9.迫る決戦日
カルロはお爺ちゃんの料理長と違って19歳と若く、王都のレストランで修行を積んできたという。料理長は最近腰を悪くしていて、新しく料理長候補になれるような人材を探していたのだ。
わたしに対して失礼だと料理長から拳骨をくらい、頭を押さえながらカルロは言う。
「俺、王都で流行っているヘルシーで体にいい料理、たくさん作りますから!味もいいですよ!期待しててくれよな!」
ありがとう。よろしく。
でも本当に、それ私が先に頼もうと思っていたことだから。
それからわたしはカルロを叱りつけている料理長に言った。
「でもお茶の時間は料理長のお菓子が食べたいわ。お願いできるかしら?」
そう頼むと、料理長は嬉しそうにして快諾してくれた。
「もちろんでございます!お嬢様のために毎日お菓子をご用意しますね」
ああよかった!アンナの子供にはこれまでどおりお菓子をあげたいものね。
「お嬢様は甘いものが好きなんだな。いくら食事を改善してもそれじゃあダメだぜ」
カルロはレストランの厨房で働いていたせいか口の利き方がなってないわね。ほら料理長がまた怒るわよ。貴族の館に雇われたならもう少しちゃんと話せるようにしてもらいたいわね。あとで執事に言っておこう。
「いいのよ。急に全てを変えてしまっては続かないものでしょう?こういうことは徐々にするのがいいのよ。食事の内容には期待してるから、カルロ、お願いね」
「……まあそうだな。ひもじくてお嬢様に買い食いされてもいけないしな」
ムカつくわね!でもそのとおりよ。
料理長の作る食事は、量も多いのだけれどとってもこってりしたものだった。
肉体労働をしている成人男性が好むような、肉が多く味付けも濃く油たっぷりのもの。わたしは採れたての野菜をサッと茹でて塩を振って食べるような食事がしたかったのよ!和食、懐かしいよお。
カルロが作る食事はあっさりしているけど色どり豊かで味も良く、とっても満足できるものだった。よかった~。
こっそりおやつを減らして運動を続けていたため下地ができていたのか、食事の内容を変えてからわたしはメキメキ痩せていった。
ダイエット、順調じゃないの!調子に乗ったわたしは夜の運動メニューをどんどん増やし、どんどん身体は引き締まっていった。脂ぎって小さなぶつぶつがいっぱいあったお肌もきれいになってきたし、どっしりしっとりしてうねっていた髪質も改善しているんじゃないかしら!サラサラしてるわ!
「お洋服もスッキリ着られるようになったし、なによりウエストマークできるようになったのよ!」
なんとわたしは今までAラインのワンピースしか着られなかったのだ。ウエストがなかったからね!一応ベルトやリボンでウエストを絞れるようになっているのだけれど、わたしはそのままベロンと着るしかなかったのよ。
ウエストをキュッと絞ってドレスを着ることにずっと憧れていたわ。あー嬉しい!
「俺の料理のおかげでお嬢様が健康になられてよかったよ」
カルロとはちょくちょく料理について話をするようになっていた。野菜の調理法についてリクエストを出したり食材について質問したりと、料理長にはできなかった話もカルロとは気軽に話せる。王都のレストランで学んだ最新の料理の話は面白いし、わたしも勉強になるわ。話し方はもうちょっと頑張ってほしいけどね!
「そうね、これからもよろしくね!」
わたしがにっこり笑うと、カルロはわたしの顔をじっと見て言った。
「なあ、お嬢様。ちょっと髪がだらしなくないか?王都では女性はみんなきっちり髪をまとめてるし、おろしていたとしても綺麗に揃えてるよ」
はああああ?あんた勤め先のお嬢様になんてこと言うのよ!だらしないって!?もっと違う言葉があるでしょう?!!
でもそうなのよ。
わたしもこのザンバラ髪、気になっていたのよね。何とかしたいなって思ってたの。まさか使用人に指摘されるなんて思わなかったけど!!なんか屈辱だわ!
「俺が切ってやろうか?」
「は?!?」
「俺、料理人になる前は騎士学校にいたんだけど、器用だったから団員の散髪は俺が担当してたんだよ」
え?!!それは新情報ね??
「騎士学校って…カルロって料理人になる前は騎士になろうとしていたの?」
「そう。でも何か合わなくて、騎士学校で覚えた調理が楽しかったから辞めて料理人になったんだ」
へえ。騎士団って軍隊みたいなものよね。騎士学校の学生は騎士団のお世話係もするのかしら。そうよね、実地訓練とかあるわよね。サラっというけどカルロもいろいろあったのね。
いろいろ疑問に思うことはあるけれど、とりあえずカルロにはお断りした。
髪を切ってもらうのはプロにお任せしたいわよ!当然でしょう?
それに髪は切ろうと思っていたのよ!あんたに言われるまでもないんだからね!!
「アンナ、明日はお父様と街に出て新しいドレスを買おうと思っているの。髪も少し切ろうかしら」
「いいですわね。きっと楽しい一日になると思いますわ」
実は来週、わたしの婚約者のライモンド様とそのご両親、サヴォア伯爵夫妻が我が家にいらっしゃることになっている。モニカを解雇したこと、その理由について詳しい話を聞きに来るのだ。とはいえ詳細は手紙で送っている。不明な点などないはずだから、この訪問は謝罪と弁解のためにわざわざ訪れるというものだ。それくらい大きな問題なのよ。
わたしはそこで婚約解消を願うつもりでいる。
「その日はアンナはお休みにしていいわ」
わたしはアンナに金貨を一枚渡した。
「お嬢様」
「前に買ってきてもらったチョコレートのお店へまたお使いに行ってきてくれるかしら」
「……わかりました」
「よろしくね」