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狼男の純情  作者: 一之瀬 椛
一章
11/35

11、喜ぶ気持ちは萎む


ハッとした。


うん、まさにハッとしたように目が覚めた。

知らない天井。頭だけ動かして部屋の中を見たけど、やっぱり知らない場所だった。


ここは何処?


なんで、ここで寝ていたの?









【狼男の純情】









まずは起き上がって自分の姿を確認した。

森を走り回っていた時の汚い服のままでベッドを汚しちゃっている。

部屋にある鏡で顔を見たら、疲れた私が映っていた。

まぁ、当然だ。

森を走りまくって、魔獣にも襲われたのだから。

「あ」とつい声を出してしまった。

髪飾りが、無い。

ベッドに戻って探したけど、無かった。

森で落としてしまったのだろうか。

荷物も無いし。


あれからどれだけの時間が経ったのか。

誰がここまで連れてきてくれたのか。


森は広いから、走っても一日で出られるとは思えない。十日は歩き続けたからね。

でも、広大という割には思いの外早く町のあるところに着いたのではないだろうか。中には入れてもらえなかったけど。

またいつか入れてもらうとして、問題は今。

もしかしたら、あれから数日経っていても可笑しくないということだ。


窓の外を見たら、見たことのない町だけど魔導大国(フィゴナ)ではないのはわかる。ランドルフに連れて行ってもらった大きな町に似ているから、戻ってきたのだろう。

ただ、場所がわからない。

故郷(コニファー)から一番近い国境の町を目指して森に入ったのだけど、そこは故郷(コニファー)と変わらない田舎町で、ここはそこより明らかに大きい。

建物も大きなものがあるし、塔のようなものまである。

大きな建物があるのは、大きな町の証拠。


田舎に建てられたとしたら、領主の屋敷か、聖地認定された土地に神殿か。

後は、貴族の別荘……と言いたいけど、畑だらけの田舎に好んで建てる金持ちは少なくともこの国にはいない。

ランドルフの家が特殊なのだ。

騎士団の建物も大きいのは、ランドルフの祖母が元貴族で彼女の実家が彼女の安全のために立派な建物を用意したから。建物だけじゃなく、騎士の数も一般的な田舎町より多くいる。

国境沿いの町ではないから、異例の待遇だ。

まぁ、田舎町だけらこその平和ボケがあって、対応が悪い時もある。魔獣が現れた()()()がそうだった。

設備も他の小さな騎士団より良いものが揃えられていて、魔獣を感知する道具もあったのに反応を見過ごした。

すぐに行動したのがランドルフだけだったけど、私はそのおかげで助かった。

ここもなかなか大きな町だから、設備はしっかりしているだろう。

……平和ボケしていなければいいけど。


部屋の扉をちょっとだけ開いて、外を見る。

宿かと思ったけど、誰かの家か?

それにしては生活感が無さ過ぎる。

人の気配も……今のところ感じない。薄暗いし。

そっと部屋から出て、目の前の階段を下りる。

下の階を見て回った。

お風呂があったから、使わせてもらえないだろうか。


あ、荷物が無い。

お風呂を使わせてもらえたとしても、着替えは全部そこに入っているから無かったらお預けだ。

全財産も、失くしたことになる。

森に落としてとしたら……終わった。

いやいやいや、まだそうと決まった訳ではない。

私をここに連れてきてくれた人を探そう。

きっと良い人だ。

きっとお金も着替えも返ってくる。


家の中には誰もいなかった。

じゃあ、外だろうか。

扉を開けたら、気持ちいい風が吹き込む。ちょっと冷たいけど。


鬱蒼とした薄暗い森の湿った空気や大きな魔獣の生暖かい吐息しか最近は感じる機会がなったから、清々しい気分だ。

吹かれるなら、晴れの日のさっぱりとした風が良い。

次はあの森を通るのは止めよう。


扉越しに見た町は、白い壁の建物が建ち並んでいた。

二階から三階、四階までありそうな建物もある。

ここは住宅地になるのだろうか。

この家の持ち主は何処だ?

近所の人でも良いから、話を聞きたい。

と思う時ほど、人の往来がない!

日頃の行いの悪さだって、兄たちには言われそう。何度か言われたことがあるし。

そんな悪いことしてたかな?

……今回は、勝手に家を出てきちゃったこと?

んー…………そういう時間帯なのだろう。

ほら、お日様が真上っていうよりちょっと低い位置にあるから、みんなまだ仕事をしていたり、家の中でお昼の支度をしているんだ。

もう少し大きな通りに出たら人がいるかも。

この家の持ち主がわからなくても、町の名前や場所は教えてもらおう。


さて、右か左かどっちに行けば……と扉から手を離そうとしたら、上、二階から音がした。

扉を開けて締める音だろうか。二回した後に、声がして、慌ただしく扉が開く音がする。


「……マ!」


誰かいる。

この声って……。

外に向けていた足を、中に向けた。

薄暗い階段の上を見上げながら近づこうとしたら、目の前がパッと光る。


「エマ!いた!」


気づいたら、抱き締められていた。

……ランドルフだ。

しっかりとした腕と胸板にぎゅうぎゅう絞められてちょっと苦しいんだけど。

抱き締められている喜びは私にもあるけど、加減はしてほしい。百八十センチ近くある男と、百四十センチにこの間やっと到達した小娘の体格差を考えて!

でも、私に文句を言う資格は無いか。

勝手なことして迷惑かけたのだから……。


「また、いなくなったかと思った」


ほんの少し腕を緩まる。

……あぁ、ここに連れてきてくれたのはランドルフだったんだ。

見つけたのに、あの部屋からいなくなっていたから慌てた?


「……ごめん、なさい」


勝手にいなくなったこと、心配させたこと、捜しに来させたこと、……危険に晒したこと。そして、好きな人に心配してもらえるのはやっぱり嬉しいと喜んでしまう自分がいること。

たくさんのごめんなさいの気持ちを込めた。

「無事だったからいいよ」とまたぎゅうと抱き締められて、ドキドキする。

……もうやめて!

助けられた時は不可抗力だけど……こうして真っ正面から抱き締められるのは子どもの時以来じゃないだろうか。いや、子どもの時もなかった。幼い子どもの無邪気さに託けて、私が抱きつきに行った気はする。

あああああああ!!恥ずかしい!

って、ちょっと待って!

よく考えたら、私、今すごく汚ないんだけど!!!

こんな、抱き締められて……臭くない?

……また気を失ってしまいたい。

ダメ、汚ないままが継続するだけだ。


「ラ、ランディ……あの、私、ずっとお風呂入っていないの。だから……」


意を決して言うと、じっと見つめられた。

そんなに見ないでほしい。どんだけ汚ないかわかっちゃうから。


「気が回らなくてごめん。浴室はそっちの扉」


うん、知ってる。さっき確認したから。

その前に、だ。


「着替え……私の鞄に入っているんだけど、知らない?」

「それなら俺が預かってる。今持ってくるよ」


ランドルフは階段を上がっていく。

あ、よく見たら、私の寝ていた部屋の隣にもう一つ部屋がある。

そっちにいたのか。

部屋出てすぐ見えた階段下りちゃったから、上は勝手に部屋一つだと思っていた。


「これだよな?」と差し出されたのは、私の鞄で間違いなかった。

やった!返ってきた私の全財産!!

抱え上げて、ぎゅ~っと抱き締め喜ぶ。

喜ぶ私の腹は空気を読まずに盛大に鳴った。

止めて!こんな時に!!

ランドルフにくすりと笑われて、恥ずかしさを誤魔化すように「じゃあ、お風呂借ります!」と浴室に飛び込んだ。

一回二回ノックがして「そっちにある物は自由に使っていい」と、「ゆっくり入って。その間にご飯用意しておくから」と声をかけてくれた。

ううっ……ランドルフ、好き。

普段見ていた格好よりラフで、寝起きなのかな?と思える寝癖付きだけど、好き。

格好良いだけじゃなくて可愛さもあるなんて……好き。


時間がかかっても、身体を十分に磨いて綺麗にした。

見たことのない高そうな香油があって、ちょっとお借りした。私の好みど真ん中の柑橘系の香りだった。……これ貰っちゃったらダメかな?


お風呂から出ると、ランドルフから声をかけられた。

「何?」と返す前に、耳に何かが差し込まれる。

……あ、髪飾りだ。

鞄と一緒に渡されなかったから、失くしたのかなと思っていたのだけど……あったんだ。良かった。

嬉しくて、好きだなぁとまた思う。

「ありがとう」と笑うと、ランドルフは目を瞬かせて私を見た。ほんの少しの間だ。そうして、「うん」と満足そうに微笑む。


その後は、作ってくれたご飯を食べながら、お互いのここまでの話をした。

私からは、ランドルフへの気持ちは隠して、急に外の世界を見てみたくなったと説明したら納得された。

あれ?ランドルフの中で私ってそんな子なの??

あの兄たちにして、この妹あり。ということか。……覚えていろよ、兄共め。

まぁ、納得されずに掘り下げられるよりマシか。

ランドルフの話はちょっと思っていたのとは違った。


我が家(うち)は放任主義で、突然出ていっても捜すことはしない。家族だから多少の心配はするけど。前触れもなく家を出た兄たちに対して、そうだった。

心配して捜しに来たのがランドルフだから、家族はいつも通りなのだろう。…………と思ったら、違った。

父と母はいつも通りみたいだけど、一番目の兄は捜しに行こうとしたらしい。それをランドルフが代わったのだ。あっちは妻子ある身だもの。


心配はしてくれていたのだろうけど……そっかぁ、兄の代わりかぁ……


来てくれたことに喜んだ気持ちは萎んだ。






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