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1 憎むよ、ネオン

 「由良先生!締め切りに間に合うんですか!?」


担当者が鬼のような形相でこちらに詰め寄ってくる。由良はどうどう…と言いながら後ずさった。机の上には原稿とカップ麺の空が乱雑に置かれている。それを見ながら、彼女は眉を寄せた。


「先生!また不規則な生活して!異世界転生という流行りにあやかろうとするから書けないんですよ!」

「しょうがないだろう!?私だってこんな恋愛したいんだよ!書いてみたかったんだ!」

「恋愛小説家なのに彼氏いたことないですもんねぇ!」


彼女は高笑いをし、文句を垂れ流す。

 今だったら抜け出せないか…と、余計な事を考え、右脇を静かに通ろうとしたとき、それを阻まれた。


「先生ぇ…?どこへ行かれるんでしょうか?」


先程とは打って変わって目を弓なりに反らせている彼女。


「……あー、飲み物買いに行くんだよ。いいだろ?」


まぁ、それ位なら…と渋々といった様に手を離した刹那、由良は近くのコンビニへと走った。騙すことなんて造作もない。そう思いながら笑みを浮かべた。

 ……と、同時に周りがざわめいている事に気づいた。しかし、ここは羽目を外した若輩が何かをしでかす様な町だ。日常茶飯だろうとそれを無視しようとした。


「うわぁああ…!!」


突如、鈍痛が頭に走る。視界が揺らぎ、いつのまにか頬がコンクリートに付いていた。

 ここで終わりか……。彼氏居なかったな……。

 目を細めながら、由良は思う。どうせなら異世界転生とかさせてくれないかな。というか、何故トラックじゃなくて、パチンコのネオンなんだ。

 最後の力を振り絞り、パと縁取られているネオンを睨む。


 「バイバイ…、せ、かい…」


それが最後に放った言葉だった。




****




 小鳥が囀ずる気持ちの良い朝。マンダリンオレンジの髪が、窓から差し込んだ陽の光に照らされている。


「ぁあ…」


欠伸をしながら、首を左右に傾ける。


「ハリエット様?お目覚めでしょうか」


三回のノックの後、柔らかな声が耳たぶを揺らす。入ることを許可すると、彼は恭しく部屋の中へと入った。


「おはよう。…ところで、エディ、私の名前はなんだ?」


突拍子もない質問に、部屋に入ってきたエディという青年は訝しげな目で彼女を見る。


 「ハリエット・クグルス様ですが…」

「他に情報は?」

「クグルス侯爵家の一人娘であり、奥様のご要望により、男して生活。現在は御年十二歳。明日で十三歳を迎えられますね」


 彼の返答にハリエットは『ふむ…』と顎に手を添えた。

 私は由良であり、ハリエットなのか。異世界転生…したんだな……。


「……は?え?えぇえええ!?」

「ハリエット様ぁ!?」

「エディいい!どうしようぅ!」


 キノコの様に切り揃えた頭を掻きむしり、ベッドの上で暴れまわる。


「あ、私のマッシュルームヘアがぁあ!」


一通り暴れまわった後、息を切らしながら思考を巡らせる。

 由良──本名、由岐良子──はあの日、死亡した。病院には運ばれたが間に合わなかった。そして、どういうわけか異世界転生を果たしていたのだ。そして、ハリエット・クグルス。これは由良の書いていた小説に出てくる人物だ。立ち位置は…


 「アリスティの取り巻き……!」


 彼女の書いていた小説の内容は乙女ゲームの悪役令嬢に転生した少女が、乙女ゲームのヒロインの魔の手から逃れ、推しキャラである腹黒な公爵令息と結ばれるというものだ。ヒロインの名前はアリスティ。彼女は悪役令嬢─ヘレナと同じく転生者であり、公爵令息が好きなことも同じだった。その結果、何故か好感の高いヘレナを陥れようとし、失敗に終わってしまう。それに協力していた人物がハリエット。ハリエットは自分よりも優秀で、誉め称えらる彼女を妬んでいたため、その様な行動に出た。ハリエットはその後行方知れず。アリスティは修道院送りとなる予定だった。

 予定だった、というのは、まだ物語が完結していないためである。ストーリーを締め切り前になっても変えるつもりだったからだ。

 というか、この世界には転生者が三人いるってこと…?いや、ファンタジー世界だし、許容範囲だけれど。頭を押さえながら溜め息を漏らす。


 「あのですね、ハリエット様。取り敢えずお着替えいたしましょう」

「あ、エディ、トラウザーズを取ってくれ」


エディからトラウザーズを受け取り、次々と着替えていく。


「にしても、もう十三歳となられるのに、女の子にはなられないのですか?」

「さあ?母さんが養子を迎えると言われていたからな。きっと、私は政略結婚に使われるだろうし、女の子になるだろう」


 それほどメインではないキャラでも、私の知らないところで色々あるんだな。と思いながら鼻唄を歌う。

 すると、バンッと大きな音を立てて、ハリエットと同様のマンダリンオレンジの髪をした女性が入ってきた。


 「ハリエット!見て、貴女のお兄ちゃん、リードよ」

「はあ…」

「あ、あと、ハリエットは女の子になって良いわよ。あと、そのキノコはやめなさい!結婚頑張って!」

「キノコではありません…!マッシュルームヘアですぅう!」


 ここまで来ると、清々しいというほどに、自身の娘を政略に使う母を醒めた目で見つめる。しかし、侯爵夫人を得ても尚、金にも権力にも貪欲な母のことは嫌いではないというハリエットも、ハリエットだ。


 「えぇと…、リード様…いえ、お兄様とお呼びしても?」


問うと、彼は眉を寄せて頷いた。


「私のことはハリエットとお呼びください。彼は私の侍従であるエディです」


エディは笑みを浮かべて、一礼した。


「……じゃあ、リードのことは明日の誕生日パーティーで発表するわね!」


ご機嫌な様子で母は退出した。


 「女の子なのに何でそんな格好なの」

「……え?」


彼女が退出して、何を話そうか迷っていた時、彼がそう言った。ハリエットは笑みを浮かべ、事情を説明しようとした。


 「……変だよ。気持ち悪い」

「なっ…」


リードは息を吐いて、部屋を出た。


 「何なんだ!あのお兄様はぁあ!」

「ハリエット様、わかりますが、落ち着いてください!」


 それから、暴れるハリエットを落ち着かせるために、約一時間かかった。





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