おわりとはじまり
私はもうすぐ死ぬ。
枯れ枝のように細くなった自分の腕はもうぴくりとも動かない。
さっきまでは冬の肌を刺すような冷たい空気を感じられていたのに、肌でも喉でも感じられない。
終わりの時が近い証拠だろう。
まさか自分が結核に罹って死ぬとは思いもよらなかった。
血を吐くようになって、呼吸も上手くできなくなって、そして体はどんどん痩せ細ってしまった。
よく捨てられなかったものだ。
役に立たない者はとっとと捨ててしまうのだと思っていた。
同僚が仕事に失敗して殺されても、そして私が今まで殺してきた者たちもそこらに野ざらしにされ放置されているだろう。
病に殺される私は雨風を凌げる屋敷の中で、しかも布団に横になりながら死んで行けるのだから運が良い。
奴の気分が良かったか、ただ忘れられているだけか。
「ごほっ。」
咳をしたことで私が呼吸をしようとしていたことを知った。
もうほとんど出来ないと分かっていても、呼吸はしたくなるものだ。
呼吸出来なくてももうあまり苦しくはないが、身体が生きたいと言っているのだろうか。
どのくらい無呼吸で居たのかわからない。段々と視界が狭まってゆくことから死期を悟る。
ああ、やっと死ぬのか。
狭くなった視界に自分の腕が入る。痩せ細る前に付いたいくつもの傷痕が自然と目に入る。これは私の生きてきた証でもある。
やれることはやった。
頑張った。
生きるために、たくさん頑張った。
死にたいと思ったことは不思議となかったけれど、いざ死ぬとわかっても不思議と落ち着いていられた。
少しだけ死にたくないと思うけれど、でも、これ以上生きても同じ日々の繰り返しだろう。
それならば悔いはない。
今世では、町娘のような普通の暮らしはできないだろうから。
悔いではないが、私は少しでもいいから普通の幸せというものを感じてみたいという願望はあった。
私の今の生活ではそれは望めないとすぐに諦めたが、今世はもう終わる。
神様がいるのなら、と私は願った。
どうか、来世では、普通の幸せな人生を送れますように。
どこか遠くから音が聞こえる。
目を開けようにも全く開かない、というか体も全く意思通りに動かない。
音は優しくわたしを包んで、じんわりと心が温かくなるような気がする。
その音を聞いて気持ち良くなってしまう私は、浮上した意識がそっと溶けるように消える。
何度も何度もそれを繰り返し、それが数えきれなくなったある日のこと。
いつも優しく響く音と似た音で、慌ただしく固い音がたくさん響いてくる。
私の身体もぎゅうぎゅうと締め付けられているような気がするし、もといた位置からどんどん動いていっているような気がする。
気がつくと冷たい場所にいた。そしてどんどん苦しくなってくる。
その時、身体に衝撃を感じて思わず息を吸い込んだ。
その瞬間、体の中に何かが入ってきて驚き、反射のままに声を上げた。
その日、私はもう一度生を受けた。
緩いお湯で洗われているのか、緩い温度の液体の中で優しく体を擦られている。
そして優しく体を拭われた後、布で包まれたのがわかった。
そしてまた優しい音が聞こえた。前にも聞いた優しい音だった。
そしてその音がするところに連れて行かれ、何かが私を包み込む。
その温もり、そして匂いに包まれた瞬間に猛烈に空腹を感じ、いい匂いがする方へと自然と向かう。
頭を撫でられながら美味しいそれをたくさん頬張った。
そこで私の意識は遠のいて、いつの間にか眠ってしまった。