7、支配者という名の独裁者
「愚かな王の治める国に繁栄は無いよ。……こっちの国の話。大丈夫…………あぁ、その刻は」
話し声が聞こえて、薄暗い中で淡い光が浮かんでいた。
それは、ヘリオが話し終わるとスゥーと消えた。
「我が家のお姫様のお目覚めか?」
「何それ……」
今、誰と話していたんだろう。
聞こうとしたら、額に手を当てられた。
「頭が弱いのに考え過ぎなんだよ」
「バカって言いたいの?」
「そうじゃねーって。意外と馬鹿じゃねぇよ、お前の頭は。人より多くのことを収めた優秀な頭だ。ただ、起動領域が狭いんだよ。一つのことを考えている時に、二転三転されると整理出来なくなる。一つ目のことから離れた内容になる程に起動領域から外れて、修正する為に思考停止に陥るんだ」
「使えない頭じゃん」
「まぁ、そうだな。でも、それはお前の頭には必要なことだから起こることだ。あんまり苛めてやるなよ」
頭をぽんぽんと優しく叩く。
私を労っているように見えて、違うものを労っている気がする。
なんか、腹が立つな。
【狼男の純情】
昨夜ヘリオと話してから、また寝て早朝。
まだ私が起きていなかった時間にランドルフがやってきた。
気絶した後、ヘリオが私を回収してランドルフを帰らせたらしい。
で、心配で、仕事前に様子を確認しに来たのだ。
寝癖……付いたままなんだけど。
そんな私をも「可愛い」と言ってのけるランドルフは強者だな。
今、私、寝起きで不細工な顔しているよ?
一緒に出てきたヘリオは寝起きなのに、めちゃくちゃ綺麗な面しているのが腹が立つ。寝癖も付かないサラツヤ!私とほぼ同じもん食っているのになんでだ!??
「エマ、昨日はいきなりカナリが悪かったな。話はダナ家でしっかりつけるから心配しなくていい」
でも、王の命令って言っていた。
例え身内でも大丈夫なのだろうか?
「現在の最古の国の王はお前の祖母の親父や兄貴とは違って、古来からの支配者としての威厳を求めるタイプだ。大金を支払ったり、田舎町とはいえ国の一部を魔導大国と共有することになったのが相当気に食わなかったみたいだな。エマが魔導大国に縁があることも反対した理由の一つだろうさ」
「恐らくは」
ぜんぜん大丈夫そうじゃないよ?
「魔導大国への牽制と、対抗する“力”を求めて、以前より剣魔の国から持ち掛けられていた王族同士の婚約婚姻の話を進め始めたって訳だ。だが、可愛いたった一人の王女を他国から来る蛮族にやるなんて許せない。王女も王女で想い人がいるから嫌だと。公家には王の叔父……ランディの祖母の弟がいて、その息子がいるが、あれは放蕩息子だから国は任せられず」
私でも話が見えてきた。
「そこで!田舎町ではあるが騎士として真面目に務め、祖母から一応帝王学も学ばされて、王家の血も引く優秀なランディに目を付けた」
……やっぱり。
帝王学は知らなかったけど、優秀なのはわかる。
「ランディは見た目も良い。剣魔の国の王女も姿絵見て気に入ったらしくてな、ランディに王女を懐柔させようって考えたんだよ。心底惚れさせりゃあ、愛する夫の為に剣魔の国の“力”を惜しまず使うだろうって魂胆。浅はか過ぎて笑えてくる」
いや、笑えねーよ。
政略結婚ってのはわかっていたけど、ランドルフが得することって無いじゃん。
王女様と結婚出来ること?
「王女さまと結婚したい?」
「エマ!」
「うぎゃっ!!」
下手なこと言った。
強っよい力で抱き締められる。
潰されそ……。
「また殴られっぞ」
「本望!!」
「本望じゃねーよ!ちっちゃなエマちゃんが潰れてもっと小さくなるだろ!」
どんな潰れ方だ!?
上半身と下半身が離れちゃいそうなんだよ!
「痛ったぃ……なあっ!!!」
ランドルフの側頭部を殴る。
たぶん前より加減したよ、ランドルフ離れなかったから。いや、ランドルフが……。
まぁ、どっちでもいいや。
とりあえず、緩んだから。
本当はヘリオも殴りたいけど、ランドルフが邪魔!
というか、さっきランドルフ、殴られることを本望って言っていなかった?
聞き間違い??
「……ぃ」
ん?何?
「やっぱり、良ぃな。……エマの拳」
えぇぇ……。
腰に抱き付いているランドルフが……ちょっと、頬染めてうっとりしているように見えるんだけど?
気のせい?
ヘリオを見たら、これまで見たことないぐらいドン引いていた。
「ちっちゃなエマちゃんの所為だから……」
えぇぇっ!!?
何が!?!?
私のせいなの??
結構、真面目な話をしていたはずなのに全部吹っ飛んだ。
朝のあれのせいで、改めて話すことになった。
あれも私としては大事なんだけど、どうしよう。
どうせなら、ああいう時に色々放棄して気を失えたら良かったのに。
……拳、使わなきゃ大丈夫かな?
気を付けよう。ランドルフのために。
で!重要で真面目な話に戻りましょう。
王が、ランドルフと他国の王女を結婚させようとしているって話。
ランドルフだけじゃなく祖母様やウル兄にもまったく話をしていなかったようだ。
あの二人がこういう勝手を許すはずはない。
王は独断で……カナ王女には話していたみたいだけど、決めて、剣魔の国にランドルフの姿絵を送ったのだ。
そして、相手の王女は一目で気に入り、ランドルフが優秀な上、騎士までしていると知り、話を進めることになった。
というか、もうだいぶ進んでしまっていて、剣魔の国の第一王女は来年十八で成人となるから、すぐにでも婚約をというところまで話が進んでしまっているとか。
顔合わせをするためにすでに剣魔の国を立ち、最古の国に向かっているから、カナ王女はランドルフを迎えに来たのだ。
嘘だろ!?
と言いたくなる話の展開だ。
祖母様は激怒し、カナ王女とお話をしている。
今現在、私たちの目の前で。
「私はすでに王族ではない!子も!孫もだ!!だというのに、此方に何一つ話を通さず勝手に婚約だと!?ランドルフの人生を何だと思っているの!!!」
「王家を離れても私達と同じ王家の血を持つのですから、これは義務です」
「ならば、お前が彼の国の者と婚姻すれば良かろう?お前は直系の王女なのだから。義務というなら、まずお前が義務を果たしてから言うべきではないか。それが、好いた男がいるからランドルフに蛮族と婚姻して王を継げ?可笑しな話だな。義務を放棄した者が我々に義務を問うとは。可笑しな話は他にもあるぞ。お前達が蛮族と蔑む国の者の血を引く子をランドルフの次の王とするのだろう?それとも何か?お前の子を王にするのか?随分と我々を侮ってくれるのだな」
「それは……」
普段の穏やかに微笑んでいる祖母様とぜんぜん違う。
ランドルフもウル兄も少し表情が強張っている。
昔から言っていたっけ、祖母様は怒ると物凄く怖いって。私は知らないから、そんなことないだろうと思っていたけど……うん、まぁ、怖いかな。
カナ王女も始めは強気な表情だったけど、言い返せないでいるが、頑張ってはいる。
「ですが、剣魔の国の王女はこちらに向かっているのです。今更、無かったことにすれば、国が……」
「それをどうにかするのが、王と王族の役目であろう?始めから自分達にどうにも出来ないことをするでない。我々に押し付け、楽をするな。支配者としての威厳を守りたいのであれば、自分達の力のみでせよ。王家を離れた我々や国民を巻き込むな。出来ぬ者に王を名乗る資格も、人の上に立つ資格もないぞ」
祖母様格好良い~!!
思わず、拍手したくなった。
沈黙した中、する勇気はないし。
空気読めない子にもなりたく…………って、我が家の兄が拍手した!
「流石、本物の故き支配者の末裔だ」
不敵に笑っている。
カナ王女が「誰?」と言っているが、無視した。
どういうつもりか……。
「これだけ言っても、最古の国の王が引かないというなら……我が魔導大国に亡命すれば良い」
「な、何を!」
どんどん話が大きくなるな。
「ダナだけじゃなくグリも来て、魔導大国で結婚式を挙げようか?俺の名を使って盛大に祝ってやるよ」
クククッと笑う。
カナ王女以外は張っていた気を緩めてしまう。
「そんなこと認めないわ!」
テーブルを叩き、立ち上がる王女は綺麗な顔を歪めて声を荒らげた。
「最古の国への裏切りよ。今のは聞かなかったことにしてあげるわ。ランドルフが言うことを聞けば罪には問わない。……でも、そこの貴方達は別よ」
え、私も?
「グリ家の人間よね。ダナ家の者を唆した罪は重いわ。あの胡散臭い蛮族中の蛮族、魔導大国の人間なだけはあるわね」
酷い言われ方だ。
ヘリオは「それはどーも」って言っているけど、誉めてないか。
私まで罪に問われているんだけどなんでよ?
「魔導大国の人間だったとしても今は貴方達も我が国の者でしょう。我が国の法に則って処罰させてもらうわ。覚悟しなさい」
「カナリ!乱暴過ぎるぞ」
「そんなことはないわ。そもそも貴方程の男がそんな小娘に心酔しているなんて有り得ないことよ!魔導大国に魔法を使われて洗脳されているに違いないのだから、剣魔の国から王女と共に来る魔導師に診てもらいなさい」
また洗脳って言われた。
私のことを好きになるのはそんなにも可笑しいこと?
それに魔導師って何?
聞き慣れない言葉だ。
魔法使いとは違うの?
ヘリオがまた悪い表情しているんだよね。
何かする気?
私たちの立場がもっと悪くなるじゃない。
口を挟めないで見ていたら、とんでもない方向に向かっていった。
本気で亡命考えなきゃいけなくなる……?




