妖怪
どのくらい気を失っていただろう。
意識が徐々に戻ってくるのを感じる。
痛みは…ない。
そして意識が戻り最初に目に映ったのは黄色味がかった草が生い茂る一面の草原だった。
さっきまであった道路も、突っ込んできたトラックも、きゃーっと叫んだ女の人も、いない。
唖然としたがすぐに俺は察する。
死んだ。
ここは死後の世界か。
イメージではやんわり光が差す花畑が一面に広がってると思ったんだが、枯れかけの草なのか。初めて知った。
立ち上がりキョロキョロと見渡すが三途の川らしきものもない。
ただただ草原。遠くに山と森が見える。
広いな。死後。父さんと母さんもいるのかな?
探してみるか。
不思議とすんなり死を認めている自分がいる。
生きていても何も楽しくなかったからかな。
俺は森に向かって歩きだす。
なぜ森に向かっているかはわからないが、森を抜けた先に何かありそうな気がなんとなーくする。
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どれくらい歩いただろうか。
歩き始めて1時間くらいだろうか。
死後の世界にも雨は降るのか、土が少しぬかるんでいて歩きにくい。2ヶ月前に買った白のスニーカーが汚れてしまった。
ようやく森に到着する。
遠くから見ても広そうな森だったが近づいてみるとさらに果てしなく広そうに感じる。
奥が暗く、何も見えないからか。
不気味とはここの為に作られた言葉なのかと絶対に違うのに思ってしまうほどに不気味。
ただ俺は不気味な森に入るよりまた何時間も歩いて引き返すことの方が嫌だった。
草原は黄色味がかっているが森の木の葉や草は緑だ。濃く、暗い緑だ。
俺はその濃緑に足を踏み入れる。
真っ直ぐ。ただひたすら真っ直ぐ進もう。
死後の世界だ。熊や蛇もいないだろう。
俺は森を真っ直ぐに直進する。何も考えず。
何か考えたら恐怖心を煽る不気味さに屈しそうだから。
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30分くらい歩いただろうか。
死んでも生きてる時と体は変わらない。
疲れる。疲れれば腹も減るし、汗もかけば喉も渇く。
「水…」
つい口に出す。
1時間そこそこでこの森から出られるなんて思ってはいないがいったいどれだけ歩けば抜け出せるのか。
次第にそんなことばかり考えるようになってきた。
そんなことばかり考えるようになったおかげで恐怖心は忘れた。
ガサガサ。
「はぅ…っ!!!!」
急に草が擦れ合う音がしたではないか。久々の自分以外が発する音に驚きのあまり「はぅ」が出た。
「何者だ!!」
低い声。冷静ながらもこちらを威嚇する低く重い声。
人?死後の世界初の人?
姿は…見えない。木々に反響しどこから聴こえているのかもはっきりしない。
俺の位置はバレてるだろう。
「あ、あの〜…僕まさに今日死んじゃって…新入りです〜…なんちゃって…」
声が震える。普通に怖い。だって死後だもの。言ってしまえば幽霊だもの。
「はぁ??何を言っておるのだ貴様。どこの国の者だと聞いておるのだ!」
荒くなる言葉。より一層威嚇味が強くなる。
「え!?に…日本!…です…。逆にあなたは…国違うんですか…?」
「ニホン?聞いたことないな。適当な事をぬかしおったらタダじゃおかんぞ!」
相変わらず姿は現さない。
「え…いやあなた日本語喋ってるじゃないですか!適当な事言ってるのはどっちだ!……ですか!」
「何の話だ!わけわからんこと言いよって!とにかく貴様は玉藻の国の者ではないな!捕らえる!」
「な…なんだ!タマモ…?世界地図見るのが好きな俺でも聞いたことないぞ!…ですよ!」
ガサガサガサガサ!!
後ろか!!
よくわからないが偉そうでムカつくから返り討ちにしてやる!!
俺はバッ!と後ろを振り向いた。
ん?
直径1m50cm程の球体に30cm程の手足が生えており球体の真ん中には1つ目がある。
「タマモの領土ぞ!貴様を禍仇怪とみなす!」
…なんかよくわからないが……ヤバイ気がする。