2、噂は噂、事実は事実
ウル兄、何処……。
って思ったけど、あの人もダメな人だった。
このお茶会後だったのだろう。
私の一番目の兄──レナードと、ウル兄……ランドルフの父親であるウルガーさんは同じ歳で幼馴染み。
私とランドルフが付き合い始めたことは二人もすぐに知ることとなって、ちょくちょく私たちを酒のツマミに飲んでいた。
祖母様が私たちの婚約を口にしてすぐの飲み、そこでした二人の会話のせいで少し面倒が起こる。
「……誰と誰が婚約するって?」
「ランディと、長男んとこのチビ」
は?はあああああああああああ?!?!?!
【狼男の純情】
只の噂。
噂なのだけど、町に広まる早さは一瞬だ。
まだ、何が原因でそんな噂が立ったのか知らない私とヘリオの目は据わっていた。噂の出所ブッ飛ばすという気持ちで。
「とりあえず、ヘリオは落ち着け。お前の場合は人死に出るから、な!」
サラサの店で昼を食べている。
気分は最悪でもサラサのご飯は美味しい。
現金だなぁ、私。
ランドルフがはっきり噂を否定して、婚約するなら私とだと言ってくれたから、私は落ち着いた。
隣のヘリオの表情が……まだなんとも言えないけど。帰ってきてからずっと着ている黒いローブのせいで悪い人にしか見えない。
もう春だから、暑苦しいし、脱いでほしい。
「サラサ、何か知らないか?」
横の暑苦しさに意識が向いていたら、ランドルフがサラサに聞いた。
夜は酒場になるから、その日の噂は酒のツマミになるから自然と集まってくる。
サラサなら何か知っていても可笑しくない。
「うーん、そうねぇ。昨日はあんたの親父さんと、そっちの二人のお兄さんが飲みに来ていたぐらいだけど……」
「どんな話していたか、わかるか?」
なんか嫌な予感がするとは思った。
サラサが思い出しながら話してくれるのを私は黙って聞いた。
二人はカウンターに座ることが多く、昨晩もカウンターの席に座って地酒とツマミを口にしながら自分たちの家族の話をしていた。
酒の有無は関係なく、二人の会話は大体は家族のことだ。
特にウルガーさんの機嫌が良く、いつもより酒が進んで、話を切り出した。祖母様がランドルフの婚約を考えていることを。
私とランドルフのことだとすぐに気付いて、サラサは喜んでくれたみたい。ただ、その会話が問題だったかもしれないと語る。
『母さんが直に見て、他所に盗られる前にうちのランディとお前のところのを婚約させたいと言い出してな』
『そうか、あいつも喜ぶだろう』
という感じに、「エマ」という固有名詞が終始出てこなかったらしい。
これじゃあ、誰かわからないじゃん。
これじゃない?噂の出所。
兄に向かっての「お前のところの」をエマって思う人どれだけいると思っているの?
その言い方だと兄の……レナードの妹じゃなくてレナードの娘のことだと思うよ?
だって、レナードの娘は私と十五歳なんだから!しかも、私より見た目はかわいい!ランドルフと並んでも見劣りしない美少女なんだから、そっちだと思うだろ!!
レナードは元から言葉数少ないし……ウル兄は雑!なんだよ。「エマ」って呼ばれた記憶がまったくないから。
間違いない。犯人はこいつらだ。
ヘリオもそう思ったのだろう。
立ち上がって、「よし、あのバカ共殺しに行ってくる」とさらりととんでもないことを言う。
こっちの兄の方が問題児だな……。
ランドルフ止め……って思ったら、そっちもダメだった。「ダナの方は任せろ」と物騒な雰囲気だ。
「エマこんなバカ共ほっといて、うちの子にならない?良い男も紹介するわ」
助け船?を出してくれたサラサに感謝!
答えに渋る様子を見せたら……。
「エマはグリの子だから何処にもやらん」
「最終的にはダナがもらうからぞ。いや、俺がグリにいっても……」
二人共、大人しく私の両隣に座り直した。
何の話をしているんだ?こいつら。
物騒なこと止めるならいい。
私は二人を放って、仕事に戻る。
お客さんが入り始めたから、続きは後だ。
ランドルフも戻らないと。
ヘリオは……いつの間にか、騎士を止めていたから、今は無職?家にお金は入れているみたいだけど……聞いたらいけないことだったら嫌だなぁ。
レナードとウルガーさんの話を聞いて、すごい表情していたし。犯罪者にならないことを祈る。
で、そのレナードとウルガーさんの話だ。
聞いていた誰かが勘違いして、他の人に話しちゃったのかな?
ミリィ……レナードの娘で私の姪であるミリアムまでその話を本気にしなかったらいいんだけど……。
でも、私、知っている。
こういうこと思った時って大体もう遅いんだってこと。
「ランディ~!あなたのミリィが会いに来たよ~!」
あなたのミリィってなんだ。
そんなミリィは知らない。
一緒に来たヘリオの目が死んでいるんだけど?
私とヘリオは、私の仕事終わりに騎士団に差し入れを持ってお邪魔した。……ヘリオは自分の食べたい物を見繕っただけだけど。
ランドルフはこの時間は訓練中だって聞いていたから、休憩の時にでも食べてくれたら嬉しい。
まだエトさんも団長代理をしているから、たぶん一緒に訓練しているんじゃないかな?
甘い物だから、きっと二人共喜んでくれる。
と思ってね。
ミリアムは私たちが来る直前に来たんじゃない様子。
私たちとは違う方から飛び出してきたから、他のところを探し回って、ようやく見つけたのか。
ミリアムの後方に騎士がいるから、案内させたか。
エトさんと剣を合わせている最中のランドルフに駆け寄っていく。
え?何やっているの?あの子。
隣の目の死んだ兄に「どうにかして」と言うと、直ぐ様動いてミリアムを軽く蹴り飛ばす。
蹴り飛ばすと言っても、兄にしてはだいぶ優しい。私の時は身体が飛ぶからね。ミリアムは横に転けただけだ。出来ても擦り傷程度。
兄さん、手加減って言葉知っていたんだね。知らなかった。
「痛ったぁ~い!」
倒れたミリアムは大きな声を出す。
本当に痛いのではなく、構ってアピールの時の声だ。大丈夫そうで良かった。
「もぉ、何なの?」と不服そうに自分を蹴った相手を見上げたら、目を丸くし、そして笑顔を作る。「ヘリオくん!」と甘えたように言って。
私にも気付いて、「エマちゃんも!」と。
エマちゃん、か。そんな風に呼ばれるのはいつぶりだろう。
学舎に入る前ぐらいから、私に対してだけ当たりがキツくなった。それまでは姉妹のような関係だったはずなのに、急に二人になると「おばさん」と言ったり、私の物を奪ったり。学舎に入ってからは友人たちを引き連れて、私と自分を比較させたり、私に苛められたと言って仕返しせたり、やりたい放題している。
学舎を出てからは顔を合わせることもまったくないから、気にはしていなかったけど……こうして合うとモヤッとした気持ちになる。
なんでもなかったように「エマちゃん」と呼んでくるこの子がわからない。
わかりたくもないけど……演出なのだろう。
駆け寄ってきた、自分を連れてきた騎士の手を借りて立ち上がる。
私たちと歳はそう変わらなそうな騎士は「ありがとう」と笑顔で言われて頬を染めた。入ったばかりの新人か?学舎で見たことある気がする。
でも、入ったばかりでもミリアムを止めなかったのは頂けない。団長と先輩が訓練しているのに、飛び出していく一般人を止めないなんて。
頬染めるぐらい気のある相手なら、止めろって思う。
浮わついている。
案の定、気付いたエトさんに叱られることになって。その間にミリアムが、訓練を一旦止めることになったランドルフに駆け寄っている。
私たちのことは気付いて名前を呼んだだけだ。それ以上は構う気はないらしい。
ヘリオには媚びていたけど。
「あれのどこがいいの?」
「悪いな。ああいうのが好きな奴の気持ちは俺にはわからん」
ランドルフに「おつかれさま~」と笑顔を向ける様子を見る私たち。
一般的に見た印象はかわいいのだろうけど、好きか嫌いかと言われたら……限りなくどうでもいい。
どうでもよくないのは……。
「ランドルフは好きだと思う?」
「どうだか……お前を可愛いって言っている時点であいつの目は腐っているからな」
どういう意味だ?
キッと睨み付ける。
意味なんてないけど、腹の立つことはこうして訴えておかないと。
「安心しろ。お兄ちゃんの目も腐っているから」
こういう返しが増えたなぁ。
私のこと、かわいいって?
「へぇ~、そうなんだぁ」
「腐ったのはお前のせいだから責任取れよ?」
「どうやって?」
「こうやって」
肩に手を回して、傷はあるけど綺麗な顔が近付いてくる。
あ~、キスしようとしてる~。
本気じゃない。ゆっくり近付いてくるから。
そう、ゆっくりだから、遮るための手を差し込むのに十分な時間があった。
ランドルフの遮る手は、そのままヘリオの顔も引き離す。
「ヘリオ……」
「俺が、悪いのか?余所見してるお前が悪いんだろ」
あ、ミリアムは?
…………うわぁ、こっち見ている。睨んでいるって感じだ。
ランドルフに近付いていってからミリアムがたくさん話しかけているようだったけど、こっちでヘリオがキスしようとしていたから途中で来ちゃったのかな?
邪魔されて怒っている?
ランドルフが目を向けたら、すぐに笑顔にして、変わり身が早い。
こういうの、女は得意なのか?私には出来る気がしない。
「エマももっと嫌がらないと」
「嫌がったら余計に調子に乗るけど?」
本当に調子に乗る。
嫌がるのを楽しむ変人だから、ヘリオは。
思い当たるのか、「んー」と眉を下げてしまうランドルフ。ヘリオのことになると結構するね、その困った表情。
「それはそうとぉ、ヘリオくんたちはなんで来たの~?ヘリオくんは騎士だったから、何か用事があるのはわかるけど……エマちゃんは用事ないよねぇ?」
ぜんぜん自分に構ってくれないことに業を煮やしたミリアムが私たちの会話に入ってくる。話題を変えて。
しかも、私に喧嘩売ってきた。
私が来る意味ないよね、って。
これは買うべきか?
ねぇ、買っていい?
いや、そんな大人気ないことはしない。
「休憩の時にでも食べてもらおうと思って、差し入れをね」
「そうなんだぁ。じゃあ、……これ!みんなで食べて!」
手に持った籠を見せたら、ミリアムはそれを奪うように取り上げて若い騎士に押し付けた。
こいつ……と思わないことはない。
私の笑顔、今引き攣ったかも。
せっかくランドルフの好きな焼き菓子も選んだのに……。
と思った私の救世主!エトさん!
「これは私が預かろう。……エマ様、後で頂きますね」
ひょいと若い騎士の手から取り上げたエトさんは、私ににこりと笑ってくれる。
差し入れの時はエトさんが好きって言った物も入れてあるからかもなぁ。
これには一瞬面白くないといった表情をするミリアムだけど、まだまだ押してくる。
自分の持ってきた籠をランドルフに渡して、「ランディのために用意したのぉ」と甘えた声を出す。
さっき転けたけど、中身大丈夫?
崩れていたら私のせいだね、それは……ごめん。
心の中で謝っておく。
「ありがとう」と受け取ることは受け取ったけど、「後で皆で頂くよ」と言い足していた。
ちょっとむぅとした表情をしてから、ミリアムはまた笑顔を作り、「また来るね」とめげずに帰っていく。
訓練には興味ないんだ。勿体無い。
ランドルフもヘリオも、エトさんまで若干疲れた表情だ。
ランドルフは若い騎士にミリアムから受け取った籠を渡し、持って行かせた。
大きな籠だから中身も結構量があったのだろう。若い騎士を見送ってから、「一人で食べられる量じゃない」と肩を竦めていた。
私が持ってきたのは二、三人がちょっと摘まめる量だ。それ以上は負担になる。持ってくるのは私たちだけじゃないし。畑の巡回があると、そこでお礼にと何か振る舞われることも多いから差し入れには事欠かない。
けれど、エトさんの持つ籠の中を覗いたランドルフは良い笑顔をする。
「後少ししたら休憩だから、エマも一緒にどう?」
「邪魔にならないなら……」
「なる訳ない」
訓練見るの好きだし、一緒におやつまで……と考えたら、喜んで待たせてもらおう。エトさんも許可してくれたから遠慮なく。
ヘリオと並んで二人の訓練を眺めていたら、「無駄に光ってんな、あのバカ」と魔力の効果でキラキラするランドルフを見て呟いていた。
……無駄なの?




