2.こんなの嫌だ!
お読みいただきありがとうございます。
「お嬢様!!!」
バタンっと乱暴にドアが開き、メイドが入ってきた。
鏡の前で佇むわたしを見ると、メイドはニタアと顔をゆがませて(なんなら嬉しそうに)わたしを罵り始める。
「なにやってるんですか!まだそんなお姿で?!やっぱり太ってるからご自分で服も脱ぐことができないのですか?今日着る服はどうされるおつもりですか?ご自分でお探しになることもできない?やっぱりダメね!なにをするにも体が重くて?それとも頭が?さあ、さっさと……」
「うるさい」
「え」
聞くに堪えない暴言だ。
この女は使用人だ。なぜこんなに偉そうなの?わたしのことをバカにし、嘲り、見下げて笑っている。
わたしはいつもこんな扱いを受けているの?
わけがわからない!
でもとにかく。
「うるさいと言ったのよ。出ていって。朝食は部屋に運んでちょうだい。いいわね、分かった?」
「なっ」
「分かったの?」
「……」
朝から2度も部屋から追い出されたメイドは、悔しそうな顔をして返事もせずドタドタと出ていった。
「ふう……」
やっと静かになった。ちょっと落ち着いて考えよう。
わたしは転生してしまったのだろうか。
でも今のわたしは前世のわたしの意識が強いみたい。
前世の記憶は昔見た映画のようにぼんやりとしてセピア色だ。それはいい。
だけどこの世界のことはどうだろう。私はこの世界でやっていけるかな。
ひとつ言えることは、あんな侍女にネチネチと罵られたんじゃ堪らないってことだ。
「……とりあえず着替えようかな」
結論から言うと着替えは大変だった。
まず今着ている寝間着を脱ぐためにたくさんの小さなボタンを外すこと、これが私の短くて太い指に全く向いてない!
ぷるぷる震える指で忍耐強くひとつずつ外していき、なんとか寝間着を脱ぐことに成功した。ふう……。
次は服を着なければならない。幸いなことにこの頭の中にはシャーリーもちゃんといるみたいで、日中に何を着ればいいか、普段よく着ているデイドレスはどれか、見ればわかった。
わたしは背中ではなく前に最小限のボタンがついているドレスを選んで、なんとか着てみたのだが。
「……パッとしないわね。いいえ、このわたしではどんなドレスもこんなかんじになるわ。きっと」
ずんぐりむっくりしたわたしが着たモスグリーンのデイドレスは、とってもずんぐりむっくりした印象のわたしになった。
まあいい。
いやよくないけど、それよりもっと重要なことがあるわ。
「朝食、来ないわねえ」
わたしの着替えにかれこれ一時間近く費やしたけれど、その間にあのメイドは戻ってこなかった。
ぶっちぎられたのだ。なんでよ!命令もきけない使用人……いらないわ。
お腹はなんだかすいたような気がするけど、でもこの身体、重いし胃も重いし、動くたび腕やお腹についたお肉の存在がいちいち煩わしくて。
「朝ごはんはもういいか」
とりあえず部屋を出て、静かな場所でゆっくり考えたい。
わたしはシャーリーの記憶の中にある、この館の南側にある庭園に出た。
鮮やかなブルーや薄いピンクの紫陽花に似た花が咲き誇る庭園の片隅にあるガゼボで、わたしはぼんやりしていた。
この花、あじさいじゃないよね?あれ、なんだかこんな光景見たことがある。
これって……なんて考えていると、誰かがガゼボの裏から現れる気配がした。
「あれ、お嬢様ではないですか。お邪魔ですかね」
現れたのは庭師の男性だ。見たことあるわね。
茶色に近い濃い金髪でヘイゼルの瞳、少し日に焼けて筋肉の程よくついた長身な身体、にっこり笑うと目じりに寄るしわが可愛いの。
そうそう、このキャラが一番好きだったのよ。
え?キャラ?
突然頭の中にカラフルな映像がいくつも浮かび上がってきた。
王都にある別邸の庭園で行われたお茶会。
ピンクヘアのヒロイン。プラチナブロンドの悪役令嬢とそのとりまき令嬢たち。
そこの庭師の茶色に近い金髪の男。
優しくて素朴で、攻略対象の中では一番好みだったわ。
そういえばゲームの中の庭にもこの花がたくさん咲いていたなぁ……なんて名前だっけ、そうだハイドランジアだ。
あ。
突然私は理解した。
「これって乙女ゲームよね?」