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狼男の純情  作者: 一之瀬 椛
一章
8/35

8、旅のお供が可愛いのにツレナイ


「ん~!美味しぃ~!!」


森の幸、自然からの恵みに感謝です!


私、エマ=グリ

絶賛!大自然を満喫中です!









【狼男の純情】









まぁ、簡単に言うと……迷子ですね。


高い木がいっぱいのせいでイマイチ太陽がどっらから昇っているのかわからないから、方角もわからず。持ってきた地図はまったく役には立たない。


とりあえずは、飲み物確保!食べ物確保!と川を見つけ、食べる木の実を探して過ごしている。魚を捕まえて、焼いて食べたら美味しかった。

自分の逞しさにも感謝。


フフフと笑っていたら、視線を感じた。

何か言いたそうに見上げてくる。

足場の悪い川沿いなのに、見上げたまま私についてくる。

でも、私は君の言葉はわからないから。


新しい場所に行きたくて、コニファーを出てから国境を目指すことにした。

安く乗れる相乗り馬車に数日揺られてから、地図を改めて見て、近道だからと森に入った。

で、進む方向がわからなくなる。


森に入ってすぐ、川を探している最中に、今足元を歩く小さな獣に出会った。

犬か……狼かもしれない。

小さいから子どもだろうか。

親とはぐれて寂しいからついてくる?

撫でようとしたら避けられるから懐いているのとも違う。

ただ、連れていて大丈夫かとは思う。

子どもとはいえ肉食で、何より気になる……その毛色。赤色なのだ。リコリスの花のような、真っ赤な色。

普通の犬にも狼にもこんな色はいない。

ということは、魔獣、なのだろう。

魔獣なら、危ないんじゃない?

ランドルフと再会した時の魔獣を思い出す。

あれと比べると随分小さいし、理性を感じるけど、もしかしたら、子どもに擬態して隙をついてガブリもあり得るんじゃないだろうか。

知能的な魔獣。


…………にしても、見た目が可愛い。

そのフサフサの尻尾触らせてくれないかな。


日が沈み始めるのを確認して、野宿の準備に入る。

火を起こし、昼に採った木の実とさっき捕ったばかりの魚を夕食にする。

見た目は狼なのに木の実しか食べない旅のお供。


「不思議だね、お前」

「………………」


ツンと素っ気ない態度も可愛く感じてしまう。

私はこの仔を「リコリス」と呼ぶようになった。

始めに思った花の赤さのせい。触らせてもくれないから、性別なんてわからないし。

文句があるなら言ってみるといい。ただし、人の言葉でだよ。


名前を付けても相変わらず素っ気なく。

でも、ついてくるのも相変わらず。


家を出てかれこれ二週間、森に入って十日が経つ。


「そろそろお風呂に入りたい」


切実な悩み。

一応、頻繁に身体を拭いているけど、ゆっくりお湯に浸かりたい。

途中途中に広くなる川や湖みたいな場所を見つけては、今が夏ならなと溜め息をつく。

夜も肌寒くなってきたから、フサフサして暖かそうなリコリスを抱き締めて寝たい。

素っ気なさで、寒さがより身に染みる。


リコリスと会ってから、野生の動物を見なくなった。

動物がいないことはないだろう。豊富な木の実やキノコがあって、何かが食べた後や糞、足跡もあったから。

足跡の形からして、熊とか猪とか、狼もいるかもしれない森。

一人の野宿は怖くて始めの数日は眠れなかった。

けれど、リコリス以外の獣を見ない、他の獣の声もしない森の静けさと疲れに負けて眠ってしまった。

朝まで何事もなくて、それが続くと気にせず眠るようになる。

おそらく、リコリスが魔獣だから他の動物が寄って来ないのかもしれない。

リコリスも野生で気まぐれ、いつガブリといかれても不思議じゃないとわかってはいる。

完全に安心という訳ではないけど、大丈夫だと思えた。


出来るだけ寒くないように、夜は毛布にくるまり身を縮めて寝た。

沈んでいく意識の中で何度か声を聞く。


『ゆっくり休めエマ、オレがついてる』


暖かなものに包まれたような安心感もあった。

赤いものを見た気がして、リコリス?と思ったけど、あれは人の声だ。

起きたら誰もいないから、夢だったのだろう。

夢なら知っている人の声かと思ったけど、初めて聞く声だった。

低すぎず、若い感じのする……少し掠れた男の人の声。

ランドルフの声に似ていたかも。でも、ランドルフのものとは違うのだけはわかる。


ランドルフに会いたいな、と想う日が増えていく。


そんな夜を過ごしながら、森を進んだ。

ここは本当に何処だろう。

近い国境は、魔導大国(フィゴナ)との境のはず。

魔法が日常っていう国を見てみたくて、近さもあってそこに向かうことにした。

近いと言っても、馬車で数週間はかかる。馬車の通れない広大な森を避けて向かうことになるからだ。

だから、最短距離である森を突っ切れば早いと思ったんだけど。

いつになったら着くのやら。結構、歩いたと思うよ?


「ねぇリコリス、フィゴナってどっち?」


先がわからず、勝手についてくる旅のお供に聞いてみた。

応えてくれるとは思わなかったけど……。

足軽に私の前に出て、私に目をくべる。ついてこい、というように。

まさか?

ついて行くとなると、前を歩く姿を目を追うことになった。

小さな身体で、四本足を小刻みに動かして歩く様は可愛い。抱っこさせてくれないかな。

邪念にまみれた私の思考など関係なく、リコリスは歩いていく。時々、チラリと視線だけを向けてきているのは、私がちゃんとついて来ているか確かめているのだろうか。……可愛い。


ついて行くこと、たぶん数時間。

だいぶ前から疲れているけど、優しくないお供は休まずスタスタ行くから休めない。


試しに休みたいアピールとして足を止めたら、構わず行ってしまうのだ。

必死にリコリスが消えた方に足を動かしましたよ。見つけて、ほっとした。待ってくれていた訳じゃなく、川の水飲むために足を止めていただけ。

何のために振り返って確認しているの?

可愛いのに、悪魔だ。


そして、またおいて行こうとする。

歩く速さというより、もう走っているのではないだろうか。

足場の悪いところを跳ねるように飛び越えていく。

「待って!」と呼びかけても無視だ。

歩いていたのは、存外優しさだったのかもしれない。

姿が消えた方へと足を進める。

ここまで来たら、それしかない。


木々の間から光が。

森を抜けたのか。

鬱蒼とした薄暗さに慣れた目には一際目映く、光に馴染むまで少し。

ようやく見えたのは、開けた花畑。


あれ?


見覚えがある気がした。

何処で?

踏み入った、そこ。足元に目を向けると、見たことのある花の蕾があった。

無意識だった、髪飾りに手をやったのは。

蕾の、花畑。


夢の場所?


見渡す。

夢と違うのは、花畑の向こうに人工的に作られた壁があること。

壁……町がある!


「…………?」


行こう、と思った。

思って、行こうとしたら。


「誰?」


行こうとした先に、誰かが立っている。

真っ赤な髪の、男。

あるらえない。

赤毛と言われる髪はあるけど、精々明るい茶色。赤っぽさはあっても、赤色ではない。

そんな髪を持つ人がいるとしたら、それはお伽噺に出てくる、神様の────


「……え?」


男が何かを言った気がした。

確かめる間も無く、強い風に目を開けていられず。同じ場所をもう一度見た時にはいなくなっていた。


何だったのか。

ここが、すでに魔導大国(フィゴナ)に入っているからこその何かなのか。


しゅくふく……祝福?


赤い髪の男が言った、気がした言葉。

わからないことが多過ぎる。

頭は回る方じゃないから、上手く整理も出来ていない。

夢に似た場所、赤い髪の男、祝福。

…………今は考えるのを止めよう。

近くに町があるなら、そこで何かわかるかもしれない。魔導大国だから、不思議なことにも詳しそうなイメージがあるし。


さて、と……リコリスは何処だろう?


リコリス、赤い獣が連れてきてくれた場所に赤い髪の……これも関係ある?

考えるのは後だ。

ここまで一緒に来たから、この後も一緒にいたい。

魔獣でも凶暴じゃなくて、小さくて賢くて可愛い子だから町に入っても大丈夫だろう。

なんだったら、私が抱っこして……は無理だけど、たぶん人に迷惑をかける子じゃないから大人しくしてくれるに違いない。


応えて顔を見せてくれたらいいなと想いを込めて、「リコリス」と呼ぶ。


これまで反応してくれたのは……さっきの一度とご飯の時だけだから、来てくれるかどうか不安しかない。

一緒にいてほしい。

やっぱり、見知らぬ土地で一人は寂しいよ。

せっかく仲良く……なれたかは別として、リコリスが一緒にいてくれただけで少し安心出来ていたから。


呼びながら、壁の方に歩く。

あ、隙間がある。花畑と壁の間に距離があると思ったけど……崖になっている?高さがないといいな。


この時の私は注意力が足りなかった。

有り得なくはないことだったのに……。


「────ッ!!?」


また一歩踏み出そうとした時、目の前で何かが弾ける。

衝撃のようなものがあった。

キャアとかヒャアとかどっちにも聞こえそうな私らしくない甲高い声が出して、後ろに転がった。

何が起きたのか、目を凝らすと少し離れた場所で土煙が立っている。

何かが弾けただろう場所はそこ?数メートル離れているんだけど……私、ちょっと飛んだ?

私ぐらい小柄だと衝撃を受けたら吹っ飛ぶんだ……。

いや、それだけの衝撃だった、というべきか。


今更ながら、身を震わせた。






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