4、弱い頭と使えない頭
私は、拳を振るった。
うん、振るったな。
苦し過ぎた。
解放されて、やっと一息。
汗臭い空気だけど、この際構わない。
落ち着いた頃にパチパチ拍手する音が聞こえてきた。
シンと静まっていたから、よく聞こえた。
すぐ横から、だからでもあるけど。
すっごい悪くて、良い笑顔のヘリオだ。
…………あ。
と声を出した時には、どうしようもない。
つい、ランドルフを殴ってしまったことに気付いた。
私の、バカ!
以前のようなフッ飛び方はしていないけど、私から離れて尻餅をつくように床にいた。
【狼男の純情】
「エマちゃん!ひどいっ!!」
静まり返った中に、ミリアムの声が響く。
うん、やり……過ぎたね。
床に座った状態のまま俯いているランドルフ。
大好きって気持ちからだったのに、酷いことしちゃった。
ごめんね、って謝ろうとランドルフに近付こうと、しゃがもうとした。
そしたら、先に動いたのはミリアムで。
「ランディに触らないで!」
と私に掴みかかってきて、私の頬を打つ。
非力なミリアムの平手はあまり痛くはなかったけど、痛いって思った。
周りの視線もさっきよりも刺々しい。
ここにいたくない。
ミリアムが邪魔してランドルフには近付けなくて、後退ってしまう。
ランドルフ……ごめん。
結局、私は逃げ出した。
みんなの視線は私の出ていった方に向いていた。
そんな中でヘリオだけはランドルフを見ていた。
ランドルフが何か呟くと冷めた表情が一層冷めたものになる。
誰も、気付くことはなかったけれど……。
これも、たぶん私が悪かったんだと思う。
私はというと、ちゃんと謝れずに帰ってしまったことを後悔していた。
家より外の方が気持ちを落ち着けると思って、納屋の近くで雑草をぶちぶちと抜いている。
結構落ち着くんだよなぁ……。
ちょっとすっきりした一帯を見て、私も少しすっきりする。
ランドルフの仕事が終わる頃に、謝りに行こう。
「相変わらず野暮ったい」
すっきりしてきた時に聞きたくない声。
「ミリィ……」
「馴れ馴れしい。私はね、あなたと違うの。土まみれがお似合いなあなたと違って私は高貴なの」
何、言ってんの?
ミリアムだって私と同じ農家の娘じゃない。
自分の父親見てみなよ、あっちは私以上に土まみれだけど?
「言っている意味がわからない」
「頭の弱いあなたじゃわかる訳ないのは当たり前でしょ?」
腹が立つなぁ……。
なんで、こんな子になっちゃったの?
「だから、ちゃ~んと教えてあげる」
上から目線。
しゃがんだままの私には、その上からがもっと高いところからに感じる。
いやらしい笑み浮かべちゃって……昔は本当にかわいかったのに。
「私たちグリ家はね、他の国の王族の血を引いているの。でも、あなたとヘリオくんは貰われ子だから他人なの」
は?
今、なんて言った?
「それから、ランディはこの国の王族の血を引いているんだって。高貴な血筋同士で私たちお似合いでしょ?」
ますます何を言っているか、わからない。
混乱する私を置いて、誇らしげに語っていく。
「だから、パパがランディのパパと話して私たちを婚約させようって話していたのよ?きっと」
……我が家が他の国の王族の血筋?
ランドルフの家もこの国の王族の?
ランドルフの方はまだわかるよ。祖母様が高い位の貴族だったって聞くから、そちらの家と王族に繋がりがあっても可笑しくないから。
でも、我が家、だよ?
さすがに……なくない?
それに、私とヘリオが貰われ子?
そういう噂は聞いたことはあったけど、両親は否定したんだから私は信じる。
「これだけ言ったら、頭の弱い叔母さんでもわかるでしょ?ランディに……私たちに近づかないで?あなた、ただのお邪魔虫なのよ。昔っから邪魔しかしてない害虫なの」
「わかる訳ないでしょ。それにあんたにそこまで言われる筋合いはない!」
叔母呼び……。
嫌みを言う時はそう呼ぶんだよな。
おかげで、ミリアムに乗っかった人たちまで私を「オバサン」って呼んでくるし。
それはいい。
お邪魔虫の方は、二人共にそう思っているなら邪魔なんてしない。
でも、ランドルフにとって邪魔じゃないなら一緒にいる。一緒にいたい、ランドルフが許してくれるなら。
「ランドルフが私のこと邪魔って言わない限り、一緒にいるって決めたから」
「ランディには相応しくないの!」
相応しいかは、本人が決めることだよ。
喚く姿が、マリアンナと重なって心配になる。
自分の方が優れているっていう自信は、王族の血筋と信じているからか。町で力を持っていた家のマリアンナもそうだったから……。
王族の血筋ってのは町の有力者より存在が大きいから、もっとその自信は大きなものかもしれない。
下手に口を出せば、もっと激しくなりそう。
「私の方が先に会ったのに!いつの間にかあなたの方が一緒にいて、ランディに気にしてもらってるなんて可笑しいじゃない!?」
「…………」
「声をかけてくれたって喜んでたら、あなたへのプレゼントを選ぶ手伝い?その辺に落ちてる小石でいいじゃない、ランディから貰えるなら何でも嬉しいでしょ?」
いや、小石は嫌だなぁ……ランドルフからの贈り物なら捨てられないけどね!
誕生日プレゼントの相談みたいなことしていたんだ。
それっていつから?
途中から……再会するまでの間、趣味の悪……独特なセンスの物を贈られるようになったけど、あれミリアムのせいだったりした?
ランドルフにああいう……呪いの人形みたいなのとか不気味なお面や置物を、喜ぶと思われてた?
ちょっと精神的にダメージが……。
後で確認しないと。
聞いていたら、ミリアムがずっと前から好きだったのはわかった。
ランドルフは気付かなかったんだな。祖母様や友人のお姉さんたちの話じゃ、余裕のあるタイプじゃないみたいだから。
好きなら好きって言えば…………言ったのか?
ミリアムのことは生まれた時から知っているから、兄弟に対しての好きとしか思っていなかった可能性もあるな。
どう考えても、私のせいじゃないよね。
言ったら怒るから言わないけど。
喚き続けるミリアムをどう宥めるか。
私には宥められる気がしない。
溜まっていた私への不満を吐き出す。
ランドルフのことだけじゃない。
レナードのこともだ。
私とミリアムが生まれたのは半年違い。
ミリアムが幼い時は私も同じぐらい幼かった。
忙しい我が家の両親に代わって、よく長男夫婦にヘリオと一緒にお世話になっていた。特にレナードは、私とヘリオが兄弟ということもあって必要以上に気にかけていたみたい。
だから、自分に向けられる愛情が減ったと感じていたようだ。
そこは申し訳なく思う。
「あなたなんかいらない存在なの!どっか行ってよ!前に出て行ったんでしょ?簡単じゃない。さっさと出て行ってよ。もう帰って来なくていいから。そうだ。もう十分育ててもらったんだから、私の家とも縁切っていって?貰われ子なんだから簡単よ?お邪魔虫でもできる恩返しよ?良かったわね、できることがあって」
でも、これは言い過ぎ。
続く言葉に心がざわいついたけど……
「あぁ、あなたにもう一つできることがあった。……害虫なんだから害虫らしく、町を出ていったらさっさと死っ」
言い終わる前に、途切れた。
ミリアムが横に倒れる。
意識は……あるようだけど、容赦ないな。
ちょっとほっとしている自分がいて、苦笑してしまう。
「言って良いことと悪いことの判別も出来ないのか?」
ヘリオが横から手刀を叩き付けたのだ。
一瞥もやらない、冷めた表情。
「エマの頭が弱いのは認めるが、お前の使えない頭よりマシだろ」
認めるな。
…………って、あれ?んんっ?ちょっと待って!頭の話って始めの方の話じゃなかったっけ?
あの時から、あんたいたの??
私、結構ひどいこと言われていたと思うけど、今なの?
ヘリオを睨んでいたら、「ミリアム」「ミリィ!」とレナードとお義姉さんが駆け寄ってきた。
と思ったら、背中に重みが。
「エマ、さっきはごめんな?」
ランドルフが乗っか……いや、抱き締めてきた重みだ。
先に謝らせちゃった。
「……私が殴ったのがいけないの。ごめんねランディ」
「加減を忘れていた俺の所為だろ」
……うん、まぁ、ちょっとそれはあるけど。
お互いに謝って、おあいこってことにした。
今度は加減して抱き締めてくれる。
和むにはまだ早いんだけど……。
「……っう、痛いぃ」
あ義姉さんに支えられて、ミリアムが身体を起こす。
そして、今までヘリオには向けたことの無い表情で睨み付けた。
「貰われ子が私に……高貴な私に、何してるの!?」
「高貴ぃ?」
何のことだ?と言わんばかりの表情だ。
レナードもお義姉さんも眉を顰める。
それをどう受け取ったらいいかわからない。
口を出そうか悩んでいたら、耳元で「任せておいたら良い」とランドルフが。一緒に成り行きを見ることになった。




