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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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34/81

名乗り合ったその日から

白い天井と、微かに薬草の香りが漂う静かな部屋。


フィオナ・エルディアは、二度目の目覚めにゆっくりとまぶたを開いた。

前に意識を取り戻したのは、夜のことだった。あのときは隣のベッドに寝ていた少女の姿を見て――思わず息をのんだ。


フェリシア。


前世でプレイした乙女ゲーム『まほこい』で"主人公"の少女。その存在が、今こうして、自分のすぐそばにいる。

朝の光はやわらかく、カーテンの隙間から差し込んでいた。

胸にはまだ少し重さが残っているものの、痛みはなかった。魔力の使いすぎで身体がだるい。けれど、それも自分が無事である証。


身体を起こして、周囲を見渡す。

簡素な室内。仕切りのカーテン。棚に置かれた瓶やポーション。

どこもかしこも静かで、落ち着いている。


ふと、視線が隣のベッドに向かう。

栗色の髪の少女が、静かな寝息を立てていた。

彼女の顔色は良く、穏やかに眠っているのがわかる。

それを見ただけで、胸の奥がふっと緩む。


(よかった……)


言葉にはならなかったが、心のなかで何度も繰り返した。


微かな寝返りの気配に、フィオナは顔を上げた。

隣のベッドの少女が、ゆっくりとまぶたを開いている。

まだ夢の名残を引きずるようなぼんやりとした目。けれど、ふと何かに気づいたように、急に体を起こそうとした。


「……お母さんは……っ、お母さん……無事……?」


かすれた声に、フィオナは慌てて言葉を返す。


「うん、大丈夫だよ。命に別状はないって。

でも、まだ少し様子を見なきゃいけないから、別のお部屋で休んでるの」


フェリシアの肩がふっと緩んだ。目に浮かんだ涙が、頬を伝って一筋こぼれる。

両手で顔を隠すようにして、深く息をついた。


「……よかった……ほんとうに……」


フィオナも、静かに胸をなで下ろす。


あの夜の記憶が、まだ鮮明に残っている。

必死で治療していた自分。突進してきた魔物。

そして、間に割って入った小さな背中。――光が放たれた瞬間。


口を開こうとして、ふと視線が重なった。

フェリシアが、不安そうに問いかける。


「……あなたが、助けてくれたの?」


フィオナは首を横に振って、小さく笑った。


「……違うよ。助けてもらったのは、私の方だよ」


フェリシアが、驚いたように瞬きをする。

フィオナはまっすぐ彼女を見つめながら、ゆっくり言葉を紡いだ。


「あのとき……あなたがかばってくれなかったら、

わたしも、あなたのお母さんも――どうなってたかわからなかった。

……ありがとう。命を助けてもらったの、わたしの方だよ」


フェリシアは小さく息をのんだまま、しばらく何も言わなかった。

やがて、伏せたまつ毛の奥に、ぽつりと呟く声が落ちた。


「……守りたかっただけ、なの」


その言葉に、フィオナの胸がきゅっとなった。

この子は、ただそれだけの想いで――自分の命を懸けたのだ。


「そっか。……すごいね、あなた」


そう言ったフィオナの声には、素直な敬意と、優しい微笑みが混ざっていた。



静かな時間が流れる医務室に、軽やかな足音が近づいてくる。

布の揺れる気配とともに、カーテンがそっと開いた。


「失礼するわね」


姿を現したのは、白銀の髪に淡い紫の瞳をもつ、王妃クラリーチェだった。

気品に満ちたたたずまいなのに、不思議と空気がやわらかくなる。


「ふたりとも、目を覚ましてくれて安心したわ」


椅子を引いて静かに腰を下ろすと、クラリーチェは穏やかな声で問いかけた。


「体の具合はどう? 痛むところはないかしら」


フィオナは背筋を正し、静かに答える。


「お気遣い、ありがとうございます。特に問題はありません」


その隣で、フェリシアが少しおずおずと口を開いた。


「……はい。たぶん、大丈夫……だと思います……」


クラリーチェはふたりの様子を見て、やわらかく微笑んだ。


「あなたたちがしてくれたことは、ちゃんと伝わっているわ。

無茶をしたとは思うけれど……大切な人のために動いた、その勇気は、誇っていいと思うの」


言葉に熱はないのに、不思議と胸に響いた。


「少しだけ、これからの話をしてもいいかしら?」


ふたりがうなずくのを見て、クラリーチェは静かに続けた。


「フェリシアさんには、しばらくこのお城で過ごしてもらうことになったの。

お母さまも一緒にこちらで手当てを受けているわ。

回復は順調よ。すでに落ち着いていて、今は別の医務室で静かに休んでいるの」


フェリシアが小さく息をのむ。


「……お母さん……本当に、大丈夫なんですか……?」


「ええ。フィオナさんがしっかり治してくれたから、命の危険はもうないわ。

あとは、少し休んでもらえればきっと大丈夫。ご安心なさい」


フェリシアは胸に手を当てて、こくりとうなずいた。


「あなたの体も、まだ落ち着かないでしょう? 魔法が急に発現した直後は、とても不安定になるもの。

だから、しばらくはゆっくり過ごして、必要なサポートを受けてほしいの」


フェリシアは黙ってうなずいた。気持ちの整理はまだつかない。でも、この人の言葉には、従いたくなる静けさがあった。


フィオナが、ふと顔を上げて尋ねた。


「……カイルは、無事でしょうか?」


クラリーチェはやさしく微笑む。


「ええ。あなたたちと一緒に運ばれてきたけれど、かなりの怪我を負っていたの。

でも、騎士団のポーションで治療を受けて、すでに目を覚ましているわ。

今は騎士団本部で簡単な報告をしているけれど、落ち着いたらすぐ、こちらに顔を見せに来るでしょうね」


その言葉に、フィオナの胸が少しゆるむ。こわばっていたものが、静かにほどけていく。

窓の向こうでは、陽射しが濃くなっていた。

風にそよぐカーテンのすき間から、草の匂いと青空の明るさがふわりと届く。


「今日は、空が高いわね。……初夏の風、かしら」


クラリーチェのつぶやきに、ふたりは顔を上げた。

窓の向こうで、陽の光が眩しく揺れていた。



クラリーチェが出ていき、カーテンがそっと揺れたあと、医務室には静けさが戻ってきた。

風の音と、遠くの小鳥のさえずりだけが聞こえている。

フィオナはベッドにもたれながら、隣の気配をなんとなく感じていた。

フェリシアは、少し俯いたまま黙っている。

言葉をかけようか迷っていると、小さな声が先に届いた。


「……その……さっき、王妃さまが呼んでた通り……私、フェリシアっていいます」


声にはまだ照れと緊張が混ざっていた。けれど、ちゃんと向き合おうとしているのが伝わってくる。

フィオナはやさしく微笑んだ。


「素敵な名前だね。……わたしは、フィオナ・エルディア。よければ、フィオナって呼んで」


フェリシアが目を丸くする。


「えっ、でも……公爵令嬢なのに……」


フィオナは少し首を傾げて、穏やかに言った。


「うん、公爵令嬢だけど……友達になれたらいいなって、思ったから。

だから"フィオナ"って、呼んでもらえたら嬉しいな」


フェリシアの顔に、ぽっとあたたかい色が灯る。


「……じゃあ……フィオナ、さん。……あ、フィオナ……」


「うん」


ふたりの間に、そっと笑みが広がった。

あんな出来事のあとで、こんなふうに穏やかに話せていることが――信じられないくらい、不思議だった。

しばらく風の音だけが流れる。けれど、その沈黙も心地よかった。


「……また話せたら、うれしいな」


フィオナの言葉に、フェリシアもふっと笑ってうなずいた。


「……うん。わたしも、そう思ってた」


ふたりの間に、そっと新しい風が吹いた。

今回も読んでくださり、ありがとうございました。


評価やブクマなど、ひとつひとつが本当に励みになっています。これからもがんばっていきますので、よろしくお願いします!

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