突然の来訪者
コンスタンティ王国の都から東、馬車に揺られて1週間ほど行った国境近くに、小さな村がある。
『ウェスラード』村民が100人ほどで、ゆったりのんびり暮らしている。それが私の生まれ育った村だ。特産のビワは、よその村のものより大きく、イチジクくらいの大きさがある。
私が、両親と共に暮らす家の庭にも、大きなビワの木があり、今は白い小さな実をつけている。
そんな、穏やかな冬の昼下がりに、騒々しいお方はやって来た。
「マリー·ロークの家はここかしら?」
村に来訪者は珍しい。手の空いている村人たちは、馬車の音を聞きつけ、ゾロゾロと集まってきていた。
庭先でニワトリに餌をやっていた私は、来訪者に目を向けた。誰かしら?とてもきれいな人。
「私がマリーですけど、、」
「まあ!マリー!!本物のマリーね!!会えて嬉しいわ!!」
見知らぬ令嬢は、急に抱きついてきた。だ、誰?どこかで会ったことあるのかしら!?
戸惑う私に、令嬢はそっと耳打ちした。
「ごめんなさいね、驚かせてしまって。あなたに大切な話があるの、、家の中で、お話させていただけないかしら?」
家の中で、改めてよく見ると、彼女は非常に高貴なお方なのだろうな、ということが分かった。
ウェスラードでは見たこともないような、ふんわりしたドレスを身にまとっていて、髪には何か宝石のような飾りが着けてある。
波打つ豊かなプラチナブロンド。ため息が出るほど白い真珠のような肌。目鼻立ちはハッキリとしているが、それでいて派手すぎず、しとやかだ。
同性ながら、目を奪われずにはいられない。
お姫様、、なんだろうな、、。あまりにも自分と違いすぎて気後れする。
「私に、なんの御用でしょうか。」
口に合わないのではないかと思いつつも、粗末なカップにお茶を淹れ、令嬢の前に置きながら私は尋ねた。
「まあ!ありがとう!」
意外にも、彼女はカップを手に取り、嬉しそうに口をつけた。
「ああ、ホッとするわ。なにしろもう一週間も馬車で旅してきたものですから、こんな風にテーブルでお茶を戴けるなんて、、」
そしてまた、一口。
「あー!美味しい!!」
随分と、マイペースなお方だな、、でも、嬉しそうに微笑んでいる。お茶を入れたのは正解だったかな。
「さて、、時間もあまりないので、本題に入らせていただくわ。あなたがマリーで間違いないわね?」
「はい。私がマリー·ロークです。」
「マリー·ローク。ウェスラード村生まれの16才。碧い瞳に、ストレートのブロンド。うん、間違いないわね。」
まあ、、そうですね。
「私は、アナスタシア·クラウディ。クラウディ公爵の娘よ。」
ほほー、、公爵様、、とても偉い方なのは分かりますが、なにしろ田舎者すぎて、それ以上のことが、分からない!!
「それで、公爵様のお嬢様が、なんの御用ですか?」
「そんなに警戒しないで。でもとても大事な話なの。実はね、私、異世界から転生してきたのよ。」
は?
「お願い、頭がおかしいとか思わないで最後まで聞いて。とにかく、私には前に生きてた場所があって、生まれ変わってというか、こっちの世界にやってきたのよ。」
「それは大変でしたね。」
適当に話を合わせて、さっさと帰っていただこう。
「私の転生に関する顚末はさておき、この世界は乙女ゲームの世界だということが分かりました。」
「はあ」
「簡単に説明すると、王都にある『聖ブライティア学園』在学中に、ヒロインが攻略対象5名と愛を育み、ハッピーエンドを目指すというものです。」
「ふむふむ」
「ヒロインの恋愛を邪魔する悪役令嬢もおります。ラインハルト王子の婚約者です。」
「なるほど」
「ちなみに、悪役令嬢はこの私、アナスタシア。ヒロインは、あなたです。」
うわー、私がここで登場するのね。凄い妄想だわ。
「ヒロインは、攻略に失敗すると、死にます。」
「へっ!?」
「そういう声を出すのは、品がありませんわよ。おやめなさい。ちなみに私も、たった1つの攻略ルート以外では死にます。ざっくりいうと、ギロチン、毒殺、メッタ切り、または国外追放、となります。」
「そうなんですねー」
なんだか穏やかでない言葉が並んでいるけれど、妄想だから仕方ない。ここは暖かく見守ろう。公爵令嬢を追い返すわけにもいかないし。
私はそう思って、にっこりと微笑んでみせた。
「信じてらっしゃいます?」
「はい」
笑顔。
「やはり、信じられませんわよね。」
アナスタシア様は、ふう、とため息をついた。