表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/75

第六話 穢れ

 シピにとって『神の足』であるのは、当然のことだった。

 役に疑問を感じたことはなく、この世に必要であり、かつなによりも求められる責務だと考えていた。

 それは、姫神子がまさしく神であることを前提とした価値観だ。

 そのすべてが、崩れてしまった。


 シピはずっと悩んだ。また、次の役のときにこれまで通りに果たせるのだろうかと。

 ふと気づけば考えている。自分へと伸ばされた白い指先を。その感触を。眠れなくて、夜はずっと寝返りを打つばかり。朝ぼらけの時分にようやくうつらうつらとしては、オネルヴァという少女の夢で目が覚める。そんな日々を過ごしていた。

 時はただ過ぎて行く。シピになんの解決策も結論も与えないまま。


 ひとつ、抱き続けている疑問がある。

 彼女は、神から人になったのだろうか。それとも、ずっと人であったのだろうか。


 そんな折だった。

 シピは、タイヴァスの従者から告知を受けた。


「姫神子は、穢れをまとわれた。明日の役にて、足の責は終わりとなる」


 シピは、返事ができなかった。


 急いで書庫へと向かった。そこには、幼いころから青年期までをタイヴァスにて過ごす『神の足』のため、多くの書物がある。従者たちの中で教育を司る者たちが、それらを用いてシピたちへと学を与えてくれた。それは、シピたちが『すべて』の役を終え、郷里へと帰っても生活できるようにとの配慮だ。

 明日の役を終えると――シピたちは『胤』となる。それが、最後の役だ。


 姫神子の『穢れ』とはなんなのか。

 それは、血を流すようになることと聞いている。


 シピは、タイヴァスで学んだことに一切の疑問を抱いていなかった。これまでは。姫神子についても。

 月になぞらえられる姫神子は、新月の日のように身を隠す日が来ると。それまでの間は、まだ隠れていないことを示すために、人々の前を御輿にて通るのだと。そう聞かされて来た。

 オネルヴァという少女について思う。彼女が穢れたとはどういうことなのだろう。そして、身を隠すとはどういうことだろう。

 わからなくて、いろいろな書物を開いた。司書に何事かと尋ねられたが、はっきりと自分の中で言葉にできない問題のために、シピはなにも言えない。

 司書はしばらくシピを眺めていたが、書物を元の場所へ戻すように述べた後、自分の仕事へと戻った。


 シピがはっきりとわかっているのは、オネルヴァという少女は、今は人だということだ。


 人についての書物を手に取る。穢れという項目を探したが、ない。それでもつらつらと目を通す。

 あるところで、心臓が跳ねた。

 それは女体に関する項目だ。

 書架の前に立ったまま、シピはそれを熟読した。


 血を流す――女性は、人間の女性は、体が満ちて子を産む準備ができると、血を流すのだという。

 それは毎月のことで、月の満ち欠けになぞらえて、月経とも呼ばれる、と。

 ……目の前の文字が、揺らいで見える。


 ――これまで、姫神子が『穢れる』とはただの儀式的な意味だと思っていた。

 しかし、違った。

 これは生きた体の変化であり、彼女が『神』ではなく、ただの『人間の女性』である証拠だ。


 シピは書物を閉じ、書架へと戻した。そして、そのままその書架へとうなだれかかる。

 自分は、本当になにも知らない人間だとシピは痛感する。タイヴァスに女性はいない。なので、これまで知ろうと思ったこともなかった。

 けれど――


 ああ、オネルヴァ。あなたは、最初からずっとずっと、人間だったのですね。

 神から人になったのではなく。

 あなたは、人間の女性なのですね。

 それなのに、神として御輿に乗せられて。


 思考が、熱を持ったように軋む。


 ――ならば、今の自分はなんなのだろう?

 神ではない、少女を担う、自分はなんだろう。

 シピは、初めて『神の足』である自分自身を疑う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ