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狼男の純情  作者: 一之瀬 椛
一章
14/35

14、新たな変化がもたらすもの


それを机の上に置き、眺める。


旅の終わりに贈られた物。

ランドルフの目の色と同じ、青いガラスのコップ。

ペアグラスの片割れ。


家に着いた時に箱を渡された。

そこで蓋を開けたランドルフは青い方に指先で触れて「気に入ったのは青いのだったな」と確かめるように言うから頷くと、赤い方を取り上げる。にこりと笑って「じゃあ、こっちは俺が貰っていい?」と。

ペアグラスなのに?……お揃いみたいに持てる?

と思うと、嬉しくなって「うん!」と私も笑った。


ランドルフは使うだろうか。

もう使っているかもしれない。


私も、大事に大事に、使おうかな。









【狼男の純情】









無事、家まで着いて家族に迎えられ、叱られることはなかった。

呆気にとられるぐらい何もなく、普通に夕飯を囲み、普通に自分の部屋で寝て、一日は終わった。

変わったことといえば、一番目の兄が私の顔を見に来たこと。本当に見るだけで帰っていったけど。


翌日、迷惑をかけたサラサにも謝りに行ったら、豪快に笑い飛ばされた。

あったりランドルフに連れ戻されたことを知っていた。誰からか聞いた訳じゃなく、予想出来たことだと彼女は言った。どういうこと?

ニーナは上手くやってくれているようで、サラサも気に入っているみたい。良かった。

で、もう一つ良かったのは、私もまた雇ってくれるということ!

丁度、一人辞めるから、お願い出来ないかと言ってくれたのだ。

今度は午前から昼の忙しい時間が終わるまで。

働かせてもらえる上、酔っぱらいの相手はせずに済む。

前より良い条件で喜んで、頷いた。

入れるなら、すぐに入ってと言われたのでさっそく明日の朝から来ることになった。

ランドルフともまたご飯を食べれそうで、嬉しい。


そのランドルフはすでに仕事に出ていると、昼に本人から聞いた。

前の日に上司と会った時に翌日から、つまり今日から出ると伝えたそうだ。

「大丈夫?疲れてない?」と聞いたら、「体力は有り余っているぐらいだ」と笑っていて。反対に「エマこそ無理しないでしっかり休むんだよ?」と言われてしまった。長旅に慣れていないのに魔獣にまで襲われたことは私が思っている以上に負担になっているだろうからと心配してくれたのだ。

でも、家で誰とも顔を合わせず、話もしない方がしんどい。

朝は早過ぎもせず、昼時間が終われば仕事も終わり。

しばらくは、仕事が終わったら大人しく家に帰ってゆっくりすることにしよう。


昼から入るニーナが以前の私のように少し早い時間に来て賄いを頂いていて、ランドルフとの昼ご飯に同席するのだけど……まさかの暴露話を始めたことで私の穏やかなご飯の時間は羞恥心にまみれる。

学舎に通っていた頃の不真面目な私の話をするなんて……。

ヘリオも同じぐらい不真面目だったみたいだけど、頭の出来が違い過ぎるから比べないで!と喚くことにもなった。

楽しい時間のままではあるけど、恥ずかしさはある。

代わりと言って、サラサからランドルフの学舎時代の話を聞けたことは良かった。おかげで羞恥心に耐えられたから。


そんな楽しい昼も初めの数日だけ。

何故か、あのマリアンナという女が来るようになった。

カウンター席に私たちは座るのだけど、当然のようにランドルフの隣に座って飲み物だけを頼む。

私たちが先に座っているところにランドルフが来て私の隣に座るから、座る並びは今までとわからないのが救い。

女の態度に、サラサもニーナも良い顔はしていない。

学舎時代の話になれば、私の方がランドルフのことを知っているのよアピールをしてきて、誰に牽制しているのかよくわからない。学舎時代ならサラサも知っているし、これまで接点のないニーナではないとしたら……私に?

女からペアグラスを買ったことが気に障ったのだろうか?買ったのはランドルフだけど。

他が見ていない時に私だけに聞こえる声で「私とランドルフの邪魔しないで」から始まり「あんたみたいな小汚ないガキが」「ブスが」と罵ってきた。

たまにこういうことはなくはなかったから私に対する言葉は気にしない。


そういうこともありながら、また何日か経った後。

ランドルフが来る前に先にニーナと二人席に着いて話をしていた。

少しして、もうすぐランドルフ来るかなぁと思っている私にニーナが思い出したように言う。


「ねぇ、エマ。あのマリアンナってチェイス家の娘じゃない?」

「ニーナ、知っているの?」

「知っているも何も、チェイス家はこの(コニファー)の発展に貢献した商会の会長宅ってことで一目置かれているんだから。有名よ?しかも、ダナ家に会長が自分の娘との婚約を申し込んでいるって噂もあるし」


ダナ家はランドルフの家のことだ。

ランドルフの家にあの人の家が婚約を申し込む?

つまりはランドルフとあの人がということか。

町の有力者同士の家なら、政略結婚もありそうではあるからウルガーさん……ランドルフのお父さんの後妻でも可笑しくはないかもしれないけど……。無理かな、ウルガーさんは再婚する気はまったくないし。

それにあの人がランドルフに気があるから、相手は間違いなくランドルフだ。

でも、ランドルフの祖母様(おばあさま)もウルガーさんも政略結婚には良い顔しない人たちだから無いだろうなと思う。どちらも大恋愛して今に至るらしいから。

どちらも、パートナーに早くに先立たれたこと以外は今が一番幸せだと語っていた。

今が一番幸せ、かぁ。

私もそう言えるようになりたい。


婚約申請の話を聞いて、「へぇ~」と洩らした。

あの強気は家のこともあったんだな。

ランドルフの相手として見たら、あの人はないなとは思うけど。

……もちろん、私の方が!と言えるほど私の人間性も良くはない。大丈夫、そこはちゃんと理解している。

素っ気ない反応を返した私にニーナは肩を竦める。


「ランドルフさんがあの人にまったく気は無いのは見ていてわかるけど、あんたももっと積極的にいかないとランドルフさんの隣も盗られちゃうよ?」

「それは……」

「嫌な男子のことは積極的に殴りに行くのに、なんで恋愛になったら消極的なの」

「うぅっ」


バレてる。

ニーナには好きな人いるのは話したけど、ランドルフとは言っていないのに……。

後、私、そんなすぐに殴るような暴力女じゃないよ?え、違うよね??

……ますます自信失くなっていく。


女もその父親もかなり積極的で、強引なところもあるから気をつけた方がいいと言ってくれた。正直、どう気をつけたらいいのかわからないのだけれど。


奥で作っていた賄いが出来て、受け取ってからまた席に着いた頃にランドルフがやって来る。女も一緒に。

店の入り口に立つ姿を見て、隣のニーナは「待ち伏せて来たな」と呟いた。


いつも通りに私のもう片方の隣にランドルフが座り、この後もいつも通りかと思ったのだけど……。

すぐに定食を出してくるサラサが「一緒に来たのね」と刺々しく言った。お盆の置き方がちょっと乱暴だったのは気のせいじゃない。

ランドルフは気圧されているように「マリアンナとは店の外で会ったから」と苦笑した。

ニーナの言う通り、待ち伏せだったみたいだ。

それなのに、良いタイミングで会えたと言い、「運命ねぇ」と甘い声で笑っていた。

そんなこと恥ずかし気もなく言えるこの人をある意味尊敬する。私はそれを感じても恥ずかし過ぎて言わないけど。


昼の会話はたまに昔話をしながら、大体はその日その日の話だ。

私たちは変わらない何でもない話をした。

何でもない話なのに、笑顔で聞いてくれるランドルフが好き。


そのランドルフの話は、騎士団内の変化だった。

実際はもう少し前からあった変化らしい。

騎士団を休んでいる最中に騎士団長の不正が明らかになって解任されていたのだ。国から町の防衛にと当てられた多額の経費を使い込んでいたとか……。

本来なら、それで魔道具を揃え、防衛強化をしなくてはならなかった。

町に魔獣が現れた時にはすでに横領していて、使うべきところに経費を当てられていれば防げた事態だった。とのこと。

解任はもちろん、町自体を危険に晒していたことが重い罪となった。おこぼれに与っていた人たちと一緒に。

で、臨時で仮の騎士団長が来たのだ。


ランドルフの祖母様(おばあさま)の紹介らしい。

二十代前半ぐらいの女性、と聞いて驚いた。

女性の騎士は少なからずいるけど、長を任されるほどの実力者はこの国にはいないし、他国でも珍しいという。

午前中に少し訓練に参加した、団長さんの実力は本物だろうとランドルフは言った。

上位の、ここの騎士団では実力が認められて、近々王都に近い町に行くんじゃないかと言われている騎士たちを叩き伏せるほど。

王都や王都に近い町は特に防衛が強化されている場所だから、実力者しか呼ばれない。

そこに呼ばれるかもしれない人たちを?

強い女性!憧れる!!

私も会ってみたい!

ランドルフの話に夢中になってしまった。

サラサやニーナは感心していて、マリアンナは退屈そうだった。

私みたいに思ったのは、私だけ?

ランドルフは「エマなら興味持つと思った」と笑っていたから、いいや。


そう思った夕方。

夜から開く酒場があるから、この時間帯にも配達することがあった。

夕方に時間が出来たことで駆り出されたのだ。

朝昼と違って、お酒のツマミを作る程度の少量を求める店を回らされていた。

いる分だけ選んでもらうから、回り終わっても野菜はちょっと余る。

それを抱えて、大通りを歩いた。

帰りのランドルフに会えるかな?とちょっと期待して。


結果としては会えました。

会えましたけど!隣に長身のすごい美女がいた!!

ランドルフと並んだ身長差からして、百七十は確実。黒い、真っ直ぐな長髪。目鼻立ちがしっかりして、少し気が強そうな目尻の上がった目をしている。でも、その澄んだ碧からは優しさも感じられた。

この辺り……というより、この国にはあまりいないだろうなと思う雰囲気の美女だ。


「ランディ」と恐る恐る声をかけたら、反応したランドルフに継いで美女も振り向いた。


「エマ!もしかして、配達の途中?」

「ううん、終わったから帰るところ」

「そうか。……あぁ、ノワール卿、彼女は俺の親友の妹でエマと云います」


卿?美女は貴族?

ドレスじゃなくて、この服は……騎士?

あれ、これはもしかして……。

って思っている場合じゃない。挨拶挨拶。


「はじめまして、エマ=グリです!」

「グリ?……なるほど。私はこの度コニファーで臨時ですが、騎士団を預かることになりました、ニュイテトワレ=ノワールと申します。エト、とお呼び下さい」


昼に話していた臨時の騎士団長さん!なんだ。

うわ~、こんな美人なのに強いんだ。すごい!

私みたいな小娘にも丁寧だし。

「エトさん、ステキ」とうっかり声に出したら、にこりと微笑んで「ありがとうございます、エマ様」と。

エ、エマ様!?

ランドルフの家の執事さんやお手伝いさんたちには呼ばれたことがあるけど、美女に呼ばれると威力が違う。

女性にこんなにドキドキしたの初めてかもしれない。


そんな私を、何か言いたげな表情(かお)をしてランドルフが見ていたとは知らなかった。






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