第五十四話 結論
渡される日、ヴィエノはシピへ言った。
「私は、到底おまえを許すことはできない」
泣き腫らした目元は、深い苦悩で滲んでいる。
タイヴァスそのものへ連れて行かれるのかと思っていたが、そうではなかった。シピは外の見えない馬車に乗せられ、数日を灯りのない中で過ごした。時間の感覚はすぐに失われた。昼夜の区別もつかず、ただ飢えと渇きと鈍い頭痛だけが、時間の代わりに身体を蝕んでいく。くつわで拘束され、自害できぬよう口に布を押し込まれたまま、転がされている。当然食事などの手厚い助けなど見込めない。その場で殺されなかっただけでもありがたいのだろう。
シピはこのタイヴァンキという特別な地において、はっきりとした異端だ。姫神子を担うという役にありながら、その立場を放棄したのだから。まして、その役の要である儀式を拒否して逃げたと自分で申し立てている。背教者。まさしくその言葉にふさわしい。
これで、ヴィエノへ責任が問われることはない。それどころか彼にはなんらかの褒賞があるかもしれない。かつての友人へシピがしてやれるのはそれだけだ。彼はシピの抱く思想になんら染まっていないと示してやることだけだ。そして、タイヴァンキに住む以上、それは必要な身分証明だった。
突如目を灼かれるような光が差し込んで、シピはきつくまぶたを閉じた。声もなくだれかが近づき、乱暴にシピを立ち上がらせ馬車から降ろす。無理やり歩かされて連れられる。土の匂いが鼻を刺す。足元の地面はざらつき、空気は冷たかった。目が慣れるにつれ、自分が円形の広場の中央に立たされていることに気づく。四方を取り囲むように壇が組まれ、その上には何人もの仮面の人物たち。
「シピ・イェレ・レヘヴォネンの背信について、審議を持つ」
低い声があたりに響き渡った。それがどこに座るだれから発せられたものかわからず、シピはあたりを見回す。仮面は白一色で、目や口元にわずかな彫りすらない。まるで人間の存在を拒絶するために作られた器のようだ。その場にいるのがタイヴァスの者なのかすらもわからない。
「シピ・イェレ・レヘヴォネン。おまえが、タイヴァスの教義に背きその役を放棄したことは真か」
問いかけの形を取っていたため、シピはうなずく。そして言葉でもそれを肯定した。風のさざめきひとつ聞こえない中、はっきりと空気の色が変わる。
さらにシピは言葉を重ねる。
「私は、姫神子の存在に疑問を持ったのだ。姫神子は人間だ。しかし、そのようには扱われていなかった。私はそれをはっきりと忌むべき慣習と思った。そのゆえに彼女を拐かし、連れ去ったのだ」
背中を強く殴打され、シピはその場に転がる。戒めを解かれていなかったため、まったく受け身はとれずに体を強かに打った。ぐう、と喉が鳴る。起き上がれないシピへ、また低い声が降ってくる。
「それらを悔い、そして考えを改めるならば、啓かれる道もあろう」
シピは転がったまま、笑って答えた。
「――なにも、悔いはない。人生をやり直すとしても、同じ結論を選ぶ。私は、必ず同じようにする。姫神子も、神の足もまやかしだ。あなたたちとて、それを承知しているだろう」
腹に鈍く重い衝撃が走る。胃が持ち上がり、胃液が喉を逆流する。苦しくてシピは咳き込み、嗚咽混じりの息を吐く。
「――異端の根は深く、悔悛は不可能だと示された。よって、罰は免れ得ぬ」
その言葉によりシピの顔は黒い布で覆われた。そして、また別のところへと引きずられて行く。
おそらく、それはもう戻れぬ道。
シピは心の中でオネルヴァを思い描く。そして、別れの言葉を口にした。
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筋は変わりません




