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悪役令嬢、チュートリアル担当の騎士と結婚したら破滅回避できました 〜攻略難易度★☆☆☆☆の彼が最高の旦那様でした〜  作者: 梅澤 空


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記されてなかった、章のはじまり 2

「こっちに運べ! 意識がない、瘴気にやられてるぞ!」


治療院の中は、本来あるべき姿とはかけ離れた、戦場のような惨状だった。血の匂い、嗚咽、叫び、呻き。混ざり合う声と臭いの渦の中、ポーションの瓶が転がり、床には血や泥、破れた布があちこちに散らばっている。誰かの靴が脱げ、焼け焦げたマントが壁にもたれかかっていた。


担架の上で呻く兵士。泣きながら子どもを支える母親。目を見開いたまま意識のない若者―― 命がこぼれそうな人々が、次々と治療院に運び込まれていた。


「軽傷は奥! 呼吸が乱れている者は処置台へ。瘴気と出血がある患者は最優先だ、すぐに診ろ!」


治療師の怒号が飛び交う中、看護師たちが奔走する。だが明らかに人手が足りず、処置は追いついていない。フィオナも、その流れの中にいた。


けれど――


(怖い……)


足元で、血の混ざった水がにじむ。痛みを訴える声が重なり合い、視界がゆがむ。


(これが……現場……)


前世で災害医療の実習映像は見た。けれど、実際にその場に立つことはなかった。今、目の前にあるのは「映像」ではなく、「現実」だ。


鼻を突く臭い。湿った血。焼けた布の焦げ。呼吸が浅くなる。胸が苦しくて、喉が渇く。


(逃げたい……今すぐ……)


でも、その思いと同時に、脳裏にはこの世界で学んだ知識がよみがえる。


――瘴気。それは、魔物がまとう黒い霧のようなもので、身体に取り憑いて蝕む毒の一種。


第一段階は接触による軽度症状で、吐き気やめまい、微熱程度。第二段階になると皮膚や粘膜に入り込み、発疹や呼吸困難が現れる。ここまでは回復可能だ。


だが第三段階、瘴気が血流や内臓に達すると治療が難しくなり、最終の第四段階『瘴化』では神経を侵し、意識の喪失や痙攣を引き起こす。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(……私が、逃げたら……)


「お姉ちゃん……」


か細い声が、袖を引いた。見ると、小さな子どもがフィオナを見上げていた。唇を噛んで、必死に涙をこらえている。


(……私は、光魔法を持ってる)


(だったら、やらなきゃ――誰もができることじゃない)


息を深く吸い込む。恐怖が消えたわけじゃない。けれど、目の前で助けを求める人を前に、フィオナは一歩を踏み出すことを選んだ。


「この方は意識があります。あちらへ……! この子は熱が高すぎる。瘴気かもしれません!」


声を張った。緊張で喉が震える。でも、確かに通じた。看護師が頷き、すぐに指示を飛ばす。


(わたしにできることを、一つずつ)


フィオナは額の汗をぬぐいながら、処置台へと向かった。


「先生、この人……ポーションが効きません!」


叫ぶ声に、フィオナはすぐさま反応した。駆けつけた先にいたのは、腹部を押さえながらぐったりと倒れる中年の男性。顔は蒼白、呼吸は浅く、手足が痙攣していた。


治療師のひとりが、血相を変えて振り向く。


「すでにポーションは二本使ったが、熱も下がらず、意識も戻らないんだ!」


「水魔法で冷やしても、反応なしです……!」


フィオナは男性の様子を見て、すぐに気づいた。


(これは……瘴気の第三段階。血流か、もしかすると内臓まで入り込んでる)


第三段階は境界線。見極めと決断の遅れが、命の生死を分ける。


フィオナは男性の腹部に手をかざし、スキャンを発動する。淡い光が指先から流れ込み、患者の体内構造が脳裏に浮かび上がる。


(……小腸のあたり。黒い影。内臓に侵食してる。でも、まだ神経には届いてない)


今なら、間に合う。


「私がやります!」


フィオナはきっぱりと言い、患者のそばに膝をつく。現場の誰もが一瞬動きを止めたが、彼女の真剣な眼差しに言葉を呑んだ。


(迷ってる時間はない。できるかじゃなくて、やるしかない)


深く息を吸い、詠唱を開始する。


「熱を包み、奥の炎を鎮めて――」


思い描くのは、体内を暴れるようにうごめく瘴気の黒炎。それを柔らかな光で包み込み、静かに冷ますようなイメージ。光の魔法は、癒しであると同時に、浄化でもある。


「やさしい光よ、届いて……」


患部の奥深くへ、想いと魔力を重ねて送り込む。


静癒せいゆ


ぱ、と光が灯った。


金色の輝きがフィオナの掌から広がり、患者の腹部をやわらかく包み込む。その光は、鋭さではなく、あたたかさを持っていた。ほどなくして、スキャンで見えた黒い影がすうっと薄れていく。


患者の呼吸が整い、全身の強張りが緩んでいく。


「……う……ぁ……」


開かれた目が、ゆっくりとフィオナを見た。


「……助かった……のか……」


その瞬間、周囲の空気が変わった。驚きと戸惑いが入り混じったまま、治療師がぽつりと呟く。


「……瘴気が……本当に……消えた……?」


治療師のひとりが、信じられないというようにぽつりと呟く。看護師も、患者の傷ではなく、その空気に目を凝らしていた。


「……見間違いじゃない……あの黒い瘴気が、消えた……」


「光魔法って、こんなふうに……浄化するんだ……」


今まで光魔法の力を理屈で知っていた者たちが、その"現象"を初めて目の当たりにし、口々に驚きを漏らす。


患者の隣にいた少女が、小さく震えながら言った。


「……お姉ちゃん……光の人、なんだね……」

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