第二十八話 焦り
ごめんなさい、本調子ではなく、書けませんでした
本日20時目指して加筆しますので、夜にリロードしていただけますと幸甚です
202504172020更新
遅くなりました!
興味津々といった目つきで、女性はシピをじろじろと眺めている。これまで会ったことはない。なので、どこかで見たと言うならばおそらくシピが『神の足』として御輿を担いでいたときだ。
どきりとして、帽子を深くかぶり直す。そんなシピの様子に臆することなく、女性は一歩踏み出してシピの顔を覗く。
「――あー! やっぱり! その肌の色と目元……ねえ、『神の足』のひとりに似てるって、よく言われない?」
ごくり、と唾を飲む。
こんなとき、どうすればいいのか――シピにはさっぱり見当もつかない。そもそもこれまで意図して嘘をついたことも、だれかを謀ったこともないのだ。その場をごまかすことすらできない。
なにかを言わなければと焦るシピを救うように、幕屋の端から苦笑交じりの声が上がった。
「おいおい、また始まったよ。――あんた、この前も別の人にそう言ってただろうが」
杭の張りを確認しながら身を起こした男性がそう言うと、女性は慌てて言い訳を重ねる。
「でもさ、ほら、こっそり来ててもおかしくないじゃない? 祭りだし!」
「来るもんか。まだお役に着いているってのに。来年の祭りならまだわかるがね」
その言葉に胸を撫で下ろす。
そうだ、シピたち『神の足』は、オネルヴァという『姫神子』が『穢れ』を受けて『器』になったと同時に、それに伴い『胤』と呼ばれる身になったのだ。次の姫神子が立つまでの間、タイヴァスにとどまるのが通例だ。つまり、俗世に姿を現すはずがない。
「ええー。でもこんな色男、そうそういないし。いいじゃない、夢見るくらいさー」
「男を引っ掛けるには、褒めときゃいいと思ってるんだろ? 兄さん、困ってるじゃないか」
男性が彼女をたしなめながら幕屋の中へ追いやると、女性は抗議の声を上げたが、彼はそれを軽く聞き流して、シピに向き直る。
「――すまんね、兄さん。あいつ、いい男にゃ目がないんだ。気にしないで、自分の幕屋に戻んな。お疲れさん」
どう返していいのかわからず、シピはあいまいにうなずいてその言葉に従う。
幅広の通路を歩きながら、どこが自分の天幕なのかもわからず、ただひたすらさまよう。こんなとき、どうしたらいいのかも、やはりわからない。気づけば夜も更け、不安ばかりが背中を押している。
シピの所属する荷馬車はウルスラの馬車の近くに配置されている。なので隊列の先頭から数えた方が早い位置だ。よってずっとサルキヤルヴィの街へ向けて歩いているのだが、真っ直ぐに仮設街を貫く大通りへなかなか抜けられない。
心細さが天を突き抜けそうになったそのとき、不意に背後から肩をつかまれ、シピは飛び上がらんばかりに驚いた。振り向くと、そこにはマンネの姿がある。シピは心の底から安堵する。
「ああ、マンネ。会えてよかった」
マンネはうなずき、シピの腕を取って足早に歩き始める。もうかなり遅い時間だ。もしかしなくても、オネルヴァがシピを探して泣いているのかもしれない。そう思うと自然シピの足も早くなる。
しかし、オネルヴァは泣いてはいなかった。シピを待っていたことは確かだ。荷馬車に腰掛け、ぶらぶらと足を揺らしていて、シピの姿を見たらすぐに歩いてやって来る。その顔に泣いた跡もない。少しだけ、シピはそれを残念に思う。
「シピ。シピ。たべるの」
シピの袖を引き、オネルヴァは言う。シピを待っていたため夕食をまだ摂っていないのだろう。マンネが、幕屋の中へ入り配膳をする。床に座ると、入り口からウルスラも入ってきた。
「どこほっつき歩いてたんだい、シピ。お姫さんががんばったっていうのに」
「すまない、迷っていた。遠くの幕屋まで行ってしまったのだ」
「ふん、歩き回ってるのが聞こえて来たよ。いいさ、さっさと食べてあげな。あんたを待っていたんだ」
どうやら、シピがいろいろな通路を歩いていることが耳に入ったらしい。それでマンネが迎えに来てくれたのだ。ウルスラはシピの向かい側に座る。オネルヴァはマンネが配膳するのを立って見ている。
「オネルヴァ、座ろう」
「いい、いい。好きにさせてあげな。がんばったんだよ。褒めてあげて」
どういうことかわからず、ウルスラの顔を見た後にシピはオネルヴァを見た。オネルヴァはマンネから両手で器を受け取り、恐る恐るシピへと運んでくる。そして、シピがそれを受け取るとそれを眺めるようにそこに座った。
「シピ!」
「うん、食べる。オネルヴァは?」
「まずはあんたが食べてあげな。姫さんが材料をちぎったんだよ」
言われて、シピは驚いて器を覗く。とろみのついた汁物で、具は葉物野菜と根菜だ。オネルヴァをもう一度見ると、無表情ながら雄弁な期待に満ちた瞳でシピを見ている。シピは器に口をつけた。
「……美味いな」
感動を込めてそう言う。味付けをしたのはオネルヴァではないだろう。それでも、心底そう思う。
オネルヴァは、自分のためによそわれた器も、シピへと渡そうとしてくる。まだ食べ終わっていないと言ってもそうなのだ。少し笑い、シピは心から言った。
「オネルヴァ、がんばりましたね。すばらしいです。あなたは、立派です」
そう言ったが、オネルヴァにはわからない単語だったようだ。肯定とは違う仕方で首を傾ぐ。シピはもっと単純な言葉で、オネルヴァの努力を褒める。何度目かで伝わった。
オネルヴァは、シピが三杯平らげるまで許さなかった。それだけうれしかったのだろう。なにかを成し遂げることが。――シピが今日、方々で助けを求められるのがうれしかったように。
「ちぎる。葉っぱ。ちぎる。入れる」
自分の器にやっと口をつけたオネルヴァが、ぽつりぽつりとその日行った作業について語る。
拙い言葉の連なり――けれどその隙間から、シピの知らない場所で、見たこともない光景がこぼれ落ちてくる。
目の前で、少しずつ確かに世界を広げている少女。その言葉を受け止めながら、シピはうまく返せなかった。なにを言えばいいのか、わからなかった。
胸の奥に、ふいにひっかかりが生まれる。
まるで、自分だけが立ち止まっていて、オネルヴァだけが前へ進んでいってしまったような――そんな、形のない焦りだ。




