14.祭りの後
「お父様、ありがとうございました。無事婚約がなくなって本当に嬉しいです!」
翌日のお茶の時間、わたしはお父様をお誘いして改めてお礼を言った。
まさかお父様が助けてくださるなんて予想してなかったのよ。あの時はたった一人で戦っていると思っていたから本当に嬉しかった。お父様、ありがとうございます!
「いや、私も彼にこの家を任せようと思えなくてね、これでよかった。……よく調べずにシャーリーにとっては辛い縁組を組んでしまったな。今まで無理を強いてすまなかったね」
わ…お父様からこんな言葉をいただけるなんて……わあ……!
なんか、わたし、ちゃんと扱われてる?きちんとお話してもらってる?嬉しい!
「いいんです!さすがお父様ですわ!やっぱりお父様はすごい!」
わたしがべた褒めするとお父様はまんざらでもない顔をした。
お父様が調べさせた資料、あれの半分はわたしがアンナに頼んで調べてもらったものだ。
ダメもとで、伝手があれば調べてほしい、とわたしはアンナにお金を渡した。アンナはわたしが渡したお金で民間の探偵に依頼してくれたらしい。なんて優秀なメイドなの!
そうして娼館の出入りを知ったわたしは、その調査書をお父様に渡し、再度婚約解消を願い出た。
でもその場ではあれこれ言われて流されちゃったのよね。
がっかりしてたんだけど、お父様は自分でもきちんとお調べになったのね。さすがだわお父様!
しかしあの男、学歴詐称までしてたなんてね!最低だわ!あ~本当に結婚しなくて済んでよかった!!
あの日ライモンド様は去り際に、疎まし気にわたしに向かって言った。
「君との婚約がなくなったことは喜ばしいことだが、解消を言い出したのが君からだなんて。本当に生意気だな君は。そんなんじゃ次の男なんて見つからないだろうよ。ざまあみろだな」
うっせーよ。ざまあはこっちだ、バーカ。
と思いながら笑って見送ったわ。二度と顔見せんな!
「しかしあちらの言うことももっともだ。シャーリーには新しい婚約者を探さなければならないが、どうしたものかな」
「あら、お父様!わたしがあの時言ったこと、本気ですわよ」
「あの時?」
「わたしがお父様の後を継ぎたいと言ったことです。だから結婚相手は誰でもよいですわ」
優しい人ならね。
「ええ?……気持ちは嬉しいが、この国で女性が爵位を継ぐことはほぼ無いんだよ」
「分かっております。わたしは領主代行としてお父様のお仕事をお手伝いし、いずれ子供に継いでいきたいと思っているんです。お父様、わたし読み書きもできるし、計算も得意なんです。農業も好きだし、これから深く学んでいきたいと思っています!」
シャーリーは学校には通わず、家庭教師について簡単な教育を受けていたようだ。この世界の教育水準がどのくらいかは知らないけど、たいした勉強はしていないんじゃないかしら。
でもわたしは前世で高校卒業しています!商業科で簿記検定2級持ってました!さらに兼業農家の嫁で農業に関して素人ではないんです!毎年家族全員分の確定申告もしてました!きっと領地経営もできるはず!いいえ、やりたいの、やらせてください!
お父様だって一緒にお仕事をすれば、わたしができるってことが分かると思うのよ!
わたしはまじめな顔をしてじっとお父様の目を見る。伝わって。
「そうだな……。シャーリーもしばらくは静かにしていたほうがいいだろう。少し私の仕事でも手伝ってもらおうか」
やったわ!
お父様からの信頼を勝ち得たってことかしら。まだそこまでではない?
でも第一歩を踏み出したのではないかしら。
それから、わたしは裏庭の一部を使わせてもらい園芸を始めることにしたのよ。
まずはお花、それからプチトマトなんかあったら育てたいわ。やっぱり野菜も作りたくなっちゃうのよね。
お父様に相談したら庭師に頼んでくれて、彼に花壇の作り方から土作りまで手取り足取り教えてもらった。
彼の手は大きくて分厚くて、なんだかとても彼らしい暖かみのある手だったわ。
え~~~~なにこれご褒美なんですけど!!!
本当は一人でなんでもできるんだけど、シャーリーが畑仕事に精通してたらおかしいもんね!
ご褒美……婚約解消でがんばったご褒美よ……はあかっこいい。癒されたわ。
「お嬢様」
「あら、カルロどうしたの」
休憩時間なのか、カルロが裏庭に現れた。
「あのさ、聞いたよ。婚約解消したんだってな」
「ええ」
花壇の前に並んで座る。風が気持ちいいわ。
「俺、騎士学校辞めたって言ってたけど、ずっと親が休学扱いにしてくれてるんだ」
へえ?
「騎士学校に戻ってちゃんと卒業すれば、地方騎士団の試験を受けることもできる」
「そうなんだ?」
「お嬢様、結婚相手は平民でもいいって言ったんだろ?」
「ええ……」
「おれ、お嬢様が望んでくれれば、騎士になって戻ってくるよ。……待っててくれるならだけど」
サアっと風が吹き、カルロの金髪がキラキラとなびく。
少し照れたようにわたしを見つめて微笑むカルロ。
わたしは思いがけない言葉にドキンと胸が高鳴った。
なんてことはなく。
えっなにこれ、もしかしてわたし今カルロにくどかれてんの?
望んでくれれば?
望んでないよ?
ええー。
若い娘だったらこんな恋のかけひきされてドキドキして恋に落ちちゃうのかしら?
恋の予感で?意識して?お互いの気持ちを探り合って?爽やかな恋愛が始まるの?
いやあ、でもわたし43歳だからさあ、そんなのもうめんどくさくてできないよ。
だいたいカルロ、そんな思わせぶりな言葉だけでさあ、シャーリーを縛り付けるようなことをさあ、よくするよねえ。
ちゃんと告白しなよ。
「……望まないわ」
「えっ。あ……」
わたしの反応が思ったものでなかったのか、うろたえるカルロ。
そうなのよ、カルロって結構イケメンなのよね、今までずいぶんモテてきたんじゃないかしら。これで通用してきたのよね、きっと。
わたしも悪いわね、使用人と気やすくしすぎたかもしれないわ。誤解させちゃったかしら。ごめんねカルロ。でもわたし、上からな男ってダメなのよ。優しい男の人が好きなの。カルロのそれは優しさではないのよ。
「カルロ、あなたの将来はあなたが決めるのよ。どんな道を選んでも、わたし、応援してるわね!」
わたしはニコリと笑って、その場を立ち去った。
その夜、ベッドの中で、わたしはシャーリーに話しかけた。
わたしがこの世界で目覚めて、初めて鏡を見た時のシャーリーを思い浮かべて。
「ねえ、シャーリー、わたしカルロに口説かれちゃったみたいよ。
男の人に告白されるなんて人生初じゃない?
それからお父様がわたしに謝ってくれたのよ!すごいでしょ?
どう?嬉しい?
ここに戻ってきたくない?」
シャーリーからの返事はない。
「いつでも戻ってきていいんだからね」




