9、家同士の話から国同士の話へ
いったい、何が散った?
叫び声を上げたのは王女さまで、私は意外と冷静かもしれない。
脳内処理が出来ていないからかもしれないけど……。
身体に大きな穴の空いた、三番目の兄。
でも、飛び散ったの血の赤じゃない。
とりあえず、液体だとはわかるもの。
苦痛な表情でもなく、傷とは言えない穴の縁もまた液体状で。
身体そのものが液体みたいになっている?
…………なんか、気持ち悪いな。
【狼男の純情】
「……随分、荒っぽいことをしてくれる」
縁がグツグツと泡立つように広がって、穴を塞いでいく。
兄は人間を止めたのかと思ってしまう。
元通りになってから、魔法使いの方を向いた。
魔法使いの予定にも無かったことなのだろう。動揺が見える。
ゆっくりと近付くネヴィルに、杖を振るって何か呟くと火の玉?を放ってくる。何度も何度も。
その度に、火の玉は身体に突き抜け……いや、さっきみたいに液体状になって、態と穴を空けて通していた。
「危ないね。魔法を使おうというのに魔力の集約も出来ていない」
着実に、魔法使いに近付き、杖を握る手を掴んだ。
「杖に呪文……初心者かな?駄目だよ、未熟な者がこんな町中で使ったら怪我人が出る」
強く力を込めたのか、魔法使いは杖を落とし、痛みを訴えるように手を引こうとする。
兄は、逃がしてはくれない。
「まずはしっかりと魔力について学ばないと。……子狼くん、魔力は何処から生まれてくるんだっけ?」
「全身、ですよね。あらゆる動作と、心の動きから生まれるものだったかと」
「即ち?」
「……生命」
なんか、勝手にお勉強が始まった!
魔法ってそんな知識必要なの?
机に向かう勉強から入らないと魔力って使ったらダメなの?
嫌過ぎる。
というか、こいぬ?
ランドルフのこと??
なんで、普通に答えているの?
もしかして、前からそう呼ばれていたの!??
「そう、生命。人間は勿論、他の動物、植物も魔力を生み出す。けれども、自身で生み出しながら、それを感じられるのは極一部のモノだけだ。人で感じられる者がいるなら、魔法使いの素質がある」
言った後に少し空気感が変わる。
掴んだ魔法使いの手を引いて……。
「君は、その極一部に入っているか?」
顔を突き合わせた。
間近で目と目を合わせての、尋問だ。
昔、悪戯をした時にそうされて、泣きながら白状して謝った記憶がある。
普段の穏やかさからは気付かない、目力の強さがとんでもない。白状しなかったら、何時間でも顔を突き合わせたまま瞬き無しで見られ続ける恐怖。まだ、片手でも余る歳の子どもにやることじゃあない。
ランドルフもやられたことがあるみたいで、ちょっと引き攣っていた。目が合ってお互い空笑いだ。
その後は……他の魔法使いたちも一緒に魔力についてを長々と語っていた。
ランドルフに聞いたら、ランドルフの時も延々聞くところから始まって、なかなか実技には入らなかったらしい。しかも、実技に入ったら、ほぼ課題だけ出して放置。
話を聞いただけなら、よく魔力使えるようになったなと思う内容だった。
ネヴィルには習いたくない。
まだヘリオの方がマシじゃない?
放置といえば、王女さま。
じっとネヴィルを見て…………見つめている。
頬を赤く染めて、熱い視線。
どういうこと?
ランドルフも首を傾げていた。
「ネヴィル様!」
少し落ち着いてきた頃に、王女さまの方からネヴィルに声をかけた。すごく嬉しそうに。
「何故、小鳥がいるの?」
「わ、私、ここに用事あって……」
「じゃあ、この騒ぎの原因?」
「えっ!あ、はい……」
でも、この状況に良い顔をしていないネヴィルを見たら、あからさまに落ち込んで見せる。
何、知り合いなの?
「事情話して」と言われて、時間をかけて話していった。
結構な時間、私とランドルフは道の脇に座って待っていたと思う。
一人じゃなかったし、周りの空気感も落ち着いたことでサラサと騒ぎを聞き付けて来たニーナから差し入れと忘れかけていた私の頬を冷やす物を持ってくれたから、楽に過ごせた。
特にランドルフが私の赤くなった頬を気にして、矢鱈構ってきて……時間を忘れることもあった。途中でヘリオが来て「こんなところでいちゃつくな」ってランドルフの背中を蹴ったから、二人だった時間はそんなに長くはないと思うけど。
ネヴィルと王女さまはずっと立ったままだった。
周りの騎士が王女さまが座れるように椅子を持って行ったりしたけど、ネヴィルが座らなかったから王女さまも座らなかった。
王女さまを立たせたままにさせる、ネヴィルに驚きだわ。
ヘリオも「さすがネヴィー」と感心していた。
まぁ、さすがだね。
二人の話が終わって、二人が近付いてきたのは日がちょっと傾いてきた頃。
「ごめんなさい、酷いことをしてしまって……」
しおらしく謝られた。
こっちの方が素らしい。
国王である父親がああいう態度を威厳だと勘違いしている人で、娘のカナ王女にも強要していた。自分に似た跡継ぎを好んだからだ。
幼い頃は素のままで過ごしていたけど、度々弱々しいと怒られ、強くなれと手を上げられることもあったとか。大人しい王女にはそれが怖かったし、教育係も同じように強要してきて、幼い王女は従うしか出来なかった。
教育係だけじゃなく、王の周りにいる人たちはみんなそんな感じらしい。
王妃さま……母親は違うみたいだけど、王女と同じで抑え付けられているんだって。長年だから気持ちに蓋をしちゃっている。
私たちに対してあんな態度だったのは、「どんなことをしてでもランドルフを連れて来い」と王に命令されたから。
国の命運もかかっているから、余計怖くなって乱暴な手段に出てしまった。
と語った。
ちなみにネヴィルと会ったのは八年前で、お忍びの城下を視察をしていた時。
話をする内に、惹かれて……と聞いて、まさかの王女さまの想い人はネヴィルだったと判明した。
世間は意外と狭い。
でも、結構歳の差があるんだよね。王女さまが今年成人で、ネヴィルは三十過ぎだから。
会った時、十歳……?恋しちゃったの?しかも、ネヴィルみたいな変人に?
王女さまのことが心配になるけど、自分の素を引き出してくれたのだと嬉しそうに話していたから…………うん、まぁ、がんばって。素を見せられる相手って大事だものね。
ただ、ネヴィルは王女さまを子どもとしか見ていないようだから、先は長いかもしれない。
ランドルフはたまにしか会わないし、初めて会った時にはすでにあの横暴な態度で接していたから知らなかった。
王が似たような態度を取る人だから、娘も似たんだろうって印象。
私と出会った後だから他の女の子には興味が薄かったらしく、王が何かと自分の娘を推してきても何とも思わなかった、とか……。なんか照れるね。
というか、自分の娘を推してくるってまさか……?今は他国の王女さまとくっ付けたいみたいだから、過去の話だ。私は気にしない。問題はその他国の王女さまだし。
夕方、またランドルフの家の応接間でお話することになり……。
「ネヴィル様の妹御と、ランドルフが……」
挨拶もそこそこに少し話してから、王女さまがぽつりと呟いた。
王女さまの中では、私がネヴィルの妹ってところが重要なのかな?
「妹御の幸せはネヴィル様の幸せと聞き及んでいます!私がランドルフと一緒になれる様に協力しますわ!!」
同じ場所で同じ人から、これまでとは反対のことを聞くとは思っていなかった。嬉しいけれども。理由が兄だけれども。
「小鳥、五月蝿いよ」
「はい、ネヴィル様!」
力強く、高そうなテーブルをまたも叩いて言う王女さまにネヴィルはお茶を飲みながら言った。
なんで、当たり前の顔みたいな顔して同席しているの?この人。
「……とはいえ、剣魔の国はどうにかしないと。奴らは自分達の意に沿わなければ、人であろうと街であろうと……国であろうと潰してきた。力を権力とする国だ」
そして、話にしっかり入ってくる。
「昔は崇高な理念があった筈なのに……時の移ろいは残酷だよね。その点に関しては、最高の支配者も同じ。現在じゃ、只の最古と呼ばれる国に過ぎないのだから」
自分に気のある王女さまを前に言っちゃうんだ。
「剣魔の国には奴等が関わっているから、確実にこの国を落としに来るだろうさ」
ヘリオも普通だね。
奴らって誰?
「魔導大国をそんなに手に入れない?……あぁ、土地か」
「どちらかと言えば、因縁だな。二つの国が生まれてから続いてきた、業、とも言える」
「それを背負わされたお前を憐れと思うべき?」
「俺は幸せな方さ」
重い話か?
「私たちにもわかる話をして」
バカな兄たちについに口を挟んでしまった。
二人して、こっち見ないで!
「そうだね。二人でも出来る話は後にしよう。今しなきゃいけない話は、子羊と子狼の結婚式をどうするかについてだっけ?」
違う~。
このままだと、その結婚が難しいって話!
「違ぇーだろ。剣魔の国が二人に茶々入れてきたって話だ」
うん、ちょっと何か違う気がする。
まぁ、いいや。
「国同士の話になっているなら、我が家も魔導大国として介入したら良いだろう?子羊を魔導大国の末姫として、すでに子狼と婚約させることが決まっていると子狼のお祖母さんに報告して貰えば良い。そうしたら、魔導大国として総力戦に持ち込める」
いいや。じゃない。
またどんでもない話になってきたぞ!!?




