9、彼の青さは神の様
気づいた時には、囲まれていた。
騎士のような身形の人たちに、ローブを纏った人たち。
黒が多くいる。
魔導大国の、守衛だ。
一人が私の首に剣の刃を当て、身動きを許さない。
………………え?私、ここで終わる??
【狼男の純情】
軽率だったのは認める。
どうしたら助かる?
話してわかってもらえたらいいのだけど……。
「ここまで我々に気付かれずに入ってくるとは……、何処の国の魔女だ?」
は?魔女?
「わ、私は、魔女じゃない、です……っ」
って言っているのに、睨まれる。
剣を向けている人は、三十ぐらいの目付きの悪い……鋭い、強面。
五番目の兄のように短気そうだ。
この状況で兄を思い出したのは、歳が近そうだからか、目付きの鋭さからか、……同じ灰色の髪に深い緑の目をしているからか。
背も高くて、座った状態の私には更に高圧的に高いところから見下ろされていた。
兄にも同じように見られたことはあるけど、会ったばかりの相手とじゃぜんぜん違う。
今、目の前の人を怖いと思う。
「魔力を隠し侵入しておいてか?嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつくのだな」
「嘘じゃない!です!」
何が嘘?
そもそも魔力のことなんてまったくわからないのに、どう隠したっていうのよ。
「ぃっ…………!!」
睨み返したら、首に痛みが走る。
やっぱり、私、ここで死ぬ?
自然と涙が出てくる。泣きたくなんかないのに。
「まったく、女の子を泣かせるなんて駄目じゃない」
…………え?
目を閉じたら余計に零れてしまいそうだから我慢していたけど、耐えられずした瞬き。
一瞬だったのに、剣を向ける男の人より近い、男の人との間に私と同じように地面にぺたりと座る、見たことがあるような綺麗な子が現れた。
私より小柄なぐらいだから、十二、三歳だろうか。青みのある黒く長い艶やかな髪に、母と同じ薄紫の目。
……あぁ、既視感があるのは、色だけじゃない。似ているんだ、ヘリオに。
正確には、五年ぐらい前のヘリオそのもの。
ツンとしたヘリオより幾分も柔らかな表情をして、涙を優しく指で拭ってくれる。
「申し訳ないね。人一倍、我が国を想う気持ちが強いんだ。……内政が荒れていたから、他国からの干渉に神経を尖らせているのが一番の理由だろうけど」
「主!!」
涙が引っ込む。
今、結構、重大なこと言わなかった?
内政が荒れていたって……。
言ったらいけないことじゃない?
強面の人が怒っているし。
でも、ぬし、って?名前?
「侮るなよ。魔力を隠した程度で俺が把握出来ないとでも?問題ないと判断したから放っておいたのに……大事にした罰は後で受けてもらうぞ」
「御心のままに」
主、か。
どうやら強面の人よりお偉い方らしい。
魔導大国は実力主義、なのだろうか?魔法のある国は私たちの国とは色々違うのかもしれない。
強面の人は更に眉間に皺を寄せた表情で頭を下げた。
二人の名前はたまに口を挟む二人以外の人たちの呼びかけで知った。
綺麗な子は「エオ」さんで、強面が「フィン」さん。
エオさんのことを一度うっかり呼び捨てたら、フィンさんにすっごい怖い表情で睨まれた。
豊富な魔力の資源のある土地の上に建つ魔導大国は昔から他国に狙われてきて、土地を荒らされることも度々。
それを防ぐために、土地への出入りを全て把握していた。
把握の仕方は生き物が等しく持つ魔力の動きを見て。魔導大国の国民はみんな、そんな能力を持つみたいだ。
魔力は行動にも思考にも影響され、国に害を及ぼす人の魔力には特有の乱れのようなものがあるらしく、確認されたら監視対象になるという。
私にはわからないけど、私みたいに魔力が隠されていたら危険人物認定になる。守衛の目を逃れて侵入する人はスパイや暗殺者の可能性が高いからで。
強面の人たちが熱り立っていた理由だ。
私が国に入ってしまった時から把握されていたらしい。何処からが魔導大国だったのだろう。
魔力云々のことはまったくわからない。
エオさんは、私のことを問題ないと思ってくれたから助かったけど……。
説明後に、エオさんとフィンさんだけを残して他は引いていった。
フィンさんは残るんだぁ。
問題ないと言われても、私を睨んでくる。この人苦手だ。
それに比べて、エオさんは優しい。
「首、赤くなっているね。痛みはある?」
「ううん、今は痛くないよ」
「そう、良かった。魔力に当てられただけだから赤みもすぐに引くと思う。粗雑な奴でごめんね」
「私が考え無しに来ちゃったせいでこんなことになったんだし、…………私の方こそすみませんでした」
偉い方みたいだから、口調に困る。
もっと丁寧な方が良い?
タメ口で話そうとしたら、強面がもっと怖い顔をする。
二人に向けて、頭を下げて謝った。
そんな私に笑顔を向けてくれるエオさんは癒し系。
「俺」と言っていたから男の子なのだろう。将来、ランドルフより綺麗になるんじゃないかなって思うぐらいの美人さん。
似ていても、ヘリオとはぜんぜん違って可愛い。
後ろに控える強面を相殺してくれるほど。
というか、睨んではきても口を出してこないから空気同然だ。エオさんも無視だし。
だから、気にすることなく、勝手に和んでいたのだけれど……。
「……現在、この国に歓迎されないのはまだ君が来るには早いということだよ」
魔導大国について話してくれている中で、ふいに途切れた会話。
エオさんが穏やかに告げた。
どういう意味なのか。
まだ早い、とは?
「この意味を知り、君たちが気付いた時に我々は受け入れよう」
首を傾げた私の手を掴み、立ち上がると共に引かれて、私も立ち上がる。
聞きたいことがあるのに、口を挟ませてはくれず。
「姫を想う騎士をあまり困らせてはいけないよ。君と違って彼には祝福はないから、この森の洗礼を受けているだろう」
ほら、お行き。
森の方へと背中を押された。
「え?何?どういうこと??」
「君を迎えに来た者がいる、ということだよ」
「迎えって…」
「鈍いね。金色の髪に優しい青い眸の青年がエマを捜しにこの国に来たんだ」
金色の髪、青い目。
浮かんだのは、一人だけだ。
でも、まさか、と思った。
「君は君が思っている程、小さな存在じゃあない。彼は此処がどんな場所かを知りながら危険を冒してでも来る程に君を大切に想っている。ちゃんとそれを知っておかないと、いつか君の無謀さが彼を奪うことになる」
諭すように、叱っているようにも聞こえた。
私は、なんて返すべきだっただろう。
彼が……ランドルフであるなら。
ランドルフであるなら、私を捜しに来たなら……会いたい。
怒られるかもしれないけど。
言葉は選べず、送り出してくれるなら甘えよう。
森に入る前、最後にお礼を言おうと振り返ると、日の光の当たるエオさんの髪の青さに息を飲む。
……あれ?目も青く見える?
青は、世界に一番多い色。
空に、海に、神様が宿り、世界を見守っていると言われている。
世界に一番多い色でも、赤と同じで青も髪の色には表れない色とされる。
髪も、目も、青く見える彼は……まさに、お伽噺の神様の様。
にこりと微笑み、早く行きなさいと言うように手が振られた。
促されるまま、森に。
そういえば、私の名前…………なんで知っていたんだろう?