静かな食堂にて
夕食の時間の過ぎた食堂は、人気もなく、静まり返っていた。
印章魔法欲しさに、勢いで来てしまったが、そもそも、なぜアナスタシア様の言うなりに動かなくてはならないのか。悪役令嬢云々の話も、私は信じられない。さっき、アンナがオロオロしていたのはちょっと気になるけれど、、、
さあ、こんなところに来ても、印章魔法が手に入るわけもない。勇気を出して、隣の部屋の人にでも聞いてみたほうが良いわ。
私は、食堂入り口から中を窺うのをやめ、女子寮へ続く廊下へ戻ろうとした。
その途端、何かにぶつかった。
「大丈夫?」
ぶつかってよろけた、私を、がっしりとした腕が支えてくれた。灰色の瞳が、私の顔を覗き込んでいる。
「し、失礼しました!」
慌てて体勢を立て直す。
「あれ、君は、、今朝、殿下と一緒にいたよね?」
「殿下?」
「ラインハルト殿下と、一緒に歩いていなかったっけ?」
歩いてましたよ、、ああ、目撃者の一人なのね。
「講堂の所在が分からず、道を教えて頂きました。」
「そうだったのか、、でも君、もう有名人になっちゃったね。」
そう言って、イタズラっぽく歯を見せて笑う。浅黒い肌に白い歯が光る。
「有名人?」
「殿下に出来た女性のお知り合い、、、殿下はあまり女性と会話をされないからね。」
「そうなのですか?とても親切で、気さくな方でしたけど」
「まあ、紳士的ないい男だからね。おっと、、こういう言い方は少し失礼だったかな。」
「私のモモンガを可愛がってくれました。ほら、モンモン、ご挨拶を。」
モンモンが胸のポケットから顔をのぞかせた。
ヒューと、彼は軽く口笛を鳴らした。
「君、珍しいの連れてるね。モンモンて、名前?きみがつけたの?」
「はい。モモンガだからモンモン。あ、でもライには笑われちゃったけど、、」
「ライ?」
「ラインハルト様のことです。そう呼べと言われました。」
「こりゃあ、、驚いたな。いや、びっくりだな。」
今度は彼は、驚いたと言いながら顔は真面目だった。一体何だというのだろう。
「殿下をライと呼ぶ女の子なんて、初めてだよ。君、相当気に入られたんじゃない?ええと、、名前、名前、なんだっけ?」
「マリー·ロークです。ウェスラード村から来ました。」
「ウェスラードからということは、貴族では無いんだね。ますます面白い。俺はダッシュだ。ダッシュ·ストーム。よろしくな。」
「はい、よろしくおねがいします。」
なんだか、お知り合いになった感じね。そうだ!
「あのう、、よろしくついでに、ダッシュ様にお願いしたいことがあるのですが、、、印章魔法教えて下さい!!」
「印章魔法?なんの?」
「書物に記名したいの。」
「こりゃまた、、ははっ、オーケー。お安い御用さ。」
は、また白い歯を見せて、ニカッと笑った。