二十二 再会
一時間遅れです、たいへん失礼いたしました
シピの体は、彼の両親の元へ届けられた。そして、しめやかな密葬。そうして、シピの存在は公の記録から拭い去られた。体力が回復するまで療養し、その後国外へ逃亡するのが順当だろう。すべては名も知らぬ鉱山管理者が事を運んだ。
私と言えば、タイヴァスを放逐された後の、日常へと舞い戻っていた。ウルスラの所有物としての首枷、それに綱。彼女の目の届く範囲での窮屈な生活。そんなものに。
いくらか違ったのは、ウルスラの態度だ。私がシピへ愛情を示した事実を飲み込み、彼女はいくらかよそよそしくなった。それまで通り触れられるし、触れることを求められる。
彼女の怒声を聞くこともなくなった。声を失ったわけではない。代わりに、指先のしぐさや視線の停滞で、私を囲い込む。冷えたものが薄布のようにまとわりつき、決して私を解き放つことはない。
外には出られぬが、窓からそれを臨むことはできる。灰色の庭で枯れ草を摘む女中の影が、ただ上下に動くだけで、一日の輪郭が定まってゆく。食卓も、声の届かぬ遠い談話室も、乾いた器のように同じ反響を繰り返している。
彼女の娘のファンニは、完全に私から遠く離されている。冤罪事件から一度も会っていない。そろそろ十二歳になるころだろう。私の疑惑が晴らされたのかは定かではないが、それでも、表面上は穏やかに過ごせる。
その日も私は、ラウタニエミの拠点にて、決まった時間に机へ向かって帳簿を繰っていた。数字の羅列は、ただ目を滑らせれば済む程度の仕事だ。もとはウルスラの内縁の夫のヤルノが担っていたが、いまは私に振られている。窓から射す光が帳面の紙端を白く透かし、そこに舞う埃がゆっくりと落ちる。筆先の擦れる音だけが、館の静寂を割っていた。
扉の外を足音がかすめた。すぐに去ってゆく。――見張りだ。私が逃げ出さぬよう、いつも廊下には人影がある。もはや監視の視線さえ習慣に溶け込み、気にも留めなくなっていた。自らの自由がどれほど狭められているかを、日々の静けさが逆に際立たせていた。日常は整然とし、乱れはない。だが、そこに漂う陰は決して消えない。朝は帳簿、昼は報告書の下読み、夜は定められた部屋で灯を落とす。そこに変化はない。
昼餉のとき、ウルスラが現れた。彼女は何も言わず、ただ卓についた。日中、彼女と顔を合わせるのは、食事の時だけだ。
私は立ち上がり、盆を運んで配膳する。背後から視線を感じる。怒りや激情ではない。もっと冷えたもの――確認するような眼差しだった。盃を置く音、匙の触れる微かな響き。会話はほとんどない。激情が消えた分だけ、その沈黙は濃く、重い。
「……あの子のことは、夢に見る?」
言葉なくともに食事をしている中、唐突に投げられた言葉に、私は返事をしなかった。問いに含まれた執拗さが、彼女の心の奥にまだ燻っているものを示す。
ウルスラは答えを待つ風でもなく、静かに匙を口に運んだ。けれど白い指先が小さく震えているのを、私は目の端に見た。
食後、彼女は何事もなかったように部屋を出ていった。残された卓の上で、飲みかけの茶が湯気を上げている。
激情はもうない。私は深く息を吐き、空になった膳を片づけた。
廊下の奥からウルスラの声がかすかに響く。談笑ではない。命じる調子でもない。抑えきれぬ独り言のような低さで――それが、だれに向けられたものなのか、私には確かめる気もなかった。
なので、私の作業場の戸口に影が差したのは、気のせいかと思った。
「……ラウリ」
か細くも、聞き慣れた響きの低い声。
振り向けば、戸口にシピが立っていた。痩せ、骨の形が目に痛いほどに浮き上がっている。だが、その右目だけの眼差しは澄んでいて、ここに来ることをためらわなかったのだと告げていた。
私は声を返せなかった。ただ、長く置かれていた静寂が、初めて形を変えたのを感じた。駆け寄り、その体を抱きしめた。




