1.転生?
はじめまして。どうぞよろしくお願いします。
朝だ。
レースのカーテンから差し込んでくる朝日をまぶたに感じ、
意識がだんだんと上がってきた。
そろそろ起きなきゃね。なんだか体が重くて動けない。頭の奥の方から少し頭痛がするみたい。
あれ、わたし昨日お酒飲んだっけ。
バタン!
「起きてください!朝でございます!」
ガシャン!見知らぬ女がノックもなく突然部屋に入ってきて、持ってきた洗顔用の水の入ったボウルを雑に置く音がする。
なに?だれ?
身の危険を感じてぱちりと目が開く。
「起きてください。お嬢様!」
「………」
「起きてくださらないと、私が旦那様に叱られます。さあ早く起きて着替えてください」
そう言うとその女はいきなりわたしのかぶっていた布団をはぎ取った!
ひやっ!? なんで! なんでそんなことするのっ!!
信じられないっ!!
あんた誰なの?
っていうかなんでそんなことされなきゃいけないの?
「……出ていって」
イライラしてそれだけを言うと、女は驚いた顔でわたしを見た。
そうよね、いつものわたしならそんなこと言わない。おどおどしながら従ったと思うわ。
ん?
いつものわたしって何?
「へえ、そんな太った身体で着替えができるんですか?背中に手が届くのかしら。ふふっまあいいわ。できると言ったのはお嬢様ですからね。私は失礼します。朝食は遅れずに来てくださいね。どんな格好でいらっしゃるか楽しみにしてます」
赤茶色の髪でそばかすの目立つその女は、わたしをバカにした目で見てバカにしたように言い、部屋から出ていった。
「……は?」
この人メイドか何かよね?
え?
わたしのこと太ってるって言った?
は?
どうしてわたしがそんな扱いをされなきゃいけないの?!?
女が出ていき、静かになった部屋で考える。
わたしはだれ?
わたしはシャーリー。ヴィスコンティ子爵家の一人娘。
お母様は幼いころに儚くなり父と2人家族。
17歳。
それから……。
ベッドから立ち上がり壁にかかっている鏡を見ると、そこに映っているのは、黒髪にくすんだ茶色の目をしたずんぐりむっくりした少女だった。
これがわたし?これがわたしなの?
「いやだ……」
太ってるわ。髪はゆるくウエーブしているけど黒髪だからずっしり重たげで、目は小さくてほっぺのお肉の方が存在感がある。
なんだかがっかりしてしまう。
え、ちょっと待って、何だか変。
わたしってこんなこと考える人だったかしら。
わたしの今までってどんな風だった?こんな容姿にぴったりくる、愚鈍な子じゃなかった?
朝は起きるのが遅くて、身支度もメイド任せで何を着てもぱっとしないからおしゃれに興味もなく、さっきみたいに使用人からバカにした態度をされても何も言い返せず、なんとなく気分は重くなってぐずぐずそれでも言いなりで行動していた。
「だからさっきわたしが言い返したのを見て、あの女も驚いていたのよね」
あれはすっごくムカついた。使用人がご主人さまになんという態度なのか。
なんであんなことされなきゃいけないの!
はっとしてもう一度自分の顔を見る。
「……なんだかわたし変わったみたい」
なぜ?
自分の記憶の中にいる昨日までのわたしと違うわたしがいる。
「わたしってどんなだったっけ……」
すると突然昔見た映画のように古い記憶がいくつも頭の中に浮かんできた。
浅田凛、43歳、日本の田舎で夫と子供2人の4人家族で暮らしている。気が強くて情に厚く、思春期の子供たちを相手に毎日格闘している。小さいけれど兼業農家の夫の実家の近くに住み、自分も畑で野菜や花を育てる毎日。朝は5時起きでお弁当を3つ作り、涼しいうちに畑へ行く。それから――。
ズキッと頭が痛くなり記憶が遠くへ消えていく。
「あれ……あれは……」
あれもわたし。いやむしろあれが今いる私だ。
「どういうこと……」
鏡に映る太ってパッとしない異国の少女がつぶやく。
もしかして。
「わたしって転生したんだ……」
そして……。
「わたしはシャーリー」
違った。浅田凛、43歳、日本の田舎で夫と子供2人の4人家族。
いやそうじゃなかった。シャーリー・ヴィスコンティ、17歳。
わたしは今17歳の女の子だ。
17歳のわたしの記憶と43歳のわたしの記憶がごっちゃになって混乱しそう。
大丈夫、ちゃんと整理していけるわ。
まず今のわたしは17歳――。
ドンドンドン!
乱暴にドアが叩かれる音がする。
「お嬢様!遅いですよ!朝食のお時間です!お嬢様が遅れると使用人が皆迷惑するんですよ!」
さっきのメイドが廊下で怒鳴っている。
だからなんであんたにそんな言われ方されなきゃいけないのよ!