した。


そのあとを追うように、アレクシスとユリウスもゆっくりと歩いてくる。


「さすが王太子殿下!さすがのスピーチだったよ!」


カイルが感心したように言うと、アレクシスはふっと肩をすくめた。


「当然だろ。俺は王子としても魔法使いとしても、誰よりも優秀でなければならない……まあ、今日のはただの挨拶程度だ」


「やっぱ俺様だなー……」とカイルが笑いながら頭をかく。


一行はそのまま廊下を抜け、教室棟の中へと進んでいく。


「ねぇ、クラスってどうやって分けられるのかしら?」


フィオナがふと口にすると、ジュリアンが入学案内をめくりながら答える。


「入学試験の成績順です。成績上位から番号が振られて、順に各クラスへ振り分けられる。僕たちはAクラスなので、もっとも成績が良かったグループですね」


「おお~! なんかすげー!」


 カイルが素直に目を輝かせると、ユリウスが淡々と付け加える。


「当然の結果です。……この程度の成果に満足しているなら、いずれ失速する可能性は高いですね」


「うわー、毒舌メガネだ。なつかしい〜」


「カイル。もう少し言葉を選びなさい」


そんなやり取りに笑いながら歩いていくと、目的の教室が見えてきた。


重厚な扉の奥には、広々とした講義室が広がっていた。


整然と並ぶのは、よくある木製の机と椅子ではない。


段差のあるフロアに、円弧を描くように配置された長机と椅子――まるで大学の講義室のようなつくりだ。


黒板の代わりに、正面には淡く光を放つ魔導石の板が設置されている。


「自由席だってさ。好きなとこ座ろーぜ!」


そう言って真っ先に駆けていったのは、やっぱりカイルだった。


フィオナは少し後ろから教室を見回し、入口近くの列に席を選ぶ。


その隣にジュリアン、後ろにアレクシスとユリウス、最上段にはシルヴァンとカイルが並ぶ――自然と、いつものメンバーが同じ空間に集まっていた。


「……始まるんだね」


フィオナがぼそりとこぼしたその瞬間。


教室の扉が、静かに音を立てて開いた。

今日もお読みいただきありがとうございます

いつも読んでくださる皆さまに、心から感謝しています。

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