15、妄想は加減を持って
「私が自宅まで送りましょう」
少し話をしてから、そろそろ帰ることを継げたらエトさんがそう言ってくれた。
「え!?」と先に反応したのはランドルフだった。
「俺が送ります。ノワール卿も女性ですから……」
あれ、ランドルフの様子が昼と違う?
会った時から、エトさんを見るランドルフの顔は赤かったような……。
それにまだ仕事中だと思ったんだけど。
仕事じゃないなら、上司と一緒にいる理由は?エトさんは貴族みたいだから、家の関係もあるかもしれない。そういう人を持て成すために一緒にいたのかも?
なら、エトさんが私を送るのは問題があるのでは?ランドルフが私を送るのも。
「そうい……」
「私なら一人で大丈夫だから!」
あぅ……声被せちゃった。
エトさんにすごく失礼なことした……。
でも、今更だ。
「じゃあ、また!!」
頭を勢い良く下げてから、走って帰った。
後ろからランドルフの声が聞こえたけど、邪魔にはならない!
【狼男の純情】
家に帰って、夕飯はすぐ。
実は料理の出来ない母に代わって、父や兄たちが今に至るまで作ってくれている。
私も教わったけど……ぜんぜん上達しなくて諦められた。才能がないとどの兄かは忘れたけど、言われた。
ランドルフは料理が上手かった。簡単なものしか出来ないって言っていたけど、美味しいものを作れるのだから羨ましい。
そういえば、森で魚焼いて食べた時も獣のリコリスに促されて良い焼き加減に出来たな……私は獣以下、か。
努力が足りていない?そういう問題じゃない?
まぁ、追々考えていこう。
両親と囲む食卓。
聞き役に徹する父は置いといて。
母はおっとりして見えてどこで仕入れてくるのか、かなりの情報通だ。
私が話すより先に騎士団の団長にエトさんが臨時で着いたことを知っていた。
仲の良いランドルフの祖母様から聞いたのかなと思ったのだけれど……継いで出てきた話で決定付けた。
「え……エトさん、ランディの家に住むの?」
「彼女、他国の貴族なの。本人は丁重な持て成しの必要はないと言っている様だけど、公爵位になる人を安宿には泊める訳にはいかないもの」
貴賓ってやつかな?
公爵……爵位でいえば、一番上?
そんなすごい人だったとは……。
持て成せるのはランドルフの家ぐらいしかないということだろうか。ランドルフの祖母様の知り合いなら当然のことか。
あんな美女と一つ屋根の下かぁ……。
ランドルフ、ちょっと様子が違ったし、別れる時に何か言いたそうだった。
祖母様の知り合いということは、ランドルフとも知り合いってことだよね。
そんな風には昼は言っていなかったけど、知り合いじゃないとも言ってはいない。
臨時とはいえ、他国の上位の貴族にこんな田舎町の騎士団長なんて余程の仲じゃないと頼めないから、ランドルフだって知り合いだったのだろう。
……内緒にしていた?
内緒にしたいような人…………もしかして、ランドルフの想い人!?
んんっ、あれだけの美人で、騎士団長を任せられるぐらい強いなら……納得。
「……あなたが急に黙る時は間違った妄想に取り憑かれるのだから、いい加減にしなさいね」
途中で黙々とご飯を食べ出した私に、母は言った。
何が間違っているのだろう。
エトさんに声をかけたのも、同じ家で暮らすのも、ランドルフの祖母様たちがランドルフのことを想って計らったのかもしれない。
ランドルフの成人の式事前に!だ。
「とう思う?」
翌日、ニーナにこの考えを聞いてもらったのだけれど。
「……うん、あんたの発想力がすげいわ」
「褒めてる?」
「褒めてない!」
という感じで、ぜんぜん取り合ってはくれなかった。
ニーナはエトさんを知らないからだ。
私が男だったら、絶対に惚れている。
知っても、ライバルとしか思わない人もいた。
マリアンナだ。
ご飯を食べている時にエトさんのことをしつこく聞いていた。
町の中の出来事は一夜で広がるから、ランドルフの家にエトさんが泊まっている話はすぐに広がってマリアンナの耳にも入ったのだろう。
少し歳が上だけど、あれだけの美人が意中の相手と一つ屋根の下にいる環境。気にならないはずはない。私も気になる。
仕事場も一緒だから、急激に仲が深まるのではないか。そんな不安や焦りをマリアンナから感じた。
私は、終始一緒にいる訳じゃないんだから……と思うけど。実際は知らない。
ランドルフの祖母様からのお声でここに来たなら、その孫は信頼出来る相手として補佐につくことも有りそうだから。
食べながら、ランドルフたちの方を見ているとちらほらランドルフと目が合う。
……また、何か言いたそう。
でも、マリアンナが止めどなく話しかけてくるから相手になっていた。律儀だ。
食事中なんだから、マリアンナも少し遠慮しなよ、って思う。
ニーナは「無視したらいいのに」と私にだけ聞こえる声で言ったから、私も同意の意味を込めてにこりと笑った。
私には強気で来たマリアンナも、さすがにエトさんにはその強気を直接ぶつけることはなかったみたい。
また数日が経った夕方の配達時に騎士団の建物から出てくるエトさんに声をかけている少しふくよかな男の人を見た。
ニーナ曰く、町の代表面している商会の会長だ。
代表面しているからなのか、ちょっと偉そうに思える口調、態度で挨拶していた。
しかも、会長は声が大きく、何を話しているか教えてくれる。
牽制のようで……私の商会は多くの貴族と繋がりがあって力がある、娘とランドルフは懇意にしているから他の女が近付こうとしても無駄だ、と遠回しに遠回しに言っていた。
相手は他国の貴族だ。下手なことをしたら、国際問題に発展して自分たちの首が飛ぶ。そうならないギリギリで攻めていきたいところだろう。
終わったのか、離れていく会長。
エトさんは……眉を顰めて、小首を傾げていた。
わかる。いきなり突撃されて、言いたいことだけ言って去って行かれた状況だもんね。
あれの娘に勘違いして、黙って身を引こうとした自分がバカらしく思える。大事なのはランドルフの気持ちだから、私の身を引く云々は関係ないけど。
立ち止まっていたから、目についたのかもしれない。エトさんが私に気づいた。
「エマ様は今日も配達ですか?」
「こんにちはエトさん!はい、今回っているところです」
「そうですか。邪魔はしないので同行しても?」
「え、お仕事中じゃ……」
「これも仕事ですよ。着任して間もないですから、まだ町に詳しくないのです。エマ様は配達で町中を回っておられるでしょう?配達が遅れぬ様、荷は私が運びます」
重いですよ、と言おうとしたけど、野菜の入った箱を軽々と抱えるエトさん。
さすが!女性でも騎士なだけはある。
加えて、背も高ければ手足も長い。
私が必死に短い両腕で抱えていた箱を難なく抱えている。さすが!
立ち止まることなく、丁度良い速度で歩く。
町を覚え易いようにめぼしい店や看板、道を拙いながら説明していった。配達先でも、店の人に野菜を選んでもらっている間にその店の名物を教えたり。
エトさんはしっかり聞いてくれた。
本当に良い人だ。
この人とランドルフなら……と思わなくはない。
配達が終わったのはいつもと変わらない時間。
エトさんが箱を持ってくれたからだ。
重い荷物を持って説明して歩いていたら、遅くなっていたに違いない。さすが!
箱を持ったまま、「今日こそ、送らせて下さい」と言われる。
重い物を持ってもらって、更に送ってもらう!?恐れ多い。
美人なエトさんの帰りが心配だと言えば、「この町で私に勝てる者は数人ですよ」と。その数人が心配なんだけど、エトさんはその数人に目星をつけているようだった。
エトさんは話し易い人だ。
「エトさんは、ランディの……ランドルフのこと、どう思っていますか?」
だから、つい聞いてしまった。
思いがけない質問、ではなかったようで、変わらず穏やかな表情をしていた。
「……不器用で真っ直ぐな男、ですね」
「それだけですか?」
「好意を抱いているか、でしたら、好意はあります。……恋愛感情ではありませんが」
そう……なんだ。
「エマ様。エマ様は彼を好いておられるのですね」
「えっと……それ、は………………」
「隠す必要はないでしょう」
「でも、ランドルフは……その、エトさんのことを…………」
好き、なんじゃないかな……。
そしたら、私の気持ちなんて邪魔。
恋愛感情じゃないって言ったけど、一緒にいたら、そうならないとは限らないし。
「無いでしょう」
「え?」
「いえ、あの男が私を好きなんて天地がひっくり返ってもありえません」
「えええええええっ!?!?」
そ、そんな、無いこと?
っていうか、彼からあの男扱いに?
「何故、そんなに驚くのです?」
「え、だって、ランディには想い人がいるみたいで。それがエトさんじゃ……って思って。エトさんと一緒の時のランディ、ちょっと可笑しかったし」
「あれは、私が少しからかってやったからですよ。……私もあそこまで反応してくれるとは思わず、からかい過ぎてしまいましたが」
からかっただけ?
「何言ったんですか?」
「……内緒です」
えええええええっ……。
「ふふ……何れ、あの男から聞けますよ。私は、何があろうとエマ様の味方なので」
言い方が大袈裟過ぎません?
……味方って言ってもらえるのはすごく嬉しいけど。
「だから、一つ、提案があります」
にこりと笑うエトさんはこれ以上なく綺麗で……。




