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神を担いて、あなたを乞う  作者: つこさん。
本編

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第三十二話 報い

 タイヴァスにおいて、シピは『一』と呼ばれていた。オネルヴァには『姫神子』という呼び名があった。

 それは、ただの呼称ではない。選ばれし者にのみ与えられる、ある意味で唯一無二の名であり、役割だ。

 一と呼ばれることは、シピにとって不名誉ではなかった。むしろ当然のこととして受け入れていた。シピは御輿を担ぐ足であり、その位置にあるのがふさわしいと思っていたからだ。他の足たちも、きっと同じ気持ちだっただろう。

 神の足たちは、役を終えればタイヴァスから出て他の道を行くことができる。あるいは世話人として残ることも。それは本人たちの意思に委ねられている。少年時代から青年に至るまでをそこで過ごすことは、選ばれた者の特権であるとすら思っていた。

 事実、シピは『一』である責務を誇りに思っていたし、誉れだとも感じていた。――その立場とオネルヴァの存在に疑義が差し挟まるまで。


 オネルヴァは姫神子として、ていねいに閉じ込められていた。シピは、御輿を、そして、姫神子としての在り様そのものを担っていたのだ。

 それに、なんの意味があっただろう。


 歴代の姫神子たちが『器』として役目を終えた後、なぜその記録が残っていないのか。シピは、その理由を自分なりに考える。少なくとも、神の足たちは『胤』となった後にタイヴァスを辞したかどうかの記載はあった。

 けれど、姫神子は違う。番号。それに、オネルヴァの場合は、備考欄に『オネルヴァ・リューリ・ケスキタロ』という名。それだけ。

 命懸けの出産。身体に無理を強いた方薬。

 それが、報われて来ただろうか? 名を得る――なにか称賛されることがあっただろうか?

 いや。オネルヴァは。――姫神子は。いつの時代も御輿に入れられ、人知れず過ごし、役の後は語られることもない。


 ひとつの事実として……オネルヴァは、こんなにも人としての生活がなんたるかを知らないのだ。人であるのに、そうではないかのように扱われて来たのだ。そこに報いなどない。

 シピはこう考える。どの姫神子たちも、おそらく次の姫神子を生み出すためだけに生み出されて来たのだと。

 そこには名も必要なく――ゆえに、多くの備考欄は空白だったのだと。

 ……身震いするように、心に底冷えを覚える。


 ――うつろう考えは、劇の青年エリへと向かう。

 エリは、名で表されるところの、誉れや称賛の一切をヤギから剥奪された。

 誉れ。それは、おそらく人として生きて行く上で、多くの人間が求めるものだ。

 努力したなら正しい評価をされたいと思う。温かく祝福されたいと願う。無視されたいとは思わない。シピもまた、そんな思いを抱えている。


 けれど、子どもたちの命と引き換えに、エリはそれらを手放した。それこそが、彼の動機が真に問われる場面だ。子どもたちを助けようとしたのは、称賛されたいからでも誉れを受けたいからでもないと。

 真の心、命を尊び慈しむ、本心からの愛によるものなのだと。


 結局、エリはだれからも顧みられることはなかった。

 彼は、誉れを求めなかった。ただ命を救いたかった。

 だからこそ、称賛されなくても報われたのだ。


 シピの心は分かたれている。劇の中の登場人物であるエリと、自分と、オネルヴァと。どうしてもそれらを重ねてしまう。

 オネルヴァは、名を持つ者として生まれながら、名を持たぬ者として生きてきた。

 称賛もなく、器として死ぬだけだとしたら……それは彼女の――姫神子にとっての報いと言えるのだろうか?

 シピは、一と呼ばれながら誉れを受けて生きてきた。呼称が違うだけで、シピが受け取って来た称賛は数限りない。シピへと寄進された数々の宝飾物。労いと賛辞が滔々と綴られた手紙。神の足であるゆえに、タイヴァンキにおいては最上級の身分でもある。御輿を担うとはそのようなものなのだ。

 では、あのとき『一』を手放したシピの動機は、エリと同じだったのだろうか?

 エリのように、心からだれかを慈しむ、清らかな気持ちが自分にもあっただろうか。


 目をつぶる。開く。息を止める。吐く。シピは思う。

 自分はきっと、報いを受けることはない、と。


 オネルヴァを想う気持ちは、嘘ではない。命を尊ぶ心は、確かにある。それはヤギにでも灯火にでも誓える。

 けれど、きっとシピは誉れを求めている。全き心でオネルヴァを見ていない。劇の中の子どもたちのように、自分を助けた人間がだれかを知らずにいてほしくない。


 ――オネルヴァ。オネルヴァを抱いてタイヴァスを出たのは、自分だ。

 それを、だれかに誇りたい。

 いや、オネルヴァにこそ知られていたいのだ。

 シピは、その誉れがほしい。

 あなたを人にしたのは、わたしだ――そう、言いたい。


 オネルヴァは、誉れを、報いを求めていない。おそらくそれを知らない。ゆえに、求めることもしない。

 自分とはどれだけかけ離れているだろう、とシピは思う。めまいを覚える。これほど欲深い自分自身を、心の底から嗤う気持ちがある。


 オネルヴァは、シピの服袖を握っている。ただシピだけを頼りとし、そこに存在している。

 それは、仄暗い悦びだ。――もしシピが劇中の人物だとしたら。

 きっと、ヤギに連れて行かれるのは自分だろうと思った。それほどに、罪深い。手を伸ばし、オネルヴァをつかみ、懐へと入れたのだから。

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