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神を担いて、あなたを乞う  作者: つこさん。
本編

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第四十五話 最適解

 シピは、眠るオネルヴァの寝台の傍らで、一晩を明かした。額の手拭いはすぐに熱を持ち、そのたび冷たい水で冷やして取り替えた。ときおりふっと目を覚ましたときに、静かに声をかける。オネルヴァは視線の端にシピを認めると、安心してまた眠りに落ちる。その繰り返し。

 朝方に、シピ自身もオネルヴァの手を握りながら少しだけ眠った。まだ実感のない我が子を抱く夢を見た。目が覚めたのは頬になにかが触れたから。オネルヴァの手だった。


「……オネルヴァ。熱は。体は、どうだろうか」


 いくらか寝ぼけたまま半身を起こしてシピは尋ねる。オネルヴァは横になったまま少しだけ首を傾ぐ。額の手拭いを取ると、すっかりぬるくなっている。水に着けて絞り、オネルヴァの顔を拭いてやる。

 医師から預かっていた蜂蜜入りの薬湯はもう冷めきっているが、ちょっとでも体力を回復させるため服用させなければと思う。そう思い定め、オネルヴァへ声をかけて身を起こさせ、匙を取りそっとその口元へ運んだ。

 静かな朝だった。小さな窓から入る光だけが薄暗く雑多な部屋を照らしている。オネルヴァは薬湯をすべて口にしたので、シピはもう一度横になって休むように促す。子のことを言わねばと思う。けれど、どの時が正しいのかわからない。完全に回復してからがいいのだろうか。


「シピ」


 横になったまま、オネルヴァはじっとシピを見る。シピはそれに是と答え、手を握り直す。

 オネルヴァはまばたいて、シピの様子を見ていた。そしてぎゅっと握り返した手を動かし、シピの手を自分の腹へ乗せた。シピははっとする。


「……オネルヴァ」


 驚いて言葉がない。オネルヴァは自らの身に起きていることに気づいていたのだ。シピは服越しにオネルヴァの腹をなでる。やさしく、やさしくなでる。


「……いつから? 気づいていた?」

「十一日前」

「そんな、前から」


 シピは、掛布を引き寄せてオネルヴァの首元まで覆う。知っていたなら。教えてくれていたなら。たとえだれに反対されてもキヴィキュラに――ケシュキタロの家に残ったのに。そう責めるような言葉を口にしようとして、やめた。オネルヴァとて、確信はなかったのかもしれない。

 今はゆっくりと体を休めるときだ。そうしなければオネルヴァも、そのお腹の子も危ういことはシピにでもわかる。オネルヴァの頭をなでて、もう一度眠るようにシピは促した。


 オネルヴァがまた眠ったころ、控えめに戸を叩く音があった。シピはそっと立ち上がり扉へ向かい、自らそれを開ける。昨日世話になった医師と、その背後には国境警備兵がひとり。


「やあ、お父さん。奥さんの様子を診にきたよ。それと、こっちのやつがあんたに用らしい」


 眠ったばかりのオネルヴァを起こしたくはなかったので、後ほど頼むと言いかけた。だが、どうやら本論は後半の部分らしい。医師へオネルヴァのことを預けて、警備兵の後に続く。

 招じ入れられたのは机といくらかの椅子しかない小部屋だった。高い位置に小さな窓があり、そこから降る光だけが中の様子を見せてくれる。警備兵はシピに奥の席へと着席を促すと、自分は扉側の椅子に座った。そのときに顔を見てわかった。昨日タイヴァンキ側の壁までシピたちを迎えに来てくれた男性だ。


「では、あらためてだけど。あんたの状況とかを聞きたいんだ。通行証も身分証もないやつを、そのまま通してたら給金もらえないんでね」


 シピは、その言葉に迷う。なにをどのように証言すればよいのだろう。本当のことをすべて言ってしまうのは簡単だ。けれどそれは最善どころか最悪の手かもしれない。つくづく自分は本当に世慣れていなくて、こんなときどうしたらいいのかわからないと思う。ウルスラなら最適解を出せるのだろうか。遠い記憶になりかけている恩人を思い出す。

 結果、シピは黙る他なかった。なにを言うべきかわからないなら、口を閉ざすのがいい。言葉を多くすれば違反は免れない。そう考えた。男性はたくさんの問いかけをしてきたが、シピは自分たちの名を述べただけで他にはなにも言わなかった。姓も。男性は途中で嫌気が差したように声をあげた。


「あー。旦那さんよ。シピだっけか。あんた、身重の奥さん連れて国境越えしに来たんだろう。なんか深い事情があるんだろうさ。それがなんにもわからんてなると、おれたちもなにもできんのよ。わかる?」

「……通行証が必要だとは思わなかった」


 シピは本当のことを言った。ケシュキタロの爺も通行証についてなにも言わずにシピたちを送り出したため、おそらくそうしたものが必要だとは知らなかったのだろう。狭い村で外界からの情報もなく生活していたなら知らずにいても当然だ。シピ自身も、似たような身の上だ。


「うん? でも身分証もないんでしょ? そうすると、あんたたちを難民とか、そういうので扱うことになるんだよ」

「それでいい」

「はあ?」


 呆れたような、驚いたような声を上げた男性は、首を振って身構える。そして真剣な表情でシピへ言った。


「あんたねえ、それどんだけ大変だかわかってんの? 主におれたちの事務仕事が増える。めんどいんだけど。やめてくんない?」

「やめられない。現に私たちはここまでやってきた。こちらの国へ逃れたい。妻とともに。――助けてほしい」


 シピが背を崩さずに述べると、男性は嘆きの言葉をつぶやいた。そのとき扉が叩かれ、開かれる。


「おい、時間かかり過ぎだろ。奥さんが旦那を呼んでる」


 他の警備兵が中を覗いてシピをちらりと見、そう言った。シピへ質問を繰り出していた男性は、その兵を振り返って両手をあげて大仰に言った。


「そりゃかかるよ。もっとかかる、時間。亡命希望者だってよ、あー、変なもん拾っちまった!」

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