13、本当の邪魔者は誰か
一日に二、三の町を渡った。
食事や休憩を挟み、夜は宿に泊まることでしっかり休んでいるから問題はないという。
私としても、馬車にお金をかけなくて良い分、その町の名物を食べたりと観光を楽しめるから有難い。
馬車だと途中獣や盗賊に襲われる危険があって、護衛の騎士を雇わなければならないという義務的なもののせいで代金がかなり跳ね上がるから宜しくないのだ。ランドルフも騎士だけど、管轄外ではダメらしい。
そうして、浮いたお金で楽しみながら、たった数日でコニファーの手前の町アーティフィルまで戻ってきた。
ランドルフも一緒に楽しんでいたと思う。
面倒をかけてしまったけど、良い思い出になった。
もう少しで終わる二人の時間に寂しさを感じた。
この感傷もすぐにぶち壊されたけど。
【狼男の純情】
町から町への移動時は抱き上げられたままだ。
もう自分が重いんじゃないかという恥ずかしさはない。移動の度に軽いと言われ、行く先々の町で必要以上に食べさせられたから、もう気にしない。太ったとしても、また今までの生活に戻れば痩せるだろう。贅沢していないし!いっぱい動くし!
抱き上げられることへの、距離感が失くなることへの、恥ずかしさに耐えれば何とかなる。
無心を心がけました。
無心過ぎて表情が死んで、ランドルフには「エマどうした?」と心配されたけど。
密着度が高いから、表情が緩みそうになるし、私からも思い切りぎゅ~っと抱きつきたくなるから、その衝動を抑えるには無心になるしかなかった。
ランドルフは何も言わなかったけど、可愛くない顔がもっと可愛くなくなっていたと思う。
下ろしてもらってからは、手を繋ぐ。
ここ数日で習慣みたいになった。
人で賑わう町も多かったから、はぐれないように手を繋ぐようになっていた。しかも、恋人同士が繋ぐような繋ぎ方!そっちの方が人混みに揉まれても手が離れ難いから、らしいけど……ドキドキした。ドキドキして、たまに無心になるよう努めた。
本当にデートしているみたいだったなぁ……。
思い出して表情が緩むのを引き締める。
コニファー側から来る人が利用している入り口に歩いて向かうことにする。寄り道しながらになるだろう。
野菜の配達でよく来る町だから、変わらない雰囲気に帰ってきたんだなぁと思った。
コニファーまでは歩いても半時しかかからないから、後は歩きだろうか。
今は昼から一刻ぐらいの時間。
十分日暮れ前に着くし、もう少し二人でいたい。
家に帰ったらお説教が待っているかも……。放任主義でも叱られる時は叱られる。
今の内に幸せ気分を満たして、辛い時間を凌ぐのだ。
そのために、歩こう!と言わなければ。
「ラン…」と声をかけたところで、邪魔が入る。
ランドルフの名前を呼ぶ女性の声が私の声を遮ってきた。
誰よ!と思ったけど、表情には出さず、声のした方を見る。
知っている、女性だった。
知り合いじゃなくて、知っているだけ。
遠めから見るだけだったから顔は知らないけど、緩やかに波打つ明るい茶色の長い髪は……ランドルフとよく一緒にいるのを見かける、件の想い人らしき女性だ。
これは、手を離してもらった方がいい?
繋いでいた手を離して引っ込めようとしたら、強く握られて離れなかった。
あれ?私、まだ逃げると思われている?
「やっぱりランドルフだわ。久しぶりね。騎士団を長く休んでるって聞いて心配してたのよ?」
「やぁ、マリアンナ。見ての通り俺は元気だよ。町を少し離れる用事があってね」
近付いてきて、にこやかに話しかけてくるマリアンナと呼んだ女性にランドルフも笑顔で応えていた。
私は空気になっておくべき?
とりあえず、じっと二人の様子を見る。
……色気も何もない世間話ばかりだ。
マリアンナの方はもっとお近づきになりたい雰囲気で甘い声を出しているけど、ランドルフは気にも留めていないし、触れてこようとするのを制している。
制した時に作った笑顔に変わるのを感じた。ちょっと迷惑そうだ。
……なんだ、件の想い人はこの人じゃないんだ。
これまで見たのは、この人から積極的に接していっているところを見た私が勝手に勘違いしただけ。ちゃんと見ていればわかったかもしれないけど、女の人と一緒にいるところは見たくなかったから……。遠めからじゃ、ランドルフの表情がわからないし、本当にその人と一緒にいて喜んでいたら苦しくなる。
でも、いるんだよなぁ……想い人は。
目の前の女はあまり気にならなくなった。
女の立ち話は長くて、飽きたという感じで他に目を向けて腕を少し揺らす。
空気にはなれず、気付いたランドルフが女に「そろそろ俺たちは行くよ」と話を打ち切る。
相手は今私に気付いたかのように、少し垂れた褐色の目を向けてきた。
「だぁれ?」
「ヘリオの妹のエマだ」
「貴方の親友のヘリオ?そう、ヘリオの妹さんなのね」
親友の妹、を強調された気がする。
「かわいい子ね」と言うけど、なんか……言葉に棘を感じた。
しかも、あっさり放してくれない。
「コニファーに帰るんでしょ?良かったら、うちの馬車で送るわ」
余計なことを……。
「私の用事はもう終わってるから、これから帰るところだったの。半時も妹さんを歩かせるなんてかわいそうよ」
畳み掛けてもきて、断り難い。
半時なんて余裕で歩ける体力はあるけどね!
……疲れているのはランドルフの方だ。
気は乗らないけど、「ランディも疲れているでしょ?」と女の提案に乗るように促した。
ランドルフは「エマがいいなら」と言ってくれたから、頷いた。
女もコニファーの人間で、こちらの町に買い付けに来ていたらしい。
コニファーは農業を主とする町なら、アーティフィルは工芸を主とする町。コニファーでも多くこちらで作った物が売られている。
どうやら、女はアーティフィルの工芸品を仕入れてコニファーで開いている自分の店で売っているのだ。
荷馬車には工芸品の入った幾つもの箱が積まれていた。
人が三人乗るにはちょっと狭いんじゃないかな?
…………思った通り、狭かった。
狭いついでに、苛立つこともあった。
女は二人ギリギリ座れそうなスペースにランドルフの腕を引いて密着して座り、小柄な私なら座れる隙間に追いやった。
「狭くてごめんなさい」と、「妹さんが小柄で良かったわぁ」と三人乗れるか不安だったのというように困り顔で言う。
狭いところは落ち着くからいいけど、目の前でベタベタされるのは腹が立つ。
スペースが狭いから仕方なくという表情をしているランドルフと、必要以上に密着してご満悦な女。
腹は立つけど、滑稽だ。
少しの時間、我慢すればいい。
無心、無心。
と思っていたけど、女が自分の目利きの良さを自慢したいのか、仕入れた品を見せてきた。
「妹さんにはこの良さはわからないかもしれないけど」と言われた通り、渋さのある焼き物の良さはわからなかった。手触りは良かったけど。
私が首を傾げて見ていたから、ランドルフは助け船を出してくれる。「ガラス細工はある?」と。
少し渋りながらランドルフに言われたからか、ガラスで出来た綺麗な飾りや器を出す。
それは私も心踊った。
細かい物は壊してしまいそうで触るのが怖くて見るだけにして、手に取ったのはガラスのコップ。日の光に翳したら、青が綺麗に輝く。……ランドルフの目のようだ。
「それ、ペアグラスか?」
「そうなのぉ!とってもステキでしょ!」
私の手にしたコップが入っていた箱にはもう一つ、同じ形に同じ柄の赤いコップが入っている。
女も気に入ったものなのか、食い気味に言う。
「年が明けたらすぐ私たちの成人を祝う式事があるじゃない?それが終わったら結婚する子や恋人同士で一緒に暮らし始める子が多いからペアの物が求められることが多くてね、今回は他にもたくさん仕入れてきたのよ」
こっちも見て、と食器以外にも意識させるような恋人同士でつけると幸せになれると噂のアクセサリーまで出してきた。
男性用の方をランドルフに渡し、手に残した女性用を自分に当てて見せて「かわいいでしょ?」と上目遣いで可愛い笑顔を作る。豊満な身体を更にくっつけていく辺りに厭らしさがあるけど。
まぁ、下心があったり、流され易い男なら引っかかりそうな手法だ。
イラッとして、手にしたコップを割らなくて良かった。
私はそういうアクセサリーより、このコップがいいな。
もう一度、日の光に当てて綺麗な青を見る。
「エマ、それ気に入った?」
「うん」
「そっか。……マリアンナ、これ幾らになる?」
店に並べる前で悪いけど、と言うランドルフに女は「え?」と目を瞬かせた。思ってもみなかった、というように。
赤いコップの残った箱を引き寄せる女と少し距離が縮まると、垂れ目の目尻を目一杯吊り上げて睨まれる。
私、結構怖がりだけど……怖くなかった。
この流れだからね、私に買ってくれようとしているのが女にもわかったのだ。
ランドルフと向き合う時に表情を戻して、赤いコップを見せる。
「で、でも、これはペアグラスだから一つだけじゃ売れないの」
「もちろん二つセットで買うよ」
相手は子どもとはいえ自分以外の女に贈る物を自分が売ることに抵抗があったように見えるけど、改めて、幾ら?と聞くランドルフに女は渋々答えた。
丁度、話がついたところでコニファーに着く。
支払いも終えたコップの入った箱はランドルフが持ち、女ともここまでと思ったのにまだしつこく話しかけてくる。
帰りたいんだけど……。
畑のある我が家は、今いる町の入り口とは反対側にあるから、立ち止まりたくない。
騎士団の建物がここから目と鼻の先にあるから、声をかけてくるんじゃないだろうか。長く休暇をとったみたいだし。
案の定、直後に声をかけられた。
無視出来ない上司だったようで、私に「待ってて、すぐ戻るから」と言い行ってしまう。
隣には女がいる。
ランドルフは私にだけ待っているように言ったから、横からの刺々しい空気感が強い。
「あなた、彼の親友の妹だからっ甘え過ぎじゃない?たしかサラサのところで働いてた子よね?いきなり止めて、町からも飛び出していったって言うじゃない。彼に迷惑ばかりかけてどういうつもり?今は親友が町にいないから、その親友の代わりにあなたみたいな面倒な子どものこと見てあげてるんてしょ。だから、余計な手間かけるんじゃないわよ」
「…………」
「可愛げもないのね」
フン、と鼻を鳴らす女は言いたいことを言っていく。
間違っていないこともあるから、否定はしないけど……ランドルフのことを真に思って言っている言葉ではないから肯定もする必要はない。
ランドルフが戻る直前まで横から女の愚痴が聞こえていた。
戻ってきたら、途端に甘い声でランドルフの名前を呼ぶ。……変わり身が早い。
もっと話したい女を軽く制して私の顔を見たランドルフは「エマを早く休ませたいから」と私の肩を抱いて歩き始める。
女は残念そうに「またね」と見送るしかなく。
その、また、にはランドルフが返すことはなかった。




