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神を担いて、あなたを乞う  作者: つこさん。
本編

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第三十話 屋台

 サルキヤルヴィは、シピが御輿を担いでいたタイヴァンキと比べると、規模は二十分の一ほどしかない都市だ。それでも、この北東の山裾では最大規模の街である。ケッキと呼ばれるこの祭りは、本格的な冬を迎えるための準備に欠かせない。よって、周辺の町村からも多くの人々がやって来ている。

 出店のほとんどがすでに開いており、冬に雪が多いこの地域の街路は幅が広いため、仮設の店が並んでも人々はすれ違うことができる。マンネが時折振り返りながら、シピとオネルヴァを先導する。白い息が立ち、朝の冷え込みが身体をきりりと引き締めた。

 シピがこれまで歩いたことがあるのは、人払いされた街道ばかりだった。誰ともすれ違わず、誰とも触れ合わない道。今、朝早くにもかかわらず肩がぶつかるほどの人混みの中を歩くことに、大いに戸惑っていた。この調子なら、昼にはもう自由に動けなくなるかもしれない。けれどそれが、祭りに来たという現実感を増してくる。そう思って身を縮めながらも、シピの目は自然と周囲の景色を追っている。見慣れない光景に、少なからず心が踊るのを感じる。


 大きな広場に出た。マンネはシピたちが着いてきたのを確認すると、広場を囲むように立ち並ぶ出店をいくつか指差した。

 ひとつはシマという飲み物を看板に掲げている。黒糖とレモンを合わせて発酵させた微発泡の酒類で、タイヴァスでは通年で作られており、唯一許されている酒でもある。度数は限りなく低く、子どもでも問題なく飲める。蜂蜜酒も並んでおり、気分に合わせた香り付けができると案内があった。

 もうひとつは揚げ菓子の屋台だ。ティッパレイパと呼ばれる、絡まった紐の塊のような砂糖菓子。御輿を担いだ日には、タイヴァスでよく労いの品として出された。ムンッキという丸い菓子もあり、どちらも揚げたてが美味しい。

 さらに、いろいろな味のトルットゥ。すでに焼き上げられた生地にジャムを乗せるようで、色とりどりの瓶が並んでいる。

 冬らしいものといえば豆のスープ、そして腸詰の炙り焼き。朝食を摂ったばかりだというのに、シピはどれも食べてみたくなっていた。開店したばかりの店から、香ばしい匂いが立ち昇ってくる。


「……オネルヴァ。なにか食べてみたいものはありますか?」


 自分では決められないと思った。それに、シピは自分で買い物をしたことがなかった。マンネはきょろきょろと周囲を見回すシピとオネルヴァを、にこにこと見ている。

 オネルヴァは真剣な眼差しで、仮面越しにいろいろな方向を見やる。そして最後に、シピを見上げた。決められなかったというよりは、なにを求められているのかが分からなかったのだろう。


「甘いもの、しょっぱいもの、どちらがいいですか?」

「甘い、しょっぱい!」


 意味がわかったのか、反復する。しばし止まって考えている。そしてやはりわからなかったのか、首を傾ぐ。

 シピはマンネのうなずきに促されて、一番近い屋台へ向かった。どうしてもおどおどとしてしまう。自分で売買をしたことがないだけでなく、だれかがそうしているところを見たこともない。どうしたらいいのかわからずに立ち呆けると、店主の男性が声をかけてくれる。


「ほら、兄さんに嬢ちゃん。揚げ菓子だ。今なら新しい油で揚げた一番美味いやつが食べられるよ! ティッパレイパにするかい?」

「はい、では、それを」

「ふたつだね?」

「はい」

「じゃあ銅貨四枚でね。ありがとよ」


 オネルヴァの手を離して、慌てて袋から銅貨を出す。四枚。ウルスラから渡された金銭が銅貨ばかりだったのは、屋台に合わせてくれたのだろうか。店主が慣れた手つきで油の中へ生地を落とし込んで行く様子を、シピもオネルヴァも真剣に見た。ぱちぱちと音を立てる油の中で、ひとつにまとまった生地が色を変えていく。こんな風に出来上がっていくのか、とシピは感心する。

 銅貨と引き換えで商品をもらって、礼をしてから気づく。マンネの分がない。あわてて屋台を振り返ると、すでに他の客の相手をしている。マンネは広場にある椅子を確保して二人を手招きしていた。そちらへ向かってから、シピは謝った。


「マンネ、申し訳ない。あなたの分をわすれていた。今もうひとつ買って来る」


 オネルヴァへひとつ、マンネへひとつ手渡そうとすると、マンネは激しく首を振る。そして強いてシピを座らせて、その手へティッパレイパを持たせる。自分は要らない、と言いたいのだろう。

 オネルヴァは座って、両手で持った油紙の中をじっと見ている。そしてシピとマンネを交互に見る。これは食べて見せないといけないと思い、シピはティッパレイパを口へ運んだ。まだ温かく、美味い。タイヴァスではこれほど、出来立てのものは口にしたことがない。

 シピが呑み下すのをじっと観察してから、オネルヴァも口にした。かぶりついて止まる。動く。止まる。口を離して咀嚼している様子は、タイヴァスに住み着いていた猫を思い出させた。自然とシピは笑顔になる。

 その後、いくつかの屋台を堪能した。さすがに腹がいっぱいになり、目立たぬように各所に配置された用足し壺へ立ち寄る。使用には金銭が必要だった。三人分で銅貨三枚。

 シピは金銭授受に少し自信がついていた。これは自分にとっても大きな一歩だと思う。値札の見方もわかってきたし、店員にどう声をかければいいのかも理解し始めていた。正規の店でなく、出店だったのも、気分を楽にしてくれた。

 シピが仮設の個室から出ると、マンネはすでにそこにいた。オネルヴァの姿はまだなく、個室も閉じたままだ。ふと、思い出す。……オネルヴァは、月経期間中だったのでは? もしかして、なにか問題があったのではないか? 心配になったシピは、個室管理の女性に声をかけた。


「すまない、中にいる人が、大丈夫か見てくれないだろうか?」

「ん? そんな、用足しに大丈夫もなにもないだろ」


 怪訝な表情で取り合ってくれなかったが、そのやり取りの最中に、オネルヴァが個室から出てくる。取り越し苦労だったと、シピは反省する。

 マンネは通り沿いを指さし、そちらへ進もうと促す。その先にあったのは、大きく、華美な装飾が施された建物だった。

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