19、失った現にさよならを
私たちの中で最初に動いたのはニーナだった。
固まる私を肘でつき、内緒話をするように耳打ちしてきた。
「エマ、エーマ!どういうこと!?まさか、例の?」
はい、例の年越しで一緒に過ごす男です。
緩やかに頷くと「何処で見付けてきたの?こんな良い男!」ともっともっと色々聞きたい感溢れる表情で言われた。
兄なんですよねー、とは今は言えない。
ヘリオは、私にその美しい笑顔を向け続ける。
【狼男の純情】
「え、ミオンさんはエマとは古い付き合いなんですか?」
私の右隣に座っていたニーナが席を一つ移動し、ミオンを座らせた。
聞きたいこといっぱいって感じだから、こうなるよね。
私も気になる、設定の話だ。
でも、両手に花の如く美しい男を両隣に座らせた、美形好きには羨まれる状態に置かれた私に嫉妬の視線が向いていたことで気が散った。特にマリアンナからの睨み付けるような鋭い視線が刺さってくる。
私が悪いんじゃないし。
気が散って、聞き逃している。
古い付き合い?私とミオンが?
「そう、親が親戚でね。昔からよく……という程ではないが、遊んでいたんだ」
「ミオンは今おいくつですか?」
「十九になるよ」
ふーん、そうなのかぁ。
頻繁には会えないけど親が親戚だから遊んでいた、と。ヘリオより歳上なんだ。
「それで、今日来たのは……」
「エマと一緒に年を越したいと思ってね」
さらりと告げる。
告げて、私の方を向く。
真剣という表情で、私の手をまた取る。
「出来たら、二人きりで過ごせたら嬉しい」
エマが嫌じゃなければ、と本当に綺麗な、それでいて少し照れた様子で言ってくる。
演技派だなぁ、兄さん。
私もなんだか……照れる。
わかっているけど、照れる。
兄にドキドキさせられるとは……不覚。
このまま「はい」って答えた方が良いのか。
悩んでいたら、取られた手の平に小さな紙が。誰にも見えないようにミオンの大きな手が隠してくれて、紙に書かれた文字を読む。
「……えっと、二人きりっていうのは考えさせて?」
「急過ぎてすまない。大丈夫、時間はあるからゆっくり考えて」
言い終わった後に手を握り込まれた。
ミオンの方を向いてから、ランドルフの様子がわからない。
気に、されていたりするだろうか。
ミオン越しに見るニーナの表情じゃわからない。ニヤニヤしているだけだもの。
美形に口説かれる私の演技に対してなのか、何なのか。
マリアンナの声がちょっと聞こえていたけど、聞き取れなかったし。
どういう状況になっているの?
ランドルフとはぜんぜん話せなかった。
ミオンが来てから顔もほとんど合わせられていない。
仕事に戻る前、一度「エマ」と呼ばれたけど、「また」はなかった。
私も仕事に戻っても、ミオンは店にいて私を眺めていた。
家まで一緒に帰ることになった。
「……ねぇ、ニーナたちに」
「親戚のお兄さんが協力してくれたことにしておけばいい」
「わかった」
サラサとニーナは知り合いだから、その方が楽かもしれない。
エトさんにもそれでいいか。
ミオンが協力してくれることになったって伝えないとな。
世間の狭さはこういう時に役に立つ。
ミオンと並んで帰ってきて、畑の方で土を弄っていたら、巡回だろうエトさんがやってきた。
団長を任せられるぐらい強い人は一人で巡回出来るのか……見えたのはエトさんだけだ。
辺りを見渡して、私たちに気付いた。
私に手を振ろうとしてくれたのか、上げられる手。でも、途中でピタリと止まり、笑顔が強張る。
「陛っ……!!」
へい?
声を上げようとして、自分の口を押さえた。
エトさん、どうしたのだろう?
動揺しているようだけど、ゆっくりと近付いてきてミオンをじっと見てから溜め息のような息をついた。
「失礼だね、お前は」
「それは此方の科白です。その御姿を悪用するのは如何なものかと」
「なんで悪用って決めつけるんだよ。お前こそ、他国に来たからって遊び過ぎじゃない?うちの可愛い妹まで使って。真面目で堅物な近衛騎士は何処に行っちゃった?お願いしたことちゃんとやってる?」
「貴方の日頃の態度の問題です。後、やるべきことはやっていますから、ご心配なく」
ん?んんっ?何、この会話。
「二人は知り合いなの?」
「部下と上司」
エトさんを差し部下、自分を差し上司、と言うヘリオ。
ますますわからない。
「ニューちゃん、この姿でエマの彼氏役やることになったから、しっかり協力しろよ?言い出しっぺなんだから」
「ご命令とあらば」
「それから、俺、療養も兼ねてだから、面倒事はお前が片付けろ」
「御意」
上司と部下の関係?
エトさんは他国の人だから……ヘリオがいない間にその国でそうなった?
エトさんが帰ってからまた聞いても、「その内話す」と言われた。
いつか、より、その内の方は近いだろうか?
気になるじゃん、早く話してよ。
ヘリオとエトさんの雰囲気からしたら、結構昔から知っていたんじゃないかって思うぐらいだ。
それなら、親友のランドルフだって。
エトさんを想っているんじゃっていうことが事実に思えてくる。みんなは否定するけど。
ヘリオと一緒にいる時間が長くなった。
ものぐさだと思っていたけど、意外と細やかに紳士的にミオンとして接してくる。
特にランドルフと会う時は顕著だ。
転びそうになった時はいつもランドルフが助けてくれていたのに、それより先に手を貸してくれる。
今までが何だったの?と思うぐらいに。
だって、ヘリオは誰より近くにいても私に目を向けるだけでランドルフが先に助けてくれたから。
こういうこと出来るなら、前からしてよ!と思った。
違い過ぎて、ヘリオの姿じゃないから、ヘリオってことを忘れそうになってドキドキする。
ドキドキしていたら、耳元で「この男に惚れるなよ?もう他の奴のもんだから」と低く囁かれる。
他の誰かの姿を借りているのだとわかった。
エトさんも、驚いて誰かを呼ぼうとしていたように思う。
その姿を、なんでヘリオが持っているの?
疑問ばかりだ。
日付だけが過ぎていく。
サラサのところで何度も顔を合わせるけど、ミオンの時にはランドルフとまったく話をしない。ただ、ミオンの話には耳をしっかり傾けているようだった。
で、ランドルフが帰った後にたまに店に残るマリアンナはミオンに積極的に話しかけていた。
聞いたら、「くだらないことだ」とヘリオは冷め冷めした表情をするだけで詳しく教えてくれなかった。
ランドルフだけじゃなくて、ミオンにもアピールしていたりとか……?
ちょっと気にはなるけど、気にしないといけないことがある。
今年も後数日になるから、そろそろミオンに答えなきゃいけない。という話の流れになってきている。
「エトさんの方にはランドルフから話はないの?」
「えぇ、ありませんよ」
エトさんがいつもの綺麗な笑顔をくれる。
ヘリオに対してとあまりに違って、別人のようだ。ヘリオにはまったく笑わないから。
ヘリオは嫌な上司だったりするのか?
あの後、一度「ヘリオ兄さんて……」と話しかけたら思い切り引き攣った笑顔をされたから止めた。
兄よ、この美女に何した?
それはそうと、エトさんにランドルフからまだ話がない?
ん~、私の読みは違うのかなぁ。
休憩時間にお邪魔していた。
甘いお菓子を差し入れに!
休憩が終わる前に帰ろうとしたら、ランドルフがエトさんに会いに来た。
これは、もしや……!?
本当にお邪魔にならないように出ていく。
二人に「また!」と声をかけてね。
閉めた扉からは中の会話は聞き取り難かったけど、「年越しの日の」とか「大事な」とか「お願い」とか途切れ途切れに聞こえてから、ついに誘ったのかもしれない。
ニーナたちに報告だ!
「ランディがエトさんを誘った」
昼がだいぶ過ぎた時間帯だから、客はいない店でみんなに知らせた。
全員が疑わしそうに私を見るのは何故?
誘っていたことは間違いないでしょ。
誘ってもエトさんがそれを受けることはない。予定では。
予定通り、のはず。
このまま当初話した通りに話を進めることにして別れた。
ミオンと一緒の帰り道。
この後のことを考える。
この後、私が……私は、どうするべき?
エトさんもニーナもランドルフがフラれることを前提に話を進めてきた。
そこに私も乗っかった。
……フラれることを喜ぶようなこと。
「本当に馬鹿だな」
ヘリオの声。
隣を歩くミオンが、ヘリオに戻っていた。
人の目が、と思ったけど家の前まで来ていて、私たち以外は誰もいなかった。
「お前に限ったことじゃあない。人は馬鹿な生き物だからな」
「私が何考えているか、わかるみたいな言い方」
「わかるに決まってんだろ」
兄妹だから?家族だから?
「それもある」
「本当にわかっているみたい」
「誘導みたいなもんだ。俺は事ある毎にお前に家族だから、家族なんだと言ってきた。そして、俺がお前のお兄ちゃんだと印象付けるような言い方もしてきた」
「なんでそんなこと……」
「本当の家族になりたかったからさ。お前の本当の兄になりたかった」
「………………」
……どういうこと?
まるで、違うって言っているみたいな言い方。
「今度はちゃんとお前の兄でいるから、お前もちゃんと妹でいろ」
今度、って何?
「哀しくても、苦しくても……逃げんな」
なんで、そんなにヘリオが哀しそうな、苦しそうな表情しているの?
「俺は違う道をえらんだ。だから、お前もちっちゃなエマちゃんのままでいないで……」
な、に……?
ヘリオの青い目を見たら、身体から力が抜けた。
意識が、飛ぶ……。
夢だ。
夢だとわかる、光景。
今の私よりも少し大きな私がいた。
前に見た、花畑の中に立つ私とは違う。
「ごめん、ごめんなさい」と謝っている。
誰に?……ランドルフだ。
私は、ランドルフに、泣きながら謝っている。
泣く私を抱き締める、腕は優しかった。
「泣かないで」と囁く声も優しくて、少し……哀しそうで。
「アイツのことを頼む」と言って、離れていく。
私から、町から、去っていく。
これは、本当に夢?
確かな温もりがあった。
その声を、その言葉を、その心を……
私は知っている。




