表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/81

女子の社交は、予想以上に笑えない 1

「……今日は、女の子のお友達を作るんだ」


鏡の前で、フィオナ・エルディアは小さく呟いた。胸の奥で、不安と期待が混じった鼓動がとくとくと跳ねている。


この世界では、王宮主催のお茶会デビューは十歳からと決まっている。もちろん、それまでも貴族の子どもたちは誕生日パーティーや式典などで顔を合わせる機会はあった。でも――


(気がつけば、いつも男の子たちとばかり一緒だったなぁ)


思い浮かぶのは、アレクシス王子の姿。その縁で、ユリウスやシルヴァンとも仲良くなり、ジュリアンやカイルも含めて、いつしか六人で遊ぶのが当たり前になっていた。


もちろん、それが嬉しくないわけじゃない。


「やっぱり、おしゃべりしたり、一緒にドレスを選んだりできる、女の子のお友達がほしいなぁ」


同じくらいの年の子たちは、最近読んだ物語の話で盛り上がったり、新しい髪飾りやお菓子の話で笑いあっている。そういう輪の中に、自分がいた記憶は……ない。


(でも、今日なら。きっと、誰かと仲良くなれるはず!)


今日はそのお茶会デビュー。王城の東庭園で行われる、十歳の子どもたちだけが招かれるガーデンパーティーだ。


♢♢♢


(これって……わたし、浮いてる?)


春の風に花びらが舞う庭園の中で、フィオナはそっと視線を落とした。男子たちと自然に話す自分が、他の女の子たちの輪の中でどう映っているのか——うっすらと、その空気が伝わってくる。


「騎士団長に宰相家、魔術師団長の子息たち……まるで王女様の護衛隊ね」


「……あそこまで囲まれて、恥ずかしくないのかしら」


「ふふ、そういう子って、きっと私たちとは話が合わないのよ」


花壇の向こう、飾り立てたドレスの少女たちが、こちらをちらりと見ては笑っている。


笑っているけれど、笑っていない目。それが、なぜかすごくよく分かってしまった。


「……これが、女の子同士の社交ってやつ?」


胸が少し苦しくなる。けれど、後ろを振り向くわけにはいかなかった。


「姉さま」


すっと隣に現れたジュリアンが、いつもの落ち着いた声で話しかけてくる。


「飲み物、取ってきました。……ラズベリーティー、お好きでしたよね?」


「ありがとう、ジュリ。助かるわ」


そっと受け取ったカップの中で、赤い液体が揺れている。ふんわり甘酸っぱい香りが鼻をくすぐった。


「フィオナ、もし困ってることがあったら言ってね!」


カイルが、にこっと笑ってサンドイッチを持ってくる。


「男の子ばっかじゃつまんないって思われてたら嫌だしさ。あ、でも俺、女子トークも頑張って聞くし話すよ!」


「ふふ、ありがとう。カイルは……そのままでいいと思う」


カイルの明るさと、ジュリアンの気配り。その二人に囲まれていると、少しだけ胸の痛みが和らいでいく。


けれど——


(ほんとは、今日こそ、女の子の友達がほしかったんだよ)


うまくいかない現実に、ほんの少しだけ心が沈んだそのとき。


「あら、ブランシェ家の次女って、あなただったわね」


花壇の向こうから、甘ったるい声が聞こえてきた。フィオナが目を向けると、三人の少女が藍色の髪の小柄な女の子を取り囲んでいる。


「確か、お姉さまは王立魔法学院に主席で入学したっていうのに、あなたは……」


少女の一人が意地悪く笑った。藍色の髪の子は俯いたまま、頑なに黙っている。


「ブランシェ家の鼻つまみ者って本当なの?」


「いいえ……」


か細い声が風に消されそうになる。


「でも、ブランシェ伯爵が『次女は魔法の才がないなんて家の恥』って嘆いてたって噂よ?」


「わたしは……わたしは……」


「あ、それとも何か違う特技があるの?ブランシェ家の名に恥じない才能が?」


藍色の髪の子が口を開こうとしたとき、少女の一人が意図的に足を伸ばした。バランスを崩したクララは、植え込みに向かって転んでいった。


「きゃっ——!」


「あ!」


フィオナは思わず駆け出そうとした。


「姉さま、待ってください」


ジュリアンが静かに腕を掴む。フィオナは驚いて彼を見た。


「今は行かない方が良いかもしれません。あの中心にいるのは……フォルディア公爵家の令嬢です」


「……ベアトリス・フォルディア」


シルヴァンが、軽く眉をひそめて名を口にした。


「『ディア』の名を持つ公爵家の一つ。エルディアと並ぶ名門だ」


「そう、家格ではうちと同じ。あそこの家は……いつも張り合ってくる」


ジュリアンの声には、わずかに苦味がにじんでいた。


フィオナは植え込みの向こうで膝を抱えるクララを見つめた。そして少女たちを。


(敵にはなりたくない。でも……)

(あんなの、見て見ぬふりなんて——できない)


「ジュリ、皆……ごめんなさい」

フィオナは静かに言った。

「でも……私は見過ごしたくない。あんなの、間違ってるよ」


ジュリアンの手を優しく振り解き、フィオナはクララへと歩いていった。彼女の背後で、少女たちがくすくすと笑い声を上げる。その意味を、フィオナは痛いほど理解していた。


♢♢♢


「大丈夫? 痛いところ、見せてくれる?」


膝を抱えて俯くクララに、フィオナは優しく声をかけた。彼女は驚いたように顔を上げ、藍色の髪が風に揺れた。目には涙が浮かんでいる。


「……え……?」


「あなたが怪我してるみたいだから。よかったら、治してあげられるけど」


クララはしばらく無言だった。そして、かすかに首を振った。


「……わたしなんかのために、あなたまで……」


「あなたまで」という言葉に、フィオナの胸が痛んだ。


「私は……フィオナ・エルディア。あなたは?」


「……知ってます」クララはかすかに言った。「光の魔法所持者で公爵家の……」


「そうじゃなくて」


フィオナは微笑んで、彼女の隣にそっと腰を下ろした。


「わたしはフィオナ。あなたは?」


クララは一瞬、呆然とした表情をした。そして、初めて小さく笑った。


「……クララ。クララ・ブランシェです」


「クララ。少しだけ 膝、見せて」


おずおずとスカートの裾をあげるクララ。膝には真っ赤な擦り傷があり、血がにじんでいた。


「痛そう……ちょっとだけ我慢してね」


フィオナはそっと手をかざした。


「『癒しの光よ、小さき痛みを包み込んで』……治癒」


かすかな光が彼女の手からこぼれ、クララの傷を包み込むように照らす。


「わぁ……」


クララが息を呑んだ。赤みが引いていくのを見ながら、彼女は小さな声で言った。


「わたし、魔法の才は……ないんです。家族みんな優秀な魔術師なのに、わたしだけ……」


「でも、他に好きなことや得意なことがあるんでしょう?」


クララは驚いたように目を見開いた。


「どうして……わかるんですか?」


「さっき、言いかけてたでしょ? 何か特技はあるのかって聞かれて」


「あ……」クララは少し恥ずかしそうに笑った。「薬草の調合が……好きなんです。ポーション作りを勉強してるんですけど、家族には『地味すぎる』って」


「えっ、それってすごいことだよ!」フィオナは目を輝かせた。「私、この前読んだ本に、弱い魔力でも、知識と技術次第で優れた効果を生み出せるって話を読んだわ」


「……本当ですか?」


クララの顔に、初めて本物の笑顔が浮かんだ。


「その本、私にも貸してくれますか?」


「もちろん! あ、それとクララが知ってる薬草のことも、いっぱい教えて欲しいな」


遠くから二人を見つめる少女たちの目が冷たく光っている。でも、もうフィオナには関係なかった。


クララの瞳に浮かんだ光と、二人の間に芽生えた小さな信頼。それが、今日という日の真の収穫だとフィオナは感じていた。


(やっと、わたしにも——女の子の友達ができた)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ