5、大事を平然と流して生きる
「パパとママが話しているのを聞いたの。グリ家は王族の血を引いているからって」
嬉々として語る。
レナードとお義姉さんが話していた?
ミリアムが言うのだから、それは本当なのだろう。聞き間違いはあるかもしれないけど。
聞いたことを素直に受け入れた、というところか。
「でも、ヘリオくんたちはグリ家じゃないでしょ?ずっと前にグリ家で引き取ったんだってパパたちが話してたんだから。ヘリオくんたちは小さかったし、パパたちは優しいから、本当の家族みたいに接してあげてたんだよ?だけど、あなたたちは他人なの。王族の血を引いた私たちとは違うのよ。だから、私たちの家で大きな顔しないで?ううん、大きな顔しちゃいけないの、あなたたちは私たちみたいな高貴な家のおかげでそこまで大きくなれたんだからもっと感謝して敬ってくれなきゃ。それなのに、エマは私を差し置いてランディにまとわりつくし、……今も。ヘリオだって今みたいに私のことを殴ったりして不敬にもほどがあるわ。私たちが正式な王族じゃなくて良かったわね?でなきゃ、首が飛んでたんだから」
言いたい放題。
ヘリオは口を挟まず、言わせ続ける。
「ふふ、でもね、あなたたちはそんな勝手をしていられなくなるの。だって、グリ家はね、王族の加護を受けるから。あなたたちは他人だから、受けられるはずないから期待しちゃダメよ?」
大きな話になっているんだけど……。
見ているだけでいいのかな?
【狼男の純情】
満足げに語り終えたミリアム。
ヘリオは冷めた……っていうか、死んでいるな目が。ミリアムに対して昔から冷めているけど、今はそれを遥かに超えている気がする。
「言いたいことはそれだけか?」
声の調子も低いな。
ミリアムは気にした様子もなく「えぇ」と自信たっぷりに頷いた。
それに対して、ヘリオが大きな溜め息を吐く。
ここまで岩のようだったレナードがその溜め息にピクリと反応した。何?
ミリアムは返ってきた溜め息に苛立ったようで……。
「やめてよ!私はお姫様になるの!」
お姫様ときた。
私の気分はなんとも言えない複雑さがある。
目は死んでいるけど、低い笑いをヘリオは零した。
「ククッ……勘違いも甚だしい」
「勘違いですって!?」
立ち上がって声を荒げるミリアムを無視して、レナードを見やる。
「子育てに失敗したんじゃないのか?レナード」
「…………」
「ちょっと!パパを呼び捨てにするなんて無礼じゃない!」
「ミリィ、あなたはもう黙りなさい!」
「なんで!?ママ!」
お義姉さんがミリアムを抑えようとするけど、更に激しくなる。
明らかに顔色を悪くさせるお義姉さんは助けを求めるようにレナードを見た。レナードもこれ以上は良くないと思ってか、ヘリオに掴みかかりそうな勢いのミリアムを抑える。
けれど、口だけは止まらず……。
「こんな奴ら!私たちが王族になったら不敬罪ですぐに処刑してやるんだから!!!」
ミリアムの声が響き、一瞬静まり返る。
一瞬だけだ。
次の瞬間、大きな物音と共に何かが組み立てられた。
小さなお義姉さんが聞こえ、ガシャンとそれが出来上がった音がした。
「処刑がお望みか?お姫様は」
ヘリオは、それにドカリと片足を乗せ、ミリアムの…………断頭台に乗せられたミリアムの表情を確認するように首を傾けて言う。
ヘリオ以外の全員が言葉を失くして驚いた。
私も、何が起きているかわからない。
目の前で起きたことではあるけど……。
何も無い場所に突然、処刑台が建った。
ミリアムの首をそこに繋いで。
「お前の言う様に、処刑ってのは簡単に出来るんだぜ?簡単に首を飛ばせる。痛みなんて一瞬だ」
頭を垂れる蜂蜜色の髪を優しく撫でる。
「わかるか?待つ時間の方が遥かに長い。死は目前だと思っていても、その瞬間が来るまでがとてつもなく長く感じる」
「…………っ……」
髪から固定された首へ。
何処を切り落とすかを教えるように指を動かしていた、ように見えた。
本気じゃない。
ヘリオは本気じゃない。
と思うけど、少し落ち着かない。
後ろから私を抱き締める、お腹に回されたランドルフの手を握った。
握ったら、反対に包み込むように握り込まれる。
私たち以上に不安があるだろうレナードとお義姉さんは、今は見守っている。
今にも飛び出していきそうなお義姉さんをレナードが止めているようにも見える。
ヘリオも口を閉じ、静かな時間が続く。
処刑の瞬間を待つような……怖い、時間。
「その当たりでお許し頂けませんか?」
静かな時間を終わらせた声。
……母だ。私のお母さん。
父も後ろから付いてきていた。
でも、今のはヘリオに言ったの?
母が頭を下げて膝を折ると、父もそれに続いた。母より頭を下げている。
なんで、そんなことしているの?
ミリアムに向けていた目を、ヘリオは母と父に向けた。
「何を?不敬罪を訴えてきたから、本当の不敬罪ってものを身を持って教えてやっているだけだろう?」
「仰る通りですが、今回ばかりは私の顔に免じて……どうか」
母がもう一度深く頭を下げたら、台から下りてくる。
台をやっぱり一瞥もしないけど、台は崩れるように消えた。組み立てていた物は何一つ残さないで。
残ったのはミリアムだけ。
自分の首に手を添えて、声を出して泣き出した。さっきまで声も出せずにいたようだったから、気持ちが溢れてきたのだろう。
それにしても、話が……。
私だけ置いてきぼり感がある。
ミリアムを気遣うより先に、母と父のようにレナードとお義姉さんも膝を折って頭を下げた。ヘリオを偉い人みたいに。
少し落ち着いてきたかな、とランドルフと一緒に家族に近付く。
「話は考え直すからな。あの馬鹿娘じゃ自惚れるだけだ」
「……御意に」
「自覚もさせろよ。国を出たお前たちは本来二世までだったのを禁を破ってまで作った三世だろ。本当に殺されるぞ」
「返す言葉も無い」
ボソボソと声を潜めて話していた。
なんか、また物騒な話だ。
気になるけど、一番気になるのは……。
「私、このグリ家の子どもなの?」
ってことだろうか。
ミリアムはレナードたちが話しているのを聞いたって言うから。
前は違うって言ったけど、ちょっと怪しい。ヘリオに対しての家族の態度も可笑しいし。
母にいつもみたいな笑顔はない。ちょっと困った表情だ。
……違うの?
「お前は間違いなく、この二人の子供だよ」
答えたのは、ヘリオだった。
父と母の後ろに回って、二人の背中を押して言う。
「じゃあ、兄さんは?ヘリオ兄さん」
「俺は他所の子」
ずいぶんあっさりだ。
「血は繋がってんぞ。エマの母親の弟の子供だから、従兄弟」
「知らないの私だけだった?」
「そりゃ、俺が来てから生まれたから」
「なんで教えてくれなかったの?」
「……知ったら、ちっちゃなエマちゃんが妹じゃなくなるからだよ」
「何それ」
何だろうな、とヘリオは笑う。
ランドルフも驚いていない。
「ランディも知ってた?」
「大分前にヘリオから聞いた」
なんかヒドイ裏切りに合った気分。
別にランドルフは悪くないけど、むぅ……とランドルフを恨めしげに見上げた。
「可愛い」と抱き締めてくる。
かわいいを求めて見た訳じゃない。
ついでだ。もう一つ聞く。
「グリ家も、ランディの家も王族の血を引いてるって……ほんと?」
ピタリとみんな止まって、ん~、と渋る声。
「ダナ家は祖母様がこの国の王族だったんだ。祖父様と一緒になる為に降嫁した先々代の王の娘で、先王の妹」
え、それって最古の国で有名な話だよ?
身分違いで大恋愛って…………大恋愛。
うん、祖母様は大恋愛だったね。
次の答えを求めて父と母を見たら、母が口を尖らせる。
見た目が若くても、六十間近の人がなんて表情しているの?
「私が魔導大国の王族なの」
は?魔導大国?
父、レナード、ヘリオと目を向けたら、父とレナードは黙って頷いて、ヘリオはニヤリと笑う。
待って、ちょっと待ってよ?
さっき母の弟の子どもってヘリオ言っていなかった?
おう、おう…………悪い表情しているぞ~。
「俺は先王の直系で現王の弟だ。……魔導大国に、死刑制度が無くて良かったなぁ?」
お義姉さんに宥められているミリアムを横目で見れば、気付いたようで「ヒッ」と小さく声を上げていた。
どんな魔法かわからないけど、さっきみたいなすごいことが出来たのは魔導大国の人間だから?
ランドルフみたいに訓練していないし。
でも、こんなのが王の弟って大丈夫か?魔導大国。
「ミリアムも、お前も、王族の血は引いてはいるが、魔導大国の王族になることは万に一つも無いから安心しろ」
「……なんでよ」
怯えていたし、あれ呼ばわりされたし、今も泣いているのに、反応したのはミリアムだった。
お姫様にそんなになりたいのか?
私はなりたくないんだけど。
だから、安心したよ。
「お前らがグリの血を引いたからだ」
ただ、それだけが理由だと言う。
結構複雑なのだろう。
納得出来ていないミリアムが食い下がるのを無視してヘリオは欠伸をしていたから、そうは見えないけど。
これ以上色々聞いても整理出来ないから、私ももういいや。
そういえば、ランドルフに抱き締められたままだった。
口を挟まないから、それほど重要なことでもなかったらしい。王族の血を引いているって、かなり大事だけど……。
また、詳しく聞いていこう。




