転校生のパンツを拾ったら、世界一可愛い婚約者ができました
「誰のパンツだ……?」
黒を基調とし、レースの付いた控えめで且つセクシーさも兼ね備えた、そんな印象を持つような紐パンツを手に持ち、俺、霧崎奏人は立ちすくんでいた。
ここは旧校舎3階の廊下。
換気のために開けられた窓からは、少しジメッとした風が吹き付け、梅雨の訪れを知らせてくる。
忘れ物を取るためにいつもより早めに登校し、部室に寄った帰りに、俺はパンツを拾ったのだ。
正確には、何か落ちていることに気が付き、それを拾った結果、女性物の下着だったのだ。
だから、決して俺が変な奴という訳ではない。
ほんとだよ?
旧校舎は、今は授業では使われておらず、文化系の部活の部室代わりの教室が幾つかあるだけだ。
しかしその殆どが1階か2階にあり、3階には俺の所属する文芸部以外にはトイレぐらいしかないのだ。
つまり、こんなところに女の子のパンツが落ちているというのは、非常に不可解なのだ。
いや、そもそも女の子のパンツが落ちていること自体がありえないのだが、一旦それは置いておこう。
「というか、コレって文芸部の部員のものだよな……」
俺はもう一度パンツをまじまじと見ながらそう言った。
いやだからなんでまじまじ見てんだよ、女の子のパンツだぞ……。
まぁでも、こんな辺境の地にわざわざ足を運ぶのは、精々文芸部のやつらぐらいだろうからな。
実際、こんな所くる機会は今まで部活以外でなかったし。
文芸部には、現在3人所属している。一人は俺で、後は先輩一人と後輩一人。どちらも女の子だ。
しかし、少し引っかかることもあった。
それは、来た時にはなかった気がするのだ。
というか、普通に廊下の真ん中に落ちていたので、どんなに急いでいても気が付くはずなのだ。
「……」
そして、俺は今一度このパンツを見つめながら、思考を巡らせる。
考えているのは、もちろん処理の方法だ。
このまま置いていくか、それとも持ち主を探すか……いや、普通にセクハラか。
大体、さっきから誰のだろうと考えていたが、誰の物でもいいのだ。
分かるはずがないのだから。
と、そんな意味のわからないことについてしばらく考えていると、後ろから突然声を掛けられた。
「よ、後輩!」
「うわっ!!」
突然の声に驚いた俺は、何を思ったのか咄嗟に手にもっていたパンツをポケットへと入れてしまった。
しまったと思ったが、覆水盆に返らずで、俺はその状態で話をすることになってしまった。
「どうしたんだ?そんなに驚くことでもないだろ」
「え、あ、はい。そうですね。あははー」
「なんだ?ポケットに手なんか突っ込んで」
「いえ、先ほどトイレに行ったのでハンカチを……」
「ふーん……」
俺の言葉に、先輩は少し怪しげな笑みを浮かべる。
そんな表情に、俺は嫌な汗が流れる。
まさか、バレたか…?
俺の鼓動が早くなるのが分かった。
まずい、ただでさえ終わっている高校生活に、ピリオドを打たれる……。
そんな危機的状況だった。
そう、これがばれると、数少ない俺と仲良くしてくれている先輩に嫌われてしまう。
それは、つまり、退部を意味する……。
いやだ、唯一の安息の地なのに!
しかし、そんな状況の中で、ふと変な思考が頭をよぎる。
(待てよ、このパンツ、もしかして先輩のもの……なのか?)
一度そう思ってしまうと気になってしまうのは人間の本能だろう。
そっと視線がスカートの方に……行きかけて俺は慌てて止める。
いや馬鹿か!そうだとしてもこの状況はまずいだろ!
どのみちバレればバッドエンド。
俺は一刻も早くこの場を去りたいと言う気持ちと、もしかしたらバレているかもしれないと言う恐怖から、額に汗が止まらなかった。
そんな中、ようやく先輩の口が動き始める。
どんな、言葉が、掛けられるのか……!
俺の鼓動は一段と速さを増していく……
「後輩君。君、さては勃ってるんだな?」
「んなわけないでしょぉぉぉぉおお!!!」
予想外の言葉に、俺は思わず大声で突っ込んでしまった。
そんな俺の様子を見て、先輩は驚いた表情をした。
「わ、何?びっくりするな……そんなに興奮しなくたっていいじゃなか?」
「興奮してないです」
「えー。私のこのナイスバディに見惚れていたんだろ?」
「なわけあるか!」
「ほんとかな?」
俺が頑なに認めないからか、先輩はシャツの第二ボタンをゆっくりと開け、胸元をチラつかせる。
俺の推定Fカップの先輩の胸元は、しっかりと谷間が見え、うっすらと色々の下着が……ってなにしっかり見てんだ俺は!!!
先輩の誘惑に何とか踏ん張った俺は、自分の頬をひっぱたいて、煩悩を払った。
「そんなことばっかりしてるから、先輩はモテないんですよ!」
「ガーーーン」
俺の言葉に、先輩は漫画のような顔でショックを受けた。
そう、そうなのだ。
この人は、そう言う人なのだ。
笹野結衣。
我が文芸部の唯一の3年生。
顔は綺麗でスタイルも良く、おまけにテストでは毎回学年最上位。
赤みがかったブラウンの髪を束ねてポニーテールにしている姿は、弓道部のような清楚で花蓮な印象を与え、出るところはなかなか出ていて、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいるという理想のボディーは、女性の憧れの的となる。
傍から見れば、それはまるで学園のマドンナ的存在のように見えるだろう。
否、事実としてかなりモテている。
しかし、実際の彼女はそんなイメージとは大きく異なる。
とにかく精神年齢が低いのだ。
さっきみたいに、下ネタもバンバン言ってくるし、そのくせ自分は立派なモノを持っていると言うのでたちが悪い。
要するに、超絶残念美人なのだ。
だからまぁ、この人があのパンツの持ち主な訳がない。
「ほら、先輩。行きますよ」
「別に誰にでもやってるわけじゃないんだけどな……」
「何か言いました?」
「べっつにー。後輩君が虐めてくるって言っただけー」
「馬鹿な事言ってないでさっさと行きますよ」
少し顔を赤らめた先輩に気づくこともなく、俺は少し溜息をつきながら教室へと向かうのだった。
「それじゃぁお前ら席につけ~」
チャイムと共に教室に入ってきた担任が、いつもの決まり文句をいいながら教卓の前へと歩いて行く。
そんな担任の姿を横目に、俺は窓の外を眺めながら物思いにふけっていた。
「このパンツ、どうすっかな……」
俺はポケットに手を突っ込み、その存在を確認しながら、至ってまじめにそう呟いた。
あの後、すぐに予鈴がなり、俺と先輩は小走りで教室へと向かった。
そして、俺は結局あの場に置いて行くこともできず、今もまだポケットにそれを忍ばせているのだ。
放課後になったら、ささっと置きに行こう。
俺はそう決意すると、ポケットから手を出し、担任の話へと耳をやった。
「そして、今日は何とも珍しい転校生が来てる。入ってくれ」
「失礼します」
そう言って、転校生が教室に入ってきた瞬間、クラスが一気に沸き上がった。
「うおーーー!」
「めっちゃ美人じゃん!」
「何々?モデルさん?」
「超可愛い~!」
そう、なんともまぁテンプレな展開で、その子は超が付くほどの美少女だったのだ。
ぱっちりとした黒い瞳に、スカートからすらっと伸びる白い足、透き通るような真っ黒な長い髪をなびかせて教室へと入ってくる姿はなんとも上品で、全てにおいて見るものを魅了する何かがあった。
ただまぁ、胸はそれほど……いや、かなり寂しい印象はあったが、他の華やかさによって上手く隠されていた。
そして、そんな美少女は、担任の横まで行くと、丁寧にお辞儀をして、自己紹介を始めた。
「初めまして、花咲雪羽です。父の仕事の都合で東京から引っ越してきました。早くクラスに馴染んで、たくさんの人と仲良くなりたいので、皆さんよろしくお願いします」
そうして、完璧な挨拶を決めた美少女は、担任からも軽く紹介された後、指定された席へと向かった。
そして、花咲は、いい匂いを漂わせながら俺の横の席へと座る。
……は?
俺は一瞬その状況が理解できず、花咲を見つめたまま固まってしまった。
「えっと……」
そして、俺がずっと固まっているので、不審に思ったのか、花咲は困惑しながら話しかけてきた。
「今日からよろしくお願いしますね」
「あ、あぁ」
そして、ようやく思考を取り戻した俺は、なんとも陰キャな返事だけをして、慌てて視線を逸らした。
窓の外に目をやった俺は、今の状況を整理することにした。
ある日突然美少女な転校生が俺のクラスに転入してきて、しかも最初の席が隣。
うん、なんともまぁテンプレな展開だ。
しかし、俺は知っている。
だいたい現実はいい事と悪い事が半々になるようにバランスがとられていることを。
だからつまり、この子と俺は、今後関わりが進展することは無いのだ。
まぁそもそも友達の少ない俺に、美人な彼女なんてできるはずもない。
というか、彼女すらできるかも怪しい…。
はぁ。
自分で言ってて悲しくなるな。
でも、それぐらいなのだ。
陰キャな俺の立ち位置は。
「幻想は人を傷つけるからな……」
俺は今一度自分の立ち位置を理解し、無駄なことはやめようと誓った。
昼休みになった。
美少女転校生ということもあって、花咲は休み時間になるとすぐに人に囲まれて質問攻めに遭っていた。
しかし、それに対して嫌な顔せず1つ1つ丁寧に対応しているので、男女問わずもう既に評価は爆上がりだった。
一方、俺はそんな風景を横目に、一人寂しく外の景色を眺めながら昼食のパンを食べていた。
朝決意した通り、彼女は住む世界が俺とは違う。
だから、出過ぎたまねはしてはいけない。
好かれることが無いのなら、嫌われる必要もない。
つまり無関心でいいのだ。
「うん、なかなかに賢い選択だ」
俺は自分の考えを自画自賛しながら、コンビニのパンを口に運んだ。
「ふぅ……」
昼休みが半分程終わったころ、ようやく質問攻めから解放された花咲は、一息ついた様子だった。
チラッと横目で見ると、花咲は疲れた笑顔で弁当の準備をしていた。
まぁ、ご飯も食べることができず、永遠と質問され続けていたのだから、無理もないだろう。
それにしても、その全てをちゃんと答えていたのだから、本当にすごいと思う。
ちなみに聞こえてきた範囲では、彼氏はいなくて、恋愛に興味はあるらしい。
ま、俺には関係ない話だけどな。
可能性なんてみじんもないのだから。
そんな風に悟ってしまった俺にとって、花咲という存在は、もはやただのモブでしかなかった。
だってそうだろ?関わることのない、他のクラスメイトと一緒なのだから。
「俺は主人公にはなれないのだから……」
そう呟いて、俺は手に持っていた本に視線を戻した。
「よし、じゃあ今日はここまでだ。日直〜号令」
「きりーつ、れーい」
「「「さよーならー」」」
終業のチャイムの後、日直のやる気のない号令を経て、無事放課後へとなった。
クラスメイトは、今日どこへ行くのか、部活がどうのとか、色んな話に花を咲かせていた。
しかしそんな中、一際騒がしい席があった。
それは、窓際の最後列という特等席である俺の席……ではなく、その隣の花咲雪羽の席だった。
「花咲さん、今日これからどこか一緒に行かない?」
「花咲さん!俺らと一緒にゲーセン行かね?」
「え、えっと……」
十数人のクラスメイトが寄ってたかって放課後の約束をしようと花咲に対して様々な提案をするのだが、案の定、花咲は困った様子だった。
「ちょっと男子!花咲さん困ってるじゃん!」
「お前らだって一緒だろ!」
「私たちはこれから一緒に遊びに行くんだから!ね、花咲さん?」
「俺らだって行きたいんだけど!」
「あ、あの……」
「「どっち!?」」
花咲の取り合いをする男連中と女性陣。
果たしてどちらを取るのか、彼女の返答に誰もが注目する中、その返答は予想外のものだった。
「すみません。今日は少し用事がありまして……」
申し訳なさそうにそう言う花咲に、さっきまで熱くなっていた2人も、同じように申し訳なさそうにしていた。
「そ、そっか……まだ引っ越してきたばっかりだもんね……」
「そ、そうだよな。ごめん、花咲さん」
「いえ。誘っていだけたのは嬉しかったですので、また機会があれば誘って下さい」
「うん、じゃあまた明日ね!花咲さん」
「また明日、花咲さん」
「はい、また明日」
そう言って、それぞれ元から遊ぶ予定だったメンバーで教室を後にするクラスメイトを、花咲は笑顔で見送っていた。
俺もそんな花咲の姿を横目で見ながら、さっさと教室を出た。
「花咲もすげーな……」
俺は部室へと向かう足を早めながら、そう呟いた。
何故俺がそんなに急いでいるのか。
それは、アレを元の場所に返すためだ。
「このパンツは絶対に俺が元の場所に返す。必ずだ!」
そんな訳の分からないことを先程から永遠と言い続けながら歩いていると、ようやく旧校舎3階にたどり着いた。
誰もいない……な?
俺は不審者みたいに辺りをキョロキョロして、周囲に誰もいないことを確認した。
そして、そっとポケットの中の物に触れ、出そうとした時だった。
「せ〜んぱい!」
「いやーーーーーーーーー!!!!」
後ろから突然声をかけられ、俺は絶叫してしまった。
うん、なんかデジャブだね、この感じ。
「せ、先輩?どうしたんですか?リアクションをくれるのは嬉しいですけど、オーバー過ぎると言いますか……」
「あぁ、いや、突然だったからな。ちょっと考え事してたから余計に驚いただけだよ」
俺はそう誤魔化しながら、そっとポケットから手を出す。
もちろんブツはまだ中に入れたままだ。
「そうですか。なんだかすみません……」
俺の誤魔化しを真に受けた後輩は、少しシュンとしていた。
この後輩こそ、我が文芸部最後の1人、月下夢七。
髪は輝くようなマロンカラーのボブカットで、目も透き通るような茶色なのが、その髪色が天然ものである事が分かる。
身長は150㎝ちょっとで、小柄な体系のわりにはそこそこのモノをもっているが、さすがに百合先輩程ではない。
しかし、しっかりと引き締まった体は、文化部とは思えないほど良い肉付きをしており、短めのスカートから除く真っ白な太ももは、柔らかそうでいて、そして程よい弾力もありそうだった。
恐らく、あの膝で膝枕をされると、頭が天国へと行ってしまうだろう。
……おっと、話がそれてしまったが、用はそんな今学校で最もモテている人物が、この文芸部所属の月下夢七なのだ。
毎日告白は当たり前で、一日平均2~3回告白されるという化け物っぷりだ。
入学当初なんて一日に30人に告白されていた。
ただまぁまだその告白を受けたことがなく、本人曰く絶賛恋人募集中なのだとか。
そんな美少女に懐いてもらえているのはいいが、いつもなんだかんだからかってくるので、俺はコイツのことを小悪魔と呼んでいた。
だってそうだろ?
そんな脅威的な可愛さの後輩にちょっかいをかけられたら、勘違いしちゃうじゃないか。
しかしまぁ、そんな小悪魔が珍しくしゅんとしていたので、俺は話を変えることにした。
「いや、いいよ別に。それより、今日は早いんだな、夢七」
「はい。先輩に早く会いたかったので」
「っ……!」
「嘘です」
「嘘なのかよ!!」
俺の切れのいいツッコミに満足したのか、夢七は楽しそうに笑っていた。
ほんと、さっきの気遣い、前言撤回させてもらうからね?
俺はそんな小悪魔に内心ため息をつきながら、サッサと背を向けて歩き出した。
「ほら、行くぞ、夢七」
「あ、待ってくださいよ~!せんぱ~い!」
そう言って、夢七は俺の後を追いかけてきた。
「後輩くん!」
「はい、なんですか?」
「彼女は欲しいか?」
「なんすかまた……」
部活動が始まり、皆それぞれ本を読んだり書いたり、静かな時間がしばらく流れた後、退屈になった先輩が俺にそんなことを聞いてきた。
「後輩くんのことだ、どうせ今まで彼女なんてできたことないんだろ?」
「まぁそうですけど……」
図星なのがなんだか無性に腹が立つ。
いや、この人に言われるから腹が立つのかもしれない。
「だろ?なら、欲しいだろ?」
「だからなんでそんなこと聞くんすか……」
「気になったからだ」
「単純か!」
あまりにもシンプルすぎる理由に、俺は思わず突っ込んでしまった。
てか、異性間でそんな質問普通しないっすよ、マジで。
俺がいつも通り常識からかけ離れた先輩に呆れていると、思わぬ所から声が上がった。
「あ、それ私も気になります!」
「へ?」
うちの部室には俺と先輩にもう1人しかいない。
つまりそう、夢七だ。
「先輩って、そういうところどうなのかな〜って」
「なんでまたお前も……」
先輩に影響されて、後輩まで変わってしまったのかと絶望を抱いていると、夢七はボソッと呟いた。
「だって先輩、中々振り向いてくれないから……」
「……へ?」
あまりにも驚きの事をポロッと言ってしまったので、俺は焦りと言うよりも理解が追いつかないといった感じだった。
夢七が……俺の事を好き?
ようやくその言葉の意味を理解した俺は、終わりかけていた俺の青春にも、ついに色がつくのかと思い、何か心の底から湧き上がってくる物があった。
「お前、それって……」
そして確認を取ろうとしたその時、下校の鐘が鳴った。
それにより無条件に訪れた気まずい沈黙の時間。
しかし、そんな中で静かに笑う女の声が聞こえてきた。
その笑い声は次第に大きくなっていき、ついに我慢できなくなってそいつは表情にも出した。
「あははは、先輩面白すぎ……」
「な、え、は?」
そう、声の持ち主は夢七だった。
「先輩」
「な、なんだよ」
俺は少し同様しながらも、何とか平然を装って返事をする。
すると、夢七はそれが面白かったのか、それとも別のことなのか、ニヤッとしていた。
「嘘ですよ、先輩」
「……は?」
なんのことかよく分からず、俺は頭上に?を浮かべた。
そんな様子を見て、夢七は相変わらず笑いながら言葉を足した。
「えっと、だから冗談です、冗談」
「……あ、なるほど」
2度言われ、よく考えた結果、分かった。
つまり、夢七は別に俺の事を好きではないということだ。
俺はため息をつきながら、普通にありえない可能性を少しでも期待した自分に恥ずかしくなったので、それを隠すように2人に話しかけた。
「はぁ……ったく、しょうもない冗談言ってんじゃねぇよ。勘違いして困ったじゃねぇか」
「えー?ほんとですか?嬉しかったんじゃないですか?」
「そんな訳ねぇだろ。ほら、今日も俺が鍵閉めるからサッサと帰れ」
「はーい」
「先輩も」
「はーい」
こうして、誰もいなくなった部室の鍵を閉めた俺は、鍵を職員室に返す前に、ある場所へと向かった。
「誰も……いないよな?」
その場所に着くと、俺は辺りを入念に見渡しながらそう呟き、確認を終えるとそっとポケットに手を入れた。
そう、その場所とは部室からすぐの廊下である。
2度も邪魔が入り、結局1日中ポケットに入れながら生活していたので、ずっと恐怖でしかなかった。
まぁちょっと逆に適応してきたところもあるが……。
まぁとにかく、ついにその恐怖から解放されるのだ。
「もう無いとは思うけど、2度あることは3度あるって言うしな……」
怖くなった俺は一応階段の方まで確認することにした。
しかし、どうやらこの判断が俺の人生を狂わせる事になるとは、この時の俺が知る由もなかったのだ。
「キャッ!」
「うわっ!」
階段の方へと向かっていた俺は、誰かとぶつかり、そして尻もちを着いてしまった。
「すみません。大丈夫です……か?」
「はい。大丈夫です」
俺は体を起こしながら、ぶつかってしまった相手の方を見て、そして口が止まった。
なぜなら、相手が思いもよらぬ人物だったからだ。
「え、花咲さん?」
「えっと……霧崎くん?」
俺に気づいた彼女は、そう言いながら俺の手を取り立ち上がった。
そして、俺は改めてその少女の顔を見た。
大きな瞳、整った顔、薄いピンク色の唇。間違いなく、美少女であった。
そして、すべて《》において引き締まった体……間違いない、花咲雪羽であった。
少し本音が漏れたが、要するに本物の花咲であることが分かった。
しかし、そうなると余計に気になることがあった。
「花咲さんがどうしてここに?」
「あ、えっと……」
俺が当然の疑問を口にすると、花咲は少し気まずそうな顔をした。
そんな反応に疑問はあったが、確かにあって初日の名前も知らないような俺に……え、待てよ、おかしくないか?
俺、名前言ってないよな?
「ちょっとごめん、花咲さん」
「は、はい?」
「どうして俺の名前知ってるの?俺、言ってないよね?」
「え、えぇ……」
「どうして?」
俺がそう聞くと、彼女は教室で見た事のある笑顔で、答えを言ってくれた。
「私、クラスメイトの名前はある程度覚えましたので」
「……は?」
あまりにも衝撃的な答えに、俺は間抜けな声を出してしまった。
「全員?」
「はい、まだクラスメイトだけですが、一応」
花咲は、嘘偽りの無い、至って普通のことを言っているような目で俺を見ている。
その目を見て、俺はため息をついた。
「花咲さんってすげーな」
「え?」
「もう2ヶ月も経ってるのに、俺はまだ半分も覚えられてないから」
「えっと……」
「いいよ、別に。俺はあまり人と関わらないからな。仕方の無いことではあるって自覚してるから」
俺は自虐ではなく、ただ事実を述べた。
人と関わらない。
それは、人の名前を覚えられないというのと同時に、相手に名前を覚えてもらう機会もないということだ。
だから、覚えて貰っていた事が、少し嬉しく思ってしまった。
そんな喜びは心の中に秘め、俺はもう一度原点に帰った。
「まぁいいや。それより、花咲さんはどうしてここに?」
「探し物をしてまして……」
「探し物?」
「はい」
これはまたベタな展開だなと思った。
しかしまぁ、これも何かの縁だし、一緒に探すか。
そう思って何を探しているのか、聞こうと思った。
が、そこで辞めた。
理由は簡単。
俺は主人公ではないからだ。
彼女には彼女の物語があり、俺には俺の物語がある。
だから俺たちは交わってはいけないのだ。
そして、ふと思い出したようにポケットに手をやる。
そこには未だ存在しているアレがあった。
元々俺はこのためにここに来たんだ。
俺にもするべきことがある。
だから、俺はここで別れるつもりだった。
それじゃあって言うつもりだった。
でも、俺の口から出たのはとんでもない言葉だった。
「それって、パンツだったりする?」
「……」
「……」
はい、死にました。
いや、違うのだ。
直前にパンツの事考えてたせいで、それに引っ張られてしまっただけなのだ。
そう自分の中で言い訳を述べながら、恐る恐る花咲を見た。
すると、彼女は俯いてプルプルと震えていた。
だから、俺はすぐに謝ることにした。
「いや、えっとですね……これには深い事情が……」
俺がそう言い訳をしていると、突然花咲が俺の腕を掴んだ。
あまりに驚いて、俺は固まってしまった。
「えっと……」
「……来てください」
投げ飛ばされるのかと思い、身構えたのだが、どうやらそうだった訳ではなく、どこかへ連れていくためだったようだ。
そしてそのまま花咲は、階段を上っていき俺はそれに連れられた。
着いた場所は屋上。
まぁ、3階から上に行けばそりゃ屋上なので言うまでもなかっただろう。
6月の夕方はまだ肌寒さが残り、上着が欲しいと思った。
そんなことはさておき、俺はどうしてこんなところに連れてこられたのか、それを花咲に聞くことにした。
「あの、どうして俺はこんなところに……」
「どうして知っているんですか……?」
「え、えぇ?」
俺が聞くと同時に、彼女はぶつぶつとそう呟いた。
俺は、訳が分からない状況の上、訳の分からないことを言われて少しパニックになりそうだった。
そんな風に俺が一人で困惑していると、花咲は少し声のボリュームを上げて説明してくれた。
「ですから、どうして私の探し物が分かったんですか!」
「あ、えっと……ん?」
俺はどう言い訳をするか考えていると、ふとおかしなことに気が付いた。
そして、その意味が分かってくるにつれて、俺はだんだんと冷や汗が止まらなくなってきた。
つまりはこういうことだ。
あのパンツは花咲のモノだったのだ。
ってことは……。
俺はそう考えると、自然と、本当に他意などなく、視線がスカートの方へと向かってしまった。
「もしかして……」
「は、履いてま━━」
みなまで言わなくても分かったのだろう。
花咲がパンツを履いていないことを否定をしようとしたその時だった。
ほのかに暖かな風が屋上をヒュっと通りすぎていった。
そして、その風は花咲のスカートをフワッと持ち上げてしまった。
そう、だから俺は悪くないのだ。
不可抗力だったのだ。
「白……」
「なッ……!」
目にしてしまった衝撃的で刺激的な光景に、思わず見てしまったモノを口にしてしまった。
これは仕方の無い事だったのだ。
花咲のモノが、印象通り、清楚な純白だったのだから。
って、何馬鹿な言い訳をしてるんだ、俺は。
ここはとにかく言い逃れしなくてはならない。
そうやって頭を切り替えると、瞬時に口にした。
「いや、違う、これは……」
「み、見ましたか……?」
俺の言葉とほぼ同時に花咲にそう聞かれ、俺は口を止め、恐る恐る逸らした視線を彼女の方へと戻した。
すると、彼女はスカートを両手で押さえ、顔を真っ赤にし、うるうるとした瞳で俺に伺うように上目遣いで見つめていた。
俺はそんな花咲を見て、改めて視線を逸らし、そしてしらばっくれた。
「いや、み、見てないよ?」
俺は激しく目を泳がせながらそう言った。
うん、我ながらバレバレだ。
そんな俺の態度に納得するはずもなく、花咲は俺の目の前まで詰め寄ってきて、一層瞳をうるうるさせながら、もう一度尋ねてきたてきた。
「ほ、本当ですか?」
そして、その今にも泣きそうな表情に、罪悪感を覚えた俺は、言い逃れられなかった。
「み、見ました……」
「ッ………!!」
そして、俺の返事を聞くと、花咲は雫を飛ばしながら勢いよくしゃがんでしまった。
俺はどうすればいいのか分からず、あたふたとしていた。
しかし、とりあえずこのままではまずいと思ったのでとりあえず声を掛けておくことにした。
「あ、あのー花咲さん?」
「もうお嫁にいけません」
「……は?」
あまりにも唐突過ぎる発言に、俺は思わずまぬけな声を出してしまった。
いや、え、お嫁?
確かにすごくラッキー……申し訳ないことをしたとは思うけど、でもそれでお嫁にいけないってどんだけだよと思ったが、それはさすがに口にしない。
俺がどう返すか迷っていると、花咲さんは顔を下に向けたままぼそぼそと何かを呟いた。
「……にん、…って……さい」
「え?」
あまりに小さな声で言うので、俺は上手く聞き取れず、聞き返した。
すると、花咲は顔をバッと上げてこちらを見上げながら大きめの声で繰り返した。
「責任、とってください!」
「せ、責任!?」
「はい。私の下着を見た、責任を取ってください」
花咲は、はきはきとそう述べた。
責任、責任……。
俺は頭を凝らして考えたが、方法なんて一つしか思いつかず、ベルトに手を掛けた。
「俺ので良ければどうぞ……」
「何してるんですか!」
俺がベルトを外してズボンをずらそうとすると、花咲は顔を真っ赤にして両手で顔を隠した。
「いや、責任って言われたから俺も見せた方がいいのかなって」
「そんなわけないじゃないですか!」
俺が至って陰険に答えると、彼女は俺レベルにキレキレなツッコミをした。
東京育ちとは思えない切れの良さだ。
「しかしまぁこれじゃないとすれば、後は死んで詫びるぐらいしか……」
「それも違います!」
「じゃぁ、どうしろと?」
俺がそう聞くと、花咲は今度は違った感じで顔を赤らめ、ちらちらと俺を見ながら耳を疑う発言をした。
「えっと、その、結婚、して、いただきたいと言いますか……」
「は?」
「ですから、その、結婚していただきたく……」
「……は?」
何度聞いても意味が分からず、俺は頭がおかしくなりそうだった。
「俺の聞き間違いじゃなければ、結婚して欲しいって聞こえたんだけど」
「はい、そう言いました」
「……なんで?」
あり得ないことだと思い確認を取ったのだが、聞こえていた通りだった。
いや、結婚?
俺がこの美少女と?
どれだけ考えても意味が分からず、俺は思考を放棄しそうになった。
「私、将来を誓った人にしか肌は見せないと決めていまして」
「いや、でも……」
あまりにも急な展開に、俺が返事に困っていると、彼女はまた目をウルウルとさせながら、見上げてくる。
「私じゃ、ダメですか?」
「ダメじゃ……ないです」
しかたないじゃないか。
こんなに可愛い女の子にダメ?なんて言われて断れる男は男じゃない!
とまぁなんとも意志の弱い俺の返事を聞くと、彼女は嬉しそうに笑った。
「では、これからよろしくお願いしますね、奏人くん!」
「あ、あぁ。よろしく、雪羽」
改めて名前で呼び合うと、雪羽は満面の笑みを浮かべた。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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