表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/81

運命の、ちょっと前 4


前世の記憶がよみがえったのは、八歳の誕生日を少し過ぎた頃のことだった。


あれから、もう五年になる。


初夏を過ぎたある日、ふとそんなことを思い出して、私はバルコニーに出た。

陽の光に照らされた庭の花々。少し熱を帯びた風の匂い。どこまでも穏やかな午後だった。


私が転生したのは、乙女ゲーム『魔法と恋と運命の糸〜君と結ぶ魔法の絆〜』――通称「まほこい」の世界。

記憶がよみがえったあの瞬間、すぐにそれだとわかった。

そして自分がこの世界で「悪役令嬢フィオナ・エルディア」として生きていると知ったとき、血の気が引いた。


傲慢で、冷酷で、主人公フェリシアを徹底的にいじめる悪役。陰謀、嫌がらせ、婚約破棄、国外追放、魔法犯罪者として処刑……そんなバッドエンドがいくつも用意されていた。


最初はただ、破滅を避けたくて必死だった。


少しでも印象よく見られたくて、笑顔を心がけたり、礼儀正しくしたり。最初は破滅フラグを回避するためだったのに、いつの間にか心からそうしたいと思うようになっていた。目の前にいる人たちが、ただ好きだから。


アレクシス、ユリウス、シルヴァン、カイル、ジュリアン。


攻略対象だった彼らは、ただのゲームキャラなんかじゃなかった。驚くほどまっすぐで、優しくて、時々不器用で。みんな自分の人生を一生懸命生きていて、そんな彼らと過ごす日々は、かけがえのないものになっていた。


仮とはいえアレクシスと婚約した今、ゲームの筋書きからどれだけ外れてきたのか実感する。


正直、このまま何も知らずに生きていけたら、もっと気楽だったかも。


でも、まだ怖いんだ。このままでも、あの悲惨な未来に向かってるんじゃないかって。


あと二年で、魔法学院への入学。主人公フェリシアが登場するそのタイミングが、まほこい本編のスタートラインだ。


未来を変えるためには、どうすればいい? 光魔法を伸ばす? ヒロインを探して先に仲良くしておく?


そんなふうに悩んでいたときだった。


「姉さま、お茶にしませんか?」


部屋のドアをノックして、ジュリアンが顔をのぞかせた。


「……うん。ちょうど一息つきたかったところ」


ふたりでバルコニーのテーブルに向かい、侍女に紅茶を用意してもらう。ジュリアンは相変わらず礼儀正しく、私の向かい側に座った。


「姉さま、何かお悩みですか?」

「んー……ちょっと考えごとをしてただけ」


紅茶の香りに包まれながら、私はぽつりと呟いた。


「光魔法を、もっと上手に使えるようになりたくて」

「それなら、治療院に行ってみますか?」

「治療院?」


意外な提案に、私は思わず聞き返した。


「はい。王都には、民間の治療師さんたちが開いている治療院がいくつかあります。

光魔法じゃなくて、ポーションや薬草を使った治療が中心で……とても評判がいいんですよ。

水魔法で洗浄や冷却をしたり、薬草で炎症を抑えたりして、患者さんに合わせた対応をされてるみたいで。」


ジュリアンは落ち着いた声で説明してくれる。


「魔法そのものより、どう使うか、そういう知識ややり方を知れば、光魔法の扱いももっと良くなる気がしませんか?」


「……うん、それ、いいかも!」


私は素直にそう思った。何でもかんでも光魔法に頼るんじゃなくて、どうすれば体が自然に回復するのか。どうすれば、光魔法なしでも人に寄り添えるのか。


前世で看護師として学んだことが、この世界でも役に立つかもしれない。


「今度、父さまに相談してみる」


そう言うと、ジュリアンはほっとしたように笑った。


「……あ、そうだ姉さま。そのブレスレット、カイルとおそろいじゃありませんか?」

「えへへ、そうなの。いいでしょ?」


私が思わず自慢げに答えると、ジュリアンは微妙な顔をした。


「……いつ2人でおそろいにしたんですか?」

「え?……えーっといつだったかな? あはは……」

「ずるいです! 私だって姉さまとおそろいしたいです!」

「あ! じゃあ今度、帽子に服に靴に……ぜんぶおそろいで揃えちゃおうか!」

「う゛ぇっ……部屋着っ……からでお願いしますっ!!」

「部屋着なら良いの?」


部屋は明るい笑いに包まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ