転生記憶を持つ悪役令嬢、目覚める 2
「フィオナ様、どうぞこちらへ」
付き添いの侍女に導かれ、私は大広間の階段の上に立った。パーティの主役として、みなの視線が集まる瞬間。
「エルディア公爵家の令嬢フィオナ・エルディア、そして令息ジュリアン・エルディア」
執事の声が広間に響く。ふわりと広がるアイボリーのドレスの裾を軽く持ち上げ、私はカーテシーをする。
それは、前世で学生だった私ではなく、幼い頃から礼儀作法を叩き込まれた公爵令嬢としての身体が自然と覚えている動き。
隣ではジュリアンもボウ・アンド・スクレープの礼をしている。
広間からは小さな拍手が湧き起こり、父が階段の下で微笑みながら私たちを迎えた。
「我が双子の子どもたち、フィオナとジュリアンの誕生日に、こうして多くの方々と祝えることは、父として何よりの喜びです」
父の声は堂々として広間に響き渡る。その隣には母と、少し照れたような表情のジュリアンが並んでいる。
(ゲームと違って、こんなに幸せな家族なんだ…)
胸が熱くなる。どうか、この温かな日常が壊れませんように。
挨拶を終えると、父の友人や政治的な関係者たちが次々と祝福に訪れる。
「フィオナ嬢、誕生日おめでとう。お母様に似て美しくなられましたね」
「エルディア公爵家の令嬢として、素晴らしい淑女へと成長されることでしょう」
礼儀正しく応対しながらも、私の目は絶えず会場を探っていた。
(来ているはず…ユリウス、シルヴァン、そしてカイル…)
と、その時。
「レオナルド閣下、ご令嬢のお祝いに参りました」
厳かな声が聞こえ、そちらを向くと、格式高い黒い礼服に身を包んだ紳士が立っていた。
「宰相にしてヴァレンハイト伯爵たるあなたを、我が屋敷にお迎えできたことを嬉しく思う」
父が答える。
伯爵の隣には、小柄ながらも凛とした佇まいの少年。
黒髪に真っすぐな瞳、幼さの残る顔つきながら、その姿勢は完璧に正されている。眼鏡の奥の瞳は冷静で、まるで大人のような観察眼を持っていた。
「はじめまして、エルディア嬢。私はユリウス・ヴァレンハイト。本日はお誕生日おめでとうございます」
8歳とは思えないほど礼儀正しい物腰に、思わず目を見張る。
(火属性の魔法を操る宰相の息子…ゲームでは主人公と恋に落ちる、才能あふれる天才少年)
「ありがとう、ヴァレンハイト様。お会いできて嬉しいわ」
彼の挨拶に可愛らしく会釈をすると、ユリウスはわずかに目を細めた。
「フィオナ嬢は想像以上に礼儀正しいお嬢様ですね」
(想像以上に?私のことについて、何か聞いていたの?)
考える間もなく、次の客人たちが近づいてきた。
深い藍色の髪を持つ長身の男性と、その横に立つ銀髪の中性的な美しさを持つ少年。
「ローエン・ルクレールです。誕生日おめでとう、フィオナ嬢、ジュリアン殿」
鋭い水色の瞳が印象的な男性は、魔術師の装いを凛々しく纏っていた。
「ありがとうございます、ルクレール侯爵」
その横の銀髪の少年は、まるで何かを見透かすような視線を向けてきた。
シルヴァン・ルクレール。水属性の魔法使いで、ゲームでは妖艶な魅力で主人公を惹きつける存在だった。
まだ幼いのに、視線にどこか計算されたような雰囲気がある。……さすがゲームのお色気担当。将来、とんでもない色男になるわね
「こんにちは、フィオナ。僕はシルヴァン。同い年だね」
彼は年齢に似合わない優雅さで手を差し出した。
「君は僕が思っていたよりずっと…可愛いね」
その言葉に、思わず首を傾げたくなる。初対面なのに「思っていたより」とは?
(まるでアイドルや女優に会った時みたいな反応ね。前世では「テレビで見るより実物の方が〜」なんて言われるのは有名人だけだったのに。公爵令嬢というだけで私も噂の的になる立場なのね。この世界の社交界、恐るべしね…!)
次々と訪れる客人たちにお辞儀をしていると、侍従が父に耳打ちした。
「お子様方は別室で過ごされてはいかがでしょうか?お菓子やお飲み物もご用意しております」
父が私を見て、小さく頷く。
「あぁ、そうだな。フィオナ、同年代の子どもたちとゆっくり過ごしておいで」
「はい、お父様」
案内された別室は、子どもたちが楽しめるように工夫された小さなサロン。
大きな窓から庭が見渡せ、テーブルにはカラフルなお菓子が並んでいる。
「フィオナ嬢、おめでとう」
すでに何人かの貴族の子女たちが集まっていた。よく知っている子もいれば、初対面の子も。
「ありがとう」
にこやかに応じながらも、私の視線は部屋の隅に座るユリウスとシルヴァンに向かっていた。
彼らは他の子と少し距離を置き、静かに話していた。
(どうやって距離を縮めよう?)
その時、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「ごめんなさーい!遅れちゃった!」
明るい声が響き、全員の視線がそちらに集まる。
ピンク色の髪に元気いっぱいの笑顔。小柄な体に似合わないほどの活発さを感じさせる少年が、ややはしゃいだ様子で部屋に飛び込んでくる。
「カイル様、走らないでください」付き添いの侍従が慌てて注意する。
「はーい、ごめんってば!」カイルがぴょこっと手を挙げて振り返る。
そのあと、フィオナたちの方へ向き直り、いたずらっぽく笑った。
「ケーキがさ、あんまり美味しくて…気づいたら一切れ、いや、三切れ食べちゃってたんだよね!」
彼は頬をかきながら、照れ笑いを浮かべた。そして、まっすぐに私の方へ歩み寄ってくる。
「フィオナ・エルディア嬢?僕、カイル・アーディンです!誕生日おめでとう!」
彼は屈託のない笑顔で手を差し出した。
その瞬間、私の胸に不思議な感覚が広がった。
(来た…攻略難易度★1、ゲームで「最初に恋する相手」として人気の、いわゆるチュートリアル担当)
「ありがとう、カイル様。お会いできて嬉しいわ」
私が手を差し出すと、彼は少し強めに握り返してきた。
「フィオナ嬢って、噂よりずっと可愛いんだね!てっきり、目が合うと石になっちゃうかと。あまりにも綺麗すぎて、こっちが固まっちゃう系のやつ!」
「まあ…それは困りますわね」
私がぽかんとしたまま微笑むと、隣からジュリアンが冷静に突っ込んだ。
「…それ、褒めてるようで呪いみたいになっていますよ、カイル」
「わっ、ご、ごめん!褒めたつもりが、なんか変な感じになっちゃった!」
「つもりで突っ走るのやめたほうがいいのでは」
ジュリアンは小さく肩をすくめて、ほんのわずかに笑った。
その表情には、呆れ半分、でもどこか「しょうがない奴だな」と言いたげな優しさが滲んでいた。
子どもたちが少しずつ輪になり始める。
「そうだ、みんなの魔法属性って何?」誰かが尋ねた。
「僕は水!」 「私はまだわからない…」 「土属性よ」
次々と答える声。
「私もまだわからないの」私は正直に答えた。
「僕も!」カイルが嬉しそうに手を挙げる。
「でもきっと風属性だよね、父さまが言ってたし!フィオナ嬢は何になると思う?」
「えっと…」
ゲームでは土属性だったはずだけど。
「どんな属性でも、フィオナ嬢には合うと思うよ!」カイルは屈託なく笑った。
窓の外に夕日が差し込み、部屋が黄金色に染まる。誰かがバルコニーに出ようと提案し、子どもたちが移動を始めた。
「ここからの景色、すっごくきれいだよ!」
カイルがまたもや先陣を切って、勢いよくバルコニーの手すりへ。
「カイル様、また走っては—!」付き添いの侍従が声を上げた瞬間だった。
「わっ!」
足元の飾りにつまずき、カイルがバランスを崩した。
彼は手すりに手を伸ばすが、そのまま膝からごろんと石床へダイブ。
「いてて…っ!」
「大丈夫?」私は思わず駆け寄り、膝を覗き込んだ。
擦り傷から赤い血が滲み、膝は擦りむいて赤く腫れ上がっていた。
「うー、ちょっとだけ、痛いかも…10点満点中7点くらいかな…」
私は反射的に手を伸ばしていた。
前世の看護学生として、日々の実習で何度も見てきた擦り傷。
安心させる声のかけ方、負担をかけない触れ方、不安を煽らない表情。
すべて、実習で学んだはずのことだった。
今、何ができるか。無意識に、手が動いていた。
その瞬間——
眩いばかりの光が、私の指先から溢れ出した。
柔らかな輝きがカイルの傷を包み込み、瞬く間に赤みが引いていく。
「あ…痛くない」
カイルが目を丸くして見つめてきた。
「治った…!治癒魔法?エンジェル?いや、むしろ女神?」
「光属性だ!」誰かが声を上げた。
子どもたちの間に、驚きと尊敬が入り混じった声が広がった。