7.さよならメイド
「やめて!やめてよ!」
ガタンガタンと音がして使用人の使っている私室から大きな声が聞こえてくる。
「こんなことしてただで済むと思ってるの?サヴォア伯爵様に言いつけるわよ!」
モニカの声だ。何かあったようね。
続けて執事の声がしてきた。
「使用人の盗難はご法度だ。モニカ、残念だよ」
モニカの私室の前に行ってみると、使用人たちが集まって開いているドアから部屋の中を覗いていた。わたしもその隙間からのぞき見する。
「ちがう、違うわ!こんなもの知らない!何かに紛れてここに入っていたのよ!」
執事が手にしている白い封筒から金色の何かを出して見せている。私が誕生日におばあさまからいただいた金の栞だ。絵柄の異なるものが5枚セットになっていて、どれも美しくわたしが大切に使っていたもの。
「それは……!」
思わず声を上げると、執事とモニカが振り向いてわたしを認めた。
「お嬢様!これは何かの間違いです!そうですよね?この人に説明してください!」
モニカは必死な顔で私に頼んでくるが、日ごろの行いを忘れたの?あなたを助けるなんてわたしがすると思うの?驚きだわ!
「モニカ……ひどいわ。これはわたしが大切にしてきた、おばあさまからのプレゼントなのに……なくなってしまって一生懸命探していたの。知っているでしょう?あなたが盗んでいたのね!」
わたしは悲壮な声で叫び、それから俯いてシクシク泣いた。使用人からの同情的な視線を感じる。
「ちがう!これは違います!私こんなもの欲しくないもの!だから何かの間違いです!これは盗んでいません!」
モニカはバカなのかしら。焦っているのか言ってはいけないことを言っている。
もちろん執事はそれを聞き逃さない。優秀な執事なの。
「ほう、まだ他にもありそうだな。調べなければ。モニカ、部屋を出なさい」
「!!いや!やめて!!!!」
暴れるモニカを下働きの男が部屋から連れ出し、執事とわたしは部屋に残って徹底的に調べることにした。
なんとモニカの部屋からは栞だけでなく、わたしの使っていた化粧品や香水、ハンカチ、小さなアクセサリーなどが続々と出てきた。
「身支度はメイドに任せていたから気づかなかったのね……」
こんなこと他の家でも普通にあること?いいえ、そんなはずはない。使用人は信用を元に雇われる。盗みを働くことはとても重い罪になるのだ。役所に訴えれば罪人として扱われるし、そうまでしなくても噂となって一生つきまとう。他の家でも働けなくなるし、結婚にも影響が出るだろう。手癖が悪いのはダメね。
そして婚約者のライモンド様からの手紙もたっくさん出てきた!
シャーリー宛のものもあれば、モニカ宛のものもあった。
なによこれ……。ひどいなあ。
今までシャーリーはライモンド様に手紙を送ったこともあるだろう。
でも返信は来なかったんだ。全部モニカの手に渡って受け取ることはなかったんだ。
悲しかっただろうなあ。
想像を超える収穫の山に、わたしは今までのシャーリーの境遇を思ってシュンとしてしまう。
「お嬢様……」
執事はわたしが落ち込んでいる様子を見て心配そうだ。
かわいそうでしょ?わたし。かわいそうだったのよ、シャーリーは。
だからこれからは味方でいてよね。
お父様はヴォイスサヴォア伯爵家宛に手紙を書き、モニカは週末にはうちの館を出て行った。
翌日、わたしは日課の早朝散歩で中庭にいた。
最近つぼみをつけてきた薔薇を見ながらリフレッシュ。
ついでにその向こうにいる庭師を見てにっこりする。
はあ、好きだわ。
庭師のことが好きすぎて、わたしは名前も聞けないでいる。息子の名前は知っているのにね。でもレオナルドがいるってことは、庭師は奥さんがいるってことよね。不倫とかありえないからこのままでいいの。蒔かぬ種は生えぬってことわざにもあるでしょう?
この庭の花々のように、推しは推しのまま、愛でていきたいわ。
「お嬢様」
呼ばれて顔をあげると、一輪の薔薇の花があった。
「え?」
「昨日は何だか屋敷が騒がしかったようですね。これは今朝初めて花開いた今年最初の薔薇です。お嬢様の慰めになれば」
庭師がお花を!わたしに薔薇の花をくれたの!!!
「あ……ありがとう」
その優しい心遣いが嬉しくて、瞳が潤んでくる。
わたしは庭師の顔を見られないまま、両手でそっと薔薇をいただき、その場を後にした。
その後の朝食では、めずらしくお父様がいらっしゃった。
あんなことがあった後だし、わたしを気にしてくださっているのかしら。
「お父様。モニカのこと、迅速な対応をありがとうございました」
「いや、お前がきちんと伝えてくれたからすぐに行動できた。よくやったな」
褒められた!うれしい!
「シャーリーは少し変わったな?」
お父様はわたしに言う。
そうね、すごく変わったでしょう?
「……お母様が亡くなってからずっと気が伏せっていました。
でも、モニカにされたことがすごく嫌で、それでわたしも強くなりたいと思ったのです」
「そうか……」
しっかりしてきたようで嬉しいよ、とお父様はわたしの顔を見て少し微笑んだ。
「あと、婚約も解消したいです」
「……。それは難しいかな」
お父様はそう言ってささっと食事を終え去って行った。
よーし、次は婚約解消よ!がんばろー!