13.お父様が味方
「お待ちください」
わたしが崖っぷちに立っている気分で次の手を考えていると、それまで黙っていたお父様が口を開いた。
お父様!
何を言うのかしら、まさか了解したりしないわよね?!
わたしは焦り、ドッと汗が出る。待ってちょうだい、まだやれるわ、あともう少しなの!
「先程伯爵がおっしゃったように、二人はまだ未熟で教育が必要なようだ。とても一年後に婚姻を結び、子爵家を共に盛り立てていけるようには思えませんな」
えっ。
お父様?
伯爵は最初笑顔でうなずいて聞いていたが、雲行きが怪しくなってきたと気づいたようだ。
「子爵――」
「この婚姻はひとまず白紙に戻し、子供たちが真に支え合える相手が必要になった時に改めて考えるのがいいようですな。幸い政略の絡んだ婚約でもない。婚約解消することに何も問題ないでしょう。なあ、シャーリー」
「はい!」
お父様!お父様!
「いや、それは困るな。ライモンドはこちらでしっかり再教育すると言っている。ヴィスコンティ子爵、約束を違えるつもりか」
伯爵はピリピリした声でこちらを責めるように言う。こ、こわいわ。
「メイドの盗難の件は伯爵にお任せすると言ったこと、違える気はありませんよ」
お父様は伯爵の痛いところをつく。さすがだわ!
「ならば婚約はこのままで」
「今なら婚約解消で済むと言っているのですよ」
「なに!」
緊迫した空気の中、お父様は執事に大きな封筒を持ってこさせた。
「失礼ながらライモンド君について調べさせてもらった」
「ライモンド君は王都の学院を卒業していませんね。落第し、そのまま他の学生の卒業と同じ時期に退学している」
えっそうなの?
「大した違いはない。単位は取っていると聞いている」
大違いでしょ!学歴詐称よ!
「さらに王都のはずれにある娼館に、懇意にしている女がいるようです。どうも我が家に来ると言ってそちらに通っていたようですな」
「なっ、なんだと!」
「その女にも、結婚したら呼び寄せると約束しているとか。こんな腰の軽いぼっちゃんではうちの娘がもったいない、いや失礼、娘には荷が重いようですな。せっかくのご縁でしたが、謹んでご辞退申し上げますよ」
「ライモンド!!!!!」
伯爵の怒号が飛ぶがライモンド様は青ざめて下を向いたまま動かない。
さっきはあれほど余裕のある態度だったのに、お父様が出てきてからは何も言えないのよ。さすがお父様だわ!
お父様は何も答えないライモンド様を一瞥し、ゆっくり口を開いた。
「話し合いで婚約解消することが難しいようですと、裁判所に届けて我々の問題を解決してもらわないといけないですなあ。新聞に載ることになるし、裁判次第では婚約は破棄という形になるかもしれないですな」
そんなことになったら、うちもそうだけど、伯爵家にとってはひどい醜聞になるだろう。婚約破棄になれば慰謝料も発生する。え、裁判でうちが負けることなんてないわよね?
「……そのようなことになればシャーリー嬢にもみっともない噂が立ちましてよ?ねえ、婿のなり手もなくなって子爵も困るのでは?」
伯爵夫人はこちらをチラリとみて言う。声が震えているわよ!
「いいえ、ご心配には及びませんわ。子爵家はわたしが継ぎ、わたしの子に継承されるのです。わたしを支えてくれる方は貴族でなくてもかまわないと思っております」
わたしは毅然とした態度で宣言した。
伯爵家の皆様は息をのみ、もう何も言うことはなかった。
沈黙の中、お父様は静かに告げた。
「では婚約は解消で。こちらに届け出を用意しておりますので、サインを」
お父様!
書類の用意までされてたの?わたしのために?
お父様がシャーリーの味方をしてくれるなんて、これっぽっちも期待してなかった。
驚きと感動で胸がいっぱいになる。泣きそうよ。
伯爵家の皆様がわたしを憎々し気に睨みつけているが、全然怖くないわ。
なんならお礼を言いたいくらいよ。婚約解消してくれてありがとうね!
こうしてわたしの婚約は無事解消された。
お父様大好きよ!!!
お読みいただきありがとうございます。
伯爵を公爵と間違えて表記していた部分を直しました。
教えてくださりありがとうございます!




