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神を担いて、あなたを乞う  作者: つこさん。
本編

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第四十三話 国境

 シピは、ケシュキタロの家に古くからあった地図を、自分が練習になめした皮へ描き写した。必要な山中の国境線を越える路をなぞったけれど、たどたどしく不格好な仕上がりで心許ない。爺はじっとシピの手元を見ていたが、やがて無言でその皮を取り上げた。そして古地図を押しつけるようにシピに渡す。


「そっちを持ってけ。うちにはこっちでいい」


 婆は携行食を包み、皮袋には温かい飲み物を満たしてくれた。食料はたっぷりと、約六日分程度持たされている。防寒具に、冬にケシュキタロで使っていた寝袋を繕って持たせてくれた。標高が高くなる道中では、夜は氷点下にまで冷え込むからだ。鹿を捕る際に使っていた弓と矢も。冬眠から覚めた野生動物が出てくる可能性もある。それに、標高の高い場所での光放射から目を守るため、黒く染めて紐状に裂いた革を束ねた目隠し。耳当ての着いた帽子。

 多くの愛情が詰まった支度に、胸が詰まる。だが、それだけ万全な支度だからこそ、もう後戻りはできない。明け方ごろ、シピとオネルヴァはケシュキタロの家を、キヴィキュラを出た。


 時折振り返ると、いつまでも爺と婆が見送っていた。見えなくなる直前、シピは手を振った。


 雪がまだらに残る山道を、南南東へ。地図によると途中で東南東へと進路を変える。シピもオネルヴァも、ぬかるみに足を取られながらも前へと進む。元々体力のあるシピはまだしも、オネルヴァには酷な行軍だ。予定は四日間での踏破。しかしそれに数日加算されることも視野に入れている。なにせ、ただの気楽な山登りではない。もと来た道を戻るという手段はない。

 シピは折に触れてオネルヴァの様子を確認した。目隠しで顔色は見えなくても、震える唇とこわばった頬の動きから、オネルヴァの辛さは明らかだ。高山病の恐れもあり、声をかけて休み休み進む。


「つらい? オネルヴァ」

「……吐き気がする」


 無理をして倒れるわけにはいかない。しかし初日のまだ日がある内に到達する予定だった山小屋はまだ見えず、どうしたものかとシピは考える。少し休んだ後、オネルヴァは自ら出発を促した。

 日が陰って目隠しが必要なくなったころ、ようやく山小屋を見つける。ほっと息をついてしまったのは、シピもオネルヴァも同様だ。無人の小屋へ入ると、すでに最近だれかが立ち寄った形跡がある。ありがたく残っていた薪に火を点ける。

 オネルヴァは茶を飲むと、疲れ切ったのか食事をしようともせずうとうとし始める。寝袋を取り出して使うようにと言うと、中に入ってすぐに寝入る。痛ましい気持ちを覚えながら、シピは帽子をかぶったままのその頭を撫でる。

 同じような日が続いた。オネルヴァは途中で何度かえづいて吐いてしまうこともあった。空の胃から吐くのはつらいので持たされた干し肉を勧めるが、その気がなさげに噛んでいるだけだ。うさぎでも出てくれれば捌いて焼けるが、幸いと言っていいものか、道中で動物との遭遇はなかった。体力の維持のためにも、オネルヴァには無理にでも食事をしてもらった。

 息遣いが浅い。話しかけても、返事がわずかに遅れる。そうしたオネルヴァの様子に、シピは成すすべもなくただ焦りばかりが募る。

 五日目の朝、霧の向こうにぽっかりと開けた空間が現れた。木々が途切れ、空が広くなり、風の音が変わる。そこには――見上げるほどの壁が、静かに佇んでいた。

 ずっと自然の中を歩いてきたからこそ、すぐに目に飛び込んできたものが人工物だとわかる。タイヴァスの壁のように高くそびえる、構造物。その上には人影も見えた。シピは思わず手を振って声を上げる。口から漏れた叫びは、声というより、祈りに近かった。


「おぉい、おぉい。そこにいるのは、だれだろうか」


 びくり、と人影が反応した。そして周囲をくまなく見渡す様子が見える。やがてその顔は手を振るシピの姿の方を向いた。なにかをこちらへ叫び返して、仕草で壁沿いに歩いて東側へ向かうように指示をして来た。


「オネルヴァ。国境線に着いたようだ。もう少しの辛抱だから、がんばろう」


 声はなかったが、オネルヴァはしっかりとうなずいた。シピはうきうきとした気持ちで、オネルヴァの腕を取って支える。

 ゆっくりと時間をかけて進んだからだろうか、途中で人がやって来た。軽武装した男性であり、もしかしたら壁の上にいた人かもしれない。シピが帽子を取ってあいさつすると、相手は軽く手を振った。


「めずらしい、タイヴァンキ方面から客人とは」

「国境を越えたいのだ。受け入れてもらえるだろうか」

「通行証を見せてくれ」


 言われて、シピは息を呑んだ。そんなものを持つわけがない。シピは、指名手配された身分として、いまから隣国へ逃れるのだ。


「――ないのだ」

「では、身分証を」

「……それも、ない」


 シピが答えると、警備兵は眉を上げて鼻を鳴らした。


「こいつは厄介だ。どうしたもんか。様子のおかしい御仁だな」


 シピは、どうしたらいいのかわからない。ただ、支えていたオネルヴァの腕をぎゅっと握る。

 すると、それを待っていたかのようにオネルヴァの力が抜けた。はっとしたときには、オネルヴァは崩折れて地面に倒れ伏すところで、シピは名を叫んでそれを支えた。

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