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狼男の純情  作者: 一之瀬 椛
一章
3/35

3、灯りの点いていない窓


自分の部屋を出ると、すでに出来上がった朝食が並べられていた。

良い匂いがして、今日のご飯も美味しそう!

すでに席に着いている母の向かいが私の席。

私が座ってすぐに父も座った。


「あれ…ヘリオ(にぃ)は?もう出たの?」


朝食は四人で囲ってからそれぞれの仕事に行くのが常なのに、私の隣に座るはずのヘリオがいなかった。

始めはまだ寝ているのかと思ったけど、食事も用意されていないからもう騎士団の方に行ったのだろうか。

昨日、魔獣が出たし、巡回やら町の警備の強化で忙しくなったのかも。

と思っていたら、母が思いがけないことを言う。


「あぁ、あの子ならしばらく留守にするって明朝出て行ったわよ」


はい?

なんで突然?


「しばらくって?」

「さあ?一月かもしれないし、半年かもしれないし……一年、もっと帰らないかもしれないわね」


のほほんとした様子の母。

父に視線を向けると緩やかに横に首を振った。どう訊いても望む──いつ帰ってくるのかという正確な答えは返ってはこない、と告げるようだった。


嗚呼……他の兄たちもそうだった。

ある日突然「留守にする」と言って帰って来なくなった。まだ一言告げるだけマシ。何も言わずに未だ、数年経っても連絡一つ寄越さない奴もいる。

連絡がいつでも取れるのは、唯一家庭を持ち、近くに暮らす一番目の兄だけだ。

他の兄たちも何処かで結婚するなどして安定した生活を送っているかもしれないが、連絡がまったくないからわからない。

……あの兄たちが家庭を持つ?無理じゃない?


ヘリオは無関心なように見えて私を気にかけてくれるところがあったからまだマシだと思っていたけど、やはりあの兄たちの弟だった。

私の兄になるより先に、あの兄たちの弟になったのだから諦めるしかないか。


いつでも、って言ったくせに……バカ兄貴(ヘリオ)









【狼男の純情】









兄が一人いなくなったからといって何かが変わることもなく、朝は学舎に行って、昼には畑仕事の手伝いをしていた。昨日の今日だからか一人にならないように言われ、父の視界に入る範囲内での作業となったが。

私が来てから何度も一番目の兄が様子を見に来る。父や母に用が……と言いながら来るくせに、必ず私に声をかけていた。私のことを気にかけてくれているのだろう。優しい人だから。一緒に暮らしたことはないし、父と同じく寡黙な人だから理解するまでに時間がかかったけど。


騎士の巡回もあった。

ありがたいとは思うけど、しばらくはうんざりした気分が続きそう。腹の立つことに、私を見たら「残念」と言いたげな表情をしてくる。

どうやら、騎士団内ではヘリオは変人として有名らしいが見た目だけは良いので……そう、とてつもなく麗しいからその妹もさぞ、と期待を膨らませていたようだ。

始めは同期の間だけだったらしく、年頃になる(わたし)がいると知った同期に紹介しろと言われていたが全て断っていた、とのこと。私はそんな話聞いていないからヘリオの独断だったのだろう。

断った理由を「可愛い妹に悪い虫が群がらないように」と解釈した同期たちを発端に、気づくと騎士団内でヘリオの妹はとびきりの美女、と噂が広まり期待だけが膨らんでいった。

とランドルフが教えてくれた。

噂って怖い。

実際のヘリオの妹はこれといって美人とも言えないちんちくりんだから、大きく膨らんだ期待は見事に打ち砕かれたのだろう。

勝手な話だ。


ランドルフが畑の方に顔を見せてくれたのは、私がちょうど手伝いを終えて帰ろうとした夕方頃。

巡回じゃなく仕事が終わってから、私のことを心配して様子を見に来たようだ。

ランドルフも巡回する騎士の一人に加わっているが、私の家のある農業区とは別の場所を担当することになったと言った。

まだやることのある両親の代わりに家に送ってくれるランドルフからそんな話を聞きながら帰った。

担当だった頻繁に会えたかも、と思うと残念で仕方がない。

家までの道のりも短く、あっという間に着いてしまった気がする。

会いに来てくれた時に心配してくれたランドルフに「大丈夫!」と元気よく言ってしまったから、もう大丈夫と思われただろう。実際、私自身が襲われたことに対する恐怖心は無くなっている。兄たちにも言われてきたけど、やっぱり図太いな…私。


学舎から帰ってから、手伝いの前に一人で壊れた納屋を見てきたぐらいだし。

本当は一人で行くなと言われていたから内緒の話。後、直すまでは危ないから近付かないように言われたから、離れた場所から見ただけ。

農具は回収済みで別の場所に移されていたけど、納屋から少し離れた場所にはまだ箒が一本落ちていた。

あの時、ヘリオが持っていたものだろうか?

これで魔獣と戦った?

手に持ってみても、なんの変哲もない箒だった。

試しに近くの木をそれで叩いてみたが、折れたのは……箒の方。

力、入れ過ぎたかな?

魔獣を何度か叩いたかもしれないから、傷んでいたのかも……たぶんそうだ。

倒れたように見えただけかもしれない。

『魔』を宿したものじゃなきゃ、どうにもできない相手だから。

引き付けるだけで、後から来る『魔』を宿した武具を持った騎士が倒したのだろう。

……あの時、ランドルフも剣を構えた。

アイツだってヘリオと同じで騎士になって二年目の新米だから、特別な武具なんて持たせてもらえるはずもない。

ただの剣で立ち向かおうとしてくれた?

私のために、と考えたらドキリとはするけど、危ないことをしようとしたのだと思うとゾッとする。

もし何かあったなら、今こうしてランドルフとまた少しの間でも会うことも無くなってしまっていたかもしれなかった。

ランドルフに何か、ではなくても……隣に立って笑い合うことはできなかった。

この先も、この何事もなく過ごせるとは言えないことに気づいた。

また魔獣に襲われたら?

それだけじゃない。

こんな田舎町だ。都市を夢見る人は多く、町を出て行ったきりになる人も多い。

そして、ランドルフのように騎士になった人の中には力を買われて都市に行く人もいる。いや、そういう出世を目的に騎士になる人が大半なのだ。

ランドルフも、そうだとしたらいつかはこの町からいなくなる。


いつまで……。


今の私には引き留めることはできない。

好きだと言ったら?

無理だ。

遠目に見た、これまで噂される恋人はみんな、出るところは出て締まるところは締まった大人の女性たち。同年の人との噂はあっても、それより下の歳の子との噂はない。大人か、大人っぽい女の子が好みなのだ。

誰の目から見ても子供にしか見えない私ではどう頑張っても、幼馴染みもしくは親友の妹、以上の存在にはきっとなれない。

望みも無いのに気持ちを伝えて、少しでも近くにいられる、関わっていられるこの関係を壊すことの方がツライ。

兄が親友でいる限りは、こうして気にかけてもらえるのだから。きっと離れても……。


ツライ。


家の前まで来て、別れが寂しくなった。

昨日の今日だから気にしてくれただけ。大丈夫とわかったら、仕事でもないのにわざわざ来たりはしない。親友であるヘリオがいないのだから尚更。

送ってくれたことに「ありがとう」と寂しさを滲ませないように出来るだけ笑顔で言うと、「エマのことが大切だからね」と優しい笑顔を返される。


あぁ……好き。やっぱり、好き。


また私が中に入って扉が閉じるまでいてくれるのだろう。中に入るように促され、つい、別れ難くなって袖を掴んでしまった。

ハッとした時にはもう遅くて、恥ずかしくて俯く。

私みたいな小さいだけであんまり可愛くない奴が、男の気を引くためによくやる手法をうっかりでもしてしまうなんて……不覚。

これじゃあ、他の、ランドルフに気のある媚びた女性たちと同じじゃない?ランドルフはこういう媚びたの好きじゃないのに、嫌われたらどうしよう。

焦った。焦ったけれど、次にどう動けば正解なのか。

沈黙が怖い。

ごめんと普通に謝って手を離せば何事もなく終われる?

動揺するな。大丈夫。

自分に言い聞かせて、震えそうになる手を離そうとした。「ごめん」と一言言って。

でも、それより先にランドルフが袖を掴んだ私の手に大きな手を重ねてきた。

驚いて顔を上げたら、青い目がまっすぐ私を見ていて……ドキっとした。「エマ」と優しく呼ばれて、更に高鳴る。

ドキドキし過ぎて応えられずにいたら、ランドルフの視線が別のところに向いた。

なんだろう?と私もそっちを向いたら、うちの窓が。

「……アイツ、しばらく帰らないと言っていたか」

思い出したようにぽつりと口にした「アイツ」はヘリオのことだろう。

いつもだったら灯りの点いた窓が、今日は暗い。本当に帰らないんだなと思う。

一言ぐらいあっても良かったはずなのに……。

ちょっと苛立つ気持ちから、手に力が入る。もちろん、袖を掴んでいた手にも、だ。

それをどう受け取ったのか。たぶん、家で一人になることに不安に感じた、と思われたのかもしれない。

また心配そうに私を見下ろすランドルフと目が合った。

「エマは……大丈夫って言うだろうけど、おじさんとおばさんが帰るまで居させて?エマを一人にしたくない」

俺が心配なんだ、と眉を下げる。

まだ一緒にいて良いんだと思ったら、頷いていた。


この時、少しだけ、ほんの少しだけ、私に何も言わずいなくなった(ヘリオ)に感謝した。






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