24、夜祭に見る夢の様に
こんな時に、そんな場合じゃないのに涙が出る。
泣き止まなきゃ、どうにかしなきゃ!
目を擦ろうとしたら、ランドルフに止められた。
泣く私を気にして、少し反応が遅れて危ない時がある。
どうしよう、どうしたらいい?
涙も止まらず、気持ちだけが焦っていく。
あぁ……またランドルフが危ない!と思って、庇おうとした。
…………ら、また!背中に衝撃がっ!!
【狼男の純情】
「バカは余計なことしないで避けとけ」
さっきより明らかに強く蹴られて、ランドルフごと倒れてしまった。
そんな私たちと騎士たちの間にヘリオが立って、棒を振るう。見事な横振りに、一人の騎士が飛ぶ。私が飛ばしたより高く、遠くにだ。
それを見ても、足を止めない騎士たちは普通の精神状態じゃない。黒い靄が見えているはずなのに、そちらに反応しない時点で普通じゃないのはわかっていたけど……。私が納屋?から出た時はざわついていた。たぶん、男が納屋の壁を破って飛んだのを見たから。そこに反応するなら、今のに反応しないのは可笑しい。
あの薬……惚れ薬を使うと、可笑しいことにも可笑しいと感じられなくなる。
こんな風に好きな人がなってしまっても、自分を好きになってほしかった?
自分の言うことを全部肯定してくれるような?
……ランドルフに、こんな風になってほしいの?
私は、嫌だなぁ。
好きにはなってほしいけど……これじゃあ、一緒に楽しめない。喜べない。
そんなの、哀しい。
また落ちる涙。
風が、柔らかな風がふわりと吹いた。
落ちた涙も、目に溜まった涙も、拐っていくように吹いた。
風の吹き方が可笑しい。
上に向かって吹くのに、木の葉を揺らさない。そこに行き着く前に止んでいる?
少し離れた場所にいる騎士たちの髪が私たちみたいに揺れていない。私たちのいるところだけ?
何なのか。今日だけで可笑しなことがいっぱいだ。
見上げた。
ただ、見上げていたら、突然弾けるように風が外に向かって吹く。
見える範囲で強い風が吹いた。
可笑しな風。
でも、私たちに何かある訳じゃないから、ますます混乱する。
「……エマ、落ち着いて」
「でも、おかしいよ?」
「大丈夫だから。俺がいるから」
「………………ん」
ランドルフが言うなら、って思ったまでは良かった。
確かに一度落ち着いてはみた。
でも、状況が落ち着けるものではない。
一緒に倒れてから、ずっと他を向けていて……今、気付いた。身体は起こされていたけど、ランドルフの脚の間にぺたりと座り込んで抱き締められているみたいな状況になっていた。
髪飾りにも触れられた気がして、うっわ……恥ずかしい!
「いちゃついてないで周り見ろ」
「!!?」
ヘリオの言葉に肩が跳ねた。
違う。別にいちゃついていないし!
先に周りに目を向けるランドルフの視線を追って私も周りを見る。
さっきまでこちらに剣を構えていた騎士たちが剣を下ろしていき、困惑した表情をする。
正気、に戻った?
「何か、したのか?」
「俺はばら蒔いただけだ」
「ばら蒔く?」
「あぁ……エマの魔力をな」
私の?
「薬の効果が消えるまで全員眠らせておけばいいが……」
ヘリオの場合の、眠らせるってのは全員殴って気絶ね。
「面倒臭いだろう?」
本音はいいから!
「丁度良く、エマが泣いたからな。……エマの魔力は薬の効果を消せる性質を持つ。特に、涙に大量に含まれているから、風に乗せて飛散させた」
え?そんな性質があるの?私の魔力って……。
結構広い範囲だし、いっぱい人いるけど、あんな量で消せちゃうの?
魔力ってすごい。
……というか、風に乗せてって何?
さっきの風、ヘリオが起こしたの?
可笑しいなとは思ったけど……魔法?なの??
丁度良く私が泣いたってのは聞き流せるけど、そっちは気になる。
ランドルフはエトさんに習う前から魔力を使う特訓をしていたから、実はヘリオもしていた?
ヘリオは風を起こせる魔力ってこと?
私の魔力がどんな性質があるとかも知っていたみたいだし、それについてもどうして知っているのか知りたい。
「百面相してないで、帰るぞ」
「え、帰るって……」
まだ片付いてなくない?
薬の効果は消えても、マリアンナが……。
と思っていたら、ヘリオがマリアンナに近付いた。そしたら、黒い靄が一纏めになって……。
開いたままのマリアンナの口に棒の先を突っ込んでより開かせるのを見た。
容赦無いな、私の兄は。
大きく開かせた口に、黒い靄が吸い込まれるように入っていった。
え?大丈夫なの?
全て収まった後、後ろに倒れるマリアンナ。
ちょっと心配になって、私も近付いた。ランドルフが手を離してくれなかったから一緒に。
どうなっているのか、わからない。
マリアンナの身体の黒さが消えていく。
薄くなるのではなく、一点に……胸元に集まるように。
容赦の無さは続いて、その胸元を結構乱暴に開く。
女の人、相手なんだけど……。
私もそこを見たから、どうこうは言えない。
谷間を作る胸の片側に、黒い痣があった。
それを見たヘリオは「上々だな」と一人納得した様子。
何が上々?
首を傾げる私たちを無視だ。
なのに、エトさんに「後任せるぞ」と言うと私たちの方を向いて、手を引いてきて……
「時間はギリギリ。優しいお兄ちゃんに感謝しろよ?」
耳元でヘリオの声がする。
ん?
瞬きをする。
さっきまでの景色とは違う場所にいた。
よく知っている場所で、知らない静けさ。
大きな、赤と青の二つのランタンが並ぶ前に……私とランドルフが手を繋いだまま立っていた。
これは、夢?
だって、コニファーの広場の隅だ。
年越しの祭の最中のはずで、人が少ないならわかる。でも、……誰もいない、なんてあり得ない。町の人も、出店の人たちも、誰もいない。
賑わっていた町とは違い過ぎて、現実味がない。
前も急に眠って……気を失った?ことがあるから、まただろうか。
あの時は夢を見たかも覚えていないけど。
これは、私の都合の良い夢。
そうじゃなきゃ、可笑しいでしょ?
ランドルフが、私を抱き締めるなんて……。
都合が良過ぎる。
これまで抱き締められることがあったとしても、助ける時とかさっきみたいにヘリオに足蹴にされて巻き込む事故ぐらいだ。
何でもないのに、抱き締められるなんて……夢、だよ。
「少しだけ、こうさせて……」
静かだから、聞こえるのはランドルフの声だけ。
少しだけ?ずっとでもいいのに。
身長差があるから、爪先で立って……というか、片足はすでに浮いて、両足が地面から離れそう。……力強く抱き締めてくれている。苦しくないように加減してくれて……。
夢だから、苦しくないのは当たり前なのかなぁ。
そう、夢なら……私からも、抱き締めていい?
昔は考え無しだったから、抱き付きにいくこともあったけど、今は鬱陶しがられたくなくて止めた。周りの……特にマリアンナみたいなタイプの女の人の目が怖かったのもある。だから、自分からは、出来るだけ触れないようにしてきた。
でも、今はいいかな?夢なら、誰にも何も言われないし……。
気持ちは恐る恐る、腕をランドルフの広い背中に回した。
一瞬、ぴくりと身体が震えた気がしたけど気のせいかな?
ちょっとしたことだから気にはならない。どうせ、夢だし。
ふふ……抱き締め合っちゃってる。
────ゴーン、ゴーン
鐘が鳴る。
年越しを告げる音だ。
マリアンナに拐われている内に過ぎちゃったと思っていた。
私が望んだことだからかな。
年越しはランドルフと一緒が良かったから。
こうして触れ合っていたら、新しい年も一緒にいられるから。
ランドルフに抱き締められて温かくて、ふわふわした気分になる。
夢だから?
夢だもの……普段言葉に出来ないことも言っちゃってもいいよね?
ランドルフの背中に回した手で、ぎゅっと服を掴む。
夢でも、ちょっと勇気はいる。
ランドルフ……
ランドルフ、あのね……
「私、ランドルフのこと好き」
言った。
言っちゃった。
夢だから、否定しないで。
「……知ってる。知っていたよ」
私の夢の中のランドルフだから、当たり前か。
「ずっと前から好きでいてくれたよね?」
「うん、初めて会った時から好き」
「俺も……初めて会った時から好きだよ、エマ」
本当に都合の良い夢。
上を向かされて、鼻の頭にキスをされる。
鼻の頭だけ?夢なら……もっと、ん~……でも…………。
私の想像力が貧相なせい?
い、言ってみたらしてくれるかな……。
「好き、なんでしょ……キスするの、そこだけ?」
恥ずかしいっ……。
夢なら、言わなくてもしてほしい。
けど、ランドルフは目を丸くする。
わかる。そういう人だよね、ランドルフは。
見上げて、催促するみたいになった。
催促しているんだけどね!
ランドルフがくすりと笑う。
笑われた……。
慣れた感じなんて私には出せないもの。
どうせ、お子様だもの。
顔、きっと赤くなっているよ。
「エマは大胆だな」
「そんなことっ……」
ない、とは言い切れない。
言葉を詰まらせる私は俯いてしまうけど、耳元で囁かれることにドキドキする胸がもっと激しくなる。
「したいけど、キスだけじゃ我慢出来なくなりそうだから……今は止めておく」
キスだけじゃ、って!?
我慢?何を??
今は!??
夢なんだよ?
次、この夢の続きを見れるかわからないのに。
それなら、いっそ……。
「キスより先は、三年早ぇよ」
え?




