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狼男の純情  作者: 一之瀬 椛
一章
6/35

6、夢見る時間は終わった


三年の差は大きく感じていた。


でも、話しているとそうでもないように感じて……近づこうとしたら、まだまだ遠いように感じた。


ずっと、そう。




愚痴る私に、(ヘリオ)は言った。


「それは……お前がまだ、()()()()()()を過ごしているからだ」









【狼男の純情】









馬車から降りる時も手を差し伸べられる。

何度見ても、王子様のように格好良い。

ドキドキしながら手を重ねて、降りた。


ランドルフと話していると時間を忘れてしまうから気づかなかったけど、馬車に乗っていた時間は意外と長かったようで、早くに出たのにもう昼になっていた。

思っていたより遠くの町で、初めての場所だ。そして、大きい。

行き交う人の数も多くてビビる私の手をしっかりと握ってくれて少し安心した。とはいえ、周囲からの視線は気になる。

たぶん、私の黒髪のせいだろう。


明るい髪色ばかりの町の人々に溶け込めない色は、“穢れ”の象徴となっている。

大昔から“穢れ”は災厄を起こし、人々を不幸にしてきた。

自然であれ、人為的なものであれ、起こるその場に必ず()がいて、()だけが無傷だった。いつしか、()と“穢れ”は同一視され、災厄の根として刈られた。

今は数は少なく、多くの国から()は消えたらしい。居たとしても、身分はとても低く酷い扱いをされていると聞く。

実際に()と“穢れ”に関わりがあるかはわからない。本当はぜんぜん関係ないかもしれないし。

私たち一家はほとんどが() ()だから上の兄たちがまだ子どもだった頃は偏見も多く、長い時間をかけて払拭していったようだ。

生まれ育った町であるコニファーでも今も少し偏見はあるけど、町の有力者のランドルフの家と懇意しているおかげで何事もなく過ごせている。

まぁ、まったくないとは言えないけれど……。

親の偏見に乗っかりイジメようとした子はいた。ただ、私の後ろで目を光らせる大人気ない兄たちが怖くて何も出来なかっただけだ。

ランドルフと一緒にいる私を小馬鹿にするのも、子どもっぽさだけが原因ではないだろう。

誰が見ても綺麗なランドルフに、“穢れ”と言われる()を持つ私は醜く不相応なのだ。


向けられる視線に居たたまれなく俯く。

髪、目立たないように纏めたり、帽子を被ってくるべきだった。

いつもみたいに、行っても近くの町だと思っていたから気を抜いていた。近くの町はうちの野菜を届けたりして、馴染みがあるから見られることは少なかったけど、知らない大きな町は違う。

私のせいで一緒にいるランドルフまで変な目で見られちゃう。


「顔を上げて、エマ」


優しい声に顔を上げると、手を引かれた。


「昔の話だ。まだ誰もが魔力を持っているとは知らず、使える者を怖れた時代の」

「それって……」

「髪の色を気にしているなら、気にしなくて良いってこと」


()は魔力に秀でている人のことじゃないか、と言う。

魔法だって使えない時代。

魔法が使えていたら周囲も救えただろう。けれど、無意識の魔力だったために降り懸かる危険から()は自分のことしか守れず。災厄は無事な彼らの起こしたものとされてきた。


ランドルフの考えを聞いたら、そうかもしれないと思う。


「エマは何も悪いことをしていないのだから堂々としていたら良いよ」

「……うん」


でも、人の目は気になるし、ちょっと怖い。

人が多いこともあって、ぴったりランドルフにくっついてついていく。

鬱陶しいと思われていたらどうしようと思って、見上げると目が合ってニコリと笑みが向けられる。

本当に気にしていないんだ、()のこと。

ランドルフが気にしないなら、私も気にしない。


それに、旅をするって決めたのに知らない町でこうして視線を向けられただけでビビっていたら、一人でなんてとてもやっていけない。

強くならないと!


と心の中で意気込んでいたら、お腹が鳴る。

()っず!!

くっついていたから、聞こえたかもしれない。

()っず!!

案の定、小さな笑い声が降ってきた。

もうヤダ……。

これだから、子どもって見られるんだ。

「可愛いな」と聞こえたけど、可愛くない!と心の中で返す。

笑われた以外は特にからかわれることもなく、お店の前まで来た。


立派~!

思わず、見上げて「はぁ~」と感嘆の溜め息。

ここ?本当にここ?

足を止めてキョロキョロしてしまう私を引っ張るように店の中に入っていく。

今まで連れてきてもらったどのお店より高級感がある。

飾ってある壺なんか間違って割ったら、私はここで一生タダ働きになると思うぐらい高そう。

怖くてビビって、またランドルフにくっついた。


ランドルフはというと、お店の人と少し話してから私に「行くよ」と言ってお店の人についていく。

案内されたのは、個室?

これはまた綺麗な部屋で、テーブルが一つ置かれていた。

こんなところでお昼ごはん?

テーブルマナーとかぜんぜんだから緊張──と思っていたら、「マナーは気にしないで楽しんで」と言われた。

思っていることがバレる。

なんでわかった?


表情(かお)に出ているからな、いつも」

「ふぁっ!?」


表情に出ていた?しかも、いつも??

()っず!!


テーブルマナーを気にせず、お料理を楽しめるように個室にしてくれたのだ。

ランドルフと二人だけで、他の人の目がないから緊張しないで美味しく頂けました。

鮮度を保つことの難しい、なかなか食べることの出来ない海のものまであった。間違いなく高価。肉より好きかもしれない。

食べている私を楽しげに見ていたランドルフとよく目が合って、嬉し恥ずかし。

デザートまであって、お腹いっぱいになった。

ちょっとワンピースがキツい気がして、気持ちお腹を引っ込めようと意識した。


ゆったりとお茶を飲みながら、話してから店を出る。

さっきと同じ周りの視線を感じても気にならなくなっていた。

次は何処に行くのか。

馬車には向かわないから、同じ町の中なのだろう。

大きな町なだけあって、立派な建物が多く、見たことのない店も多かった。

田舎者丸出しでキョロキョロしていたら、「見に行こうか」と気になった店を一緒に見に行ってくれた。

幾つかの店を見てから、次の場所に向かった。


お祝いだからと色々買ってくれようとした。たまに独特な……センスの物を見せてきたりもしたけど、さっきの食事だけで十分過ぎて丁重にお断りした。

そしたら「エマは控えめだな」と言われる。控えめなんじゃなく、図々しくないだけだ。そう伝えたら「ヘリオにはいつも遠慮もなく一番高いの買わされるぞ」と笑われた。

あんのバカ兄貴ぃ~!!

いつも、ってなんだ。いつも、って!

怖いから掘り下げない。


気を取り直して。

着いた場所は、まるでお城のようなお屋敷の庭園だった。

ランドルフの家も豪邸だと思っていたけど、それより大きく外観まできらびやかな装いの建物で、その庭はとても広い。

私一人だったら間違いなく迷子になる。

繋いでくれている手に強く握り直した。

……んんっ、手汗が酷いかもしれない。

気にしていないのか、ランドルフは楽しげだ。


「今が見頃と聞いたから、一緒に来たいと思ったんだ」


ほら、と庭に一角の緑に包まれた空間に入る。


美しい花々が咲く、空間。

色とりどりではあっても、ごちゃごちゃしていなくて調和が取れている。

自然に咲く花が一番だと思っていたけど、愛情を持って育てられているここの花は心に染み入るようで。私は「きれい…」と零していた。

ランドルフと手を繋いだまま、ゆっくり見て回る。

時々、隣を見上げて、思う。こういう綺麗な庭や後ろに聳えるきらびやかなお城が似合うと。

こうして庭に入れるのだから当然許可はもらっていて、こういう世界の人間との繋がりがあるのだ。私みたいな平民を入れても良いというぐらいに、信頼のある。

色んなところに連れて行ってくれるのは嬉しい。

けれど、ランドルフを少し遠くに感じる時がある。

いつか、本当に遠くに行ってしまうような……。


「こっちを向いて」

「なに?」


ふいに触れられてドキリとする。

左耳に下がっていた髪をかけるように、同時に何かを差し込まれた。

「うん、似合う」と満足げだけど……なに?

そっと指先で触れるそれは髪飾りだろうか。

どんなものかわからないけど、「ありがとう?」と返した。


「ずっと付けてて」


なんて、囁かれたら頷くしかない。

贈り物一つで心が弾む私はなんて現金なんだろう。

後で、どんなものか確かめよう。


帰りが遅くなり過ぎないようにともう少しだけ庭を楽しんだ後、馬車に戻り帰路に。

帰りの馬車の中でも楽しく話して、別れた。


寝る前にもらった髪飾りを夢心地で眺める。

楽しくて嬉しい時間を思い出して頬が緩む。

いつもより長く一緒にいられて、プレゼントまで。

蕾の束の形をした可愛い髪飾り。

真っ白なガラスで出来ているのかな?

重さはないから違うかもしれない。

ツルツルした蕾の表面に指先を滑らせる。

「似合う」と言ってくれた。

可愛いけど、()なのはどうしてだろう。

花じゃないのはまだ私が子どもだから?

だとしたら……切ない。

ランドルフにもらったものだから嬉しくはあるけど。

「ずっと付けてて」ということは普段使いにしてってことだよね。

うん、付ける。どんな意味が含まれてても。


また明日も会えるかな。

これを付けていたら喜んでくれる?


一日はしゃぎ疲れた私はすぐに寝入ってしまった。






楽しかった。

嬉しかった。


思い出すと胸が高鳴る。

もっと、もっと一緒にいられたら良いのに。

そう思っても、目に入るものが現実に引き戻す。


うちの野菜をお得意様に届けた帰りに、それを見て呆然とする。

高鳴る胸も、熱くなる気持ちも冷める。

冷めるとちょっと違うかもしれない。

凪ぐような、鎮まり。

熱はそのまま、心が動かなくなる。


見慣れるという程見慣れてはいないけど、家の手伝いをすることが多かった以前に度々見る光景だった。

疎遠になった頃から、よく一緒にいるのを見かける女性。その隣にいるのは、見慣れたキラキラした金色の髪……ランドルフだ。

並ぶ二人はお似合いで、すれ違う友人だろう人たちに茶化されているのも見た。

笑い合う姿に、凪いだ気持ちが揺さぶられて、胸がズキリと痛んだ。


好きだ。


好きなのに……。

やっぱり、一緒にはいられない。

踵を返し、二人の目に触れないように別の道を通って帰る。




もう、大人になっていく私の、夢見る時間は終わったんだ。






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