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狼男の純情  作者: 一之瀬 椛
一章
5/35

5、大人に近づく


会話が途切れたところで「エマ」と呼ばれる。

首を傾げて見上げるとまた綺麗な笑顔が向けられてドキッとした。


「後二ヵ月で卒業だろ」

「うん」


そういえば、やっと、学舎を卒業出来る。

言われて実感してくるけど、私は……









【狼男の純情】









成人前でも学舎を卒業したら、大人と変わらない扱いを受けるようになる。

早く大人になりたいと思っていた私には、やっと、という思いになる。

けれど、卒業してからの自分の進む道は見えない。


貴族は更に成人までの三年学ぶらしい。もっと勉強したければ幾らでも学ぶ場所があるけれど、私みたいな平民は学舎の三年が終われば大体は働かないと生きてはいけない。

女だったら、働きながら出会いを求めて成人したらすぐに結婚なんて話はざらにある。

私たちの住む町ぐらいの大きさなら同じ年頃の子どもみんな顔見知りのようなもの。意識し始める頃に入る学舎で仲を深めて、成人したら結婚しようなんて約束している子も少なくはない。

学舎の友人の中にはそうして出来た婚約者との結婚を楽しみにしている子もいて、羨ましくなった。好きな人と一緒になれるんだもの。それに、夢があることも。

幼い頃は何も考えずにランドルフのお嫁さんになりたいと言っていたけど、現実を見たら可能性は低い。

何度でも思ったことだ。私はランドルフには子ども過ぎる。おそらく今の恋人だろう人やこれまで一緒にいるのを見かけた女性たちはみんなスタイルが良い、雰囲気だけじゃなくちゃんと大人なのだ。

一緒にお出かけするのは本当なら断らないといけないんじゃないかと思ってはいる。向こうからしたら子どもかもしれないけど、一応私も女である訳だし。恋人はよく思わないだろう。それとも、お子様過ぎて眼中にない?

でも、誘われると嬉しくて舞い上がって、頷いてしまう。


「まだ先だけど、卒業祝いしたいから出かけない?」

「ほんと!?うれしい!」


また、頷いてしまった。


いつにするかはまた後日決めることにして、私の家の前で別れた。

これから、酒場に戻るのだろう。

一年半近く前までは、いつも、帰ったらヘリオが寝そべっていたソファに膝をついて、すぐ傍にある窓から遠ざかる背中を見送る。

今の私の、日課になった。


また一緒に出かけられるのは嬉しい。

大人に近づいたことを祝ってもらえるのも嬉しい。


嬉しいけど、寂しい。

大人に近づく程に遠くなる気がしてくるからだ。

まだ互いに成人前だから、自由な時間は多いから頻繁に会えるが、ランドルフが成人したらそうはいかない。

仕事は増え、貴族や有力者の護衛で町からも長期間離れることもある。鍛練も怠ってはいけないし、家を継ぐかは聞いていないけど継ぐならそちらの仕事や付き合いで忙しくなる。

空く時間が少なくなれば、大切な人との……家族や、恋人との時間を優先するだろう。


成人したら……結婚、だってあり得る。


友人たちの楽しみにしている表情(かお)が浮かんで、消えた。


大人の女に見られたいと思いながら、一緒にいられるなら子どもと思われたままでもいいかもしれない。

まだ子どもだから、と甘えていられる。

気持ちを知られて離れていってしまうぐらいなら、そっちの方が……。




………………あああぁぁぁぁぁ!!!




ランドルフのことになると私らしくなくなる。

ランドルフが無駄に格好良いから、王子様みたいにキラキラしているから、どんどん自信が失くなっていく。

でも、好きって気持ちは棄てられない。


他の人を好きになる可能性?

今のところはまったくない。


このままじゃ、兄たちみたいに私も一生独身になりそう。

独身かぁ……。

なら、いっそ兄たちみたいに町を出てみる?

生まれ育ったこの町と周辺の町しか知らない。何処も田舎だ。

大きな町や王都も見てみたい。

他の文化の違う国も楽しいかもしれない。

隣の国なんかは、『魔導大国』と言われて魔法が日常的に使われているらしい。魔法文化のまったくないこことは違うから、未知だ。


広い世界を知ったら、鬱屈してしまう気持ちも忘れられるかもしれない。

叶わないなら、しがみついていても仕方ないんじゃない?

今は笑顔でも、恋人でも友人でもない奴が引っ付いて甘え続けていたらいつかは鬱陶しくなってくるだろう。

私なら、そうなる。


よし!

旅に出るための資金を稼がないと!


ということで、今まで以上に仕事に精を出した。

最近、騎士団の方は何処かの偉い人を出迎える準備があって忙しく休みが取れないらしい。こんな田舎町に?とも思うけど。

だから、お祝いは私が卒業してからしばらくしてからになるって少し残念そうに言っていた。


お出かけしないなら、資金は早く貯まるかも。

オシャレにも食事代にも使わなくていいからね。しかも、卒業間近は学舎に行くことも減るからその分仕事が出来る。


翌日から、ランドルフは昼食の時にしか会えなかった。

仕事時間が延長されて、夕方に来れなくなったのだ。他の騎士も食事終わりに飲みに来ることも減っていた。もっと遅い時間には来ているのだろうけど。

騎士の出入りが減ったことで酔っぱらいの羽目の外し方が少し悪くなったように思える。代わりに、サラサが客を叱ることが増えた。

酔っぱらい相手でも堂々として格好良い。

私はちょっと怖くて、サラサに助けを求めちゃっていた。

旅に出ようとしているのに、これじゃダメだと気合いを入れても酔っぱらいの怒鳴り声にビビる。父や一番目の兄みたいに農作業で鍛えられた大柄な男の人が多くて、更にビビる。

近くで大声を出されたり、立ち上がられたりして、つい「ひぃっ」と声を上げてしまうことがあった。

帰りは酔っぱらいに絡まれないように、お店を出たら全速力で走って帰る日々。

私、こんなにもビビりだっただろうか……。


それでも、張り切って、頑張って。

月日は過ぎていくと共に資金も貯まる。


卒業当日もランドルフは仕事だったけど、お祝いの言葉をくれて、お出かけ出来そうな日を教えくれた。

お昼のお店でだったから、カウンターの中で聞いていたサラサが「その日休みにしておくよ」と笑顔で言ったので、お出かけの日は決まった。


デート気分は変わらない。

何を着て行こうか悩んでいたら、卒業祝いの贈り物が届く。三番目の兄から、綺麗な石の付いたペンダント。四番目の兄から、可愛い可愛いワンピース。

私にはちょっと派手じゃない?と思ったけど、似合うと笑顔で言う母とそれに頷く父に押されてお出かけに着ていくことにした。




ついに来た、デートの日。

母には「朝からご機嫌ねぇ」と微笑まれるぐらいに、浮かれていた。そんな気持ちを表すかのように、空は晴れ晴れとしたデート日和だ。

届いた時に試しに着てみたからわかってはいたけど、ワンピースは着心地の良い生地でぴったり。鏡に映る自分は、普段の古着を着る自分よりちょっとだけマシに見えた。可愛いと自惚れるほどじゃない。そこはちゃんと弁えているから大丈夫。

ペンダントも合わせたら、更に良い。

私の目に合わせた若草色のワンピースは胸元や裾にフリルがあって可愛くて。ペンダントはトップが大き過ぎずハートの形をして、ランドルフの髪色みたいなキラキラした綺麗な石が嵌められている。勝手に、私の色とランドルフの色だ、と思って頬を緩ませる。

お化粧もして、髪を整えて、何度も何度も可笑しなところはないかと確認した。

迎えに来てくれるまで、しつこいぐらい確認して家を出る。


家を出ると、そこには王子様が立っていた。

もちろん、そう思うぐらい格好良いってことだけど。

私を見て、甘く綻ぶ表情にドキドキする。


「今日は一段と可愛いな」

「そ、そうかな……」


なんて返したら良いのかわからない。

素直に「ありがとう」って言えば良かった。

思うように言葉が出ない。

「ランドルフも格好良いよ」って言いたいのに、開いた口から声は出せず、またすぐに閉じてしまう。タイミングを逃して、何も言えなくなる。

心の中だけで、格好良い、好き、を繰り返しながら、ランドルフに差し出された手に自分の手を重ねて一緒に歩き出す。

所謂、エスコートというやつか。

少し遠出になるのか、通りにランドルフの家の馬車が待っていた。

重ねた手を支えに馬車に乗る。降りる時もだけど、ランドルフに……男の人の手を借りるのは何度やっても慣れない。


「今日はどこに行くの?」

「良いところだよ、着いてからのお楽しみ」

「うん、楽しみ」


こういうの初めてだ。お出かけの時は何処に連れて行ってくれるか話してくれるから。

初めてのことにドキドキする。


着くまでの間は、卒業の式典でのことを話した。

大層な催しじゃないけど、気持ちの高ぶりはあった。

当然のようにみんなで過ごしていたのに、バラバラになる。卒業を機に、別の町へ、遠くの町へ、仕事や更に学ぶために移る子もいた。一人で行く子は帰郷もあるだろうけど、家族と共に行く子はもう戻ってくることはない。

思い思いの中で、私もほろりとした。

優しく目を細めて聞いてくれていたから、話の流れで「ランディはどうだった」と聞くと苦笑された。「俺の時は感動も吹っ飛ぶ乱闘があった」らしい。

乱闘?

その中心にいた人物の名前に苦笑を通り越して渋い表情になる。兄のヘリオだったからだ。

始まりは、同級生から因縁をつけられたこと。

卒業という節目に相手は清算しようと思ったのだろうか。

ランドルフ曰く、元々ヘリオが何をしてもトップにいたから只の逆恨み。しかも、その因縁をつけてきた人たちの恋人や婚約者がヘリオに惚れたために破局したとか。

……逆恨み、だね。

破局した後に、別にその彼女らがヘリオと付き合った訳じゃない。むしろ、清々しいぐらいに相手にもしなかった。それが更に腹立たせることになったのだ。

たぶん最終的に挑発したのはヘリオの方でしょ。

案の定、「全員まとめてかかって来いよ」と言ったらしい。あのバカ兄貴。

口では勝てなかった相手は短気で殴りかかってきた時に言ったから、どっちもどっちだけど。

ランドルフは止めようと渦中に飛び込んだら、ランドルフに不満のある人たちまで参加してきて乱闘に発展。ヘリオと一緒にいることが多く、同じかそれ以上にモテるから。

二対ほぼ男子全員。

ヘリオは、死屍累累(死んではいないけど)、その上で無傷で涼しい表情(かお)をしていたのだと。……カオスだ。

何発か殴られたらしいランドルフの代わりに、今度バカ兄貴(ヘリオ)と会ったら私が何発か殴っておく。今更なんて言わせない。私は、今知ったんだから。


卒業の式典の話だけで意外と盛り上がった。

三年の違いだから、乱闘云々以外はほとんど変わらなくて私の話す式典の話を懐かしそうに聞いて、当時の話も聞かせてくれた。


そうしている内に着いたのか、馬車は止まった。






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