カナリア姫の物語
あらあら、まだ眠れないの?
困ったぼうやね……それじゃあママがお歌を歌ってあげましょう。え? ふふふ、いえいえ冗談よ! そんなにあわてないでちょうだい。お歌のかわりにお決まりの昔話をしてあげましょう。
今から少し昔のことです。ある村にあるこじんまりしたお屋敷に、一人の少女が住んでいました。少女の名はカナリア・カナリ・カナリヤ。少女はもともとは村のみなし児でした。流行り病ではやくに両親を亡くしたのです。
けれどもカナリアはすぐにお屋敷に引き取られ、何不自由なく暮らしていました。どうしてでしょうか?
実は通りがかりのある神さまが、生まれたてのカナリアに恋をして――たぶんロリコンだったのでしょう――彼女に特別な能力を授けてくださったのです。それは歌の能力でした。彼女が歌えば、どんなケガも病気も癒せるというのです。
『そんな能力を授かった愛らしい子ども』ということで、みすみす死なせてはいけないと、心優しいお屋敷の人は彼女を引き取ったのでした。本当は歌の能力なんてあんまり関係なかったのです。お屋敷には腕のいい名医がたくさんいらっしゃいましたしね。
カナリアは村のみんなから『カナリア姫』と呼ばれていました。その呼び名の通り、みんなから姫さまのように大事に大事にされていました。
そんなカナリアには、小さい頃から愛する人がいたのです。名をマルコ・マルウ・マルメロという、幼なじみの青年でした。マルコはお屋敷で働く執事でした。そして『愛し合っているから』という当然の理由で、カナリアと結婚の許しを得ていました。
『さあいよいよ婚礼の準備を始めようか』という時期に、ひとつの悲報が飛び込んできました。どこから話が漏れたのか、この国の第一王子がカナリアを献上しろと言うのです。
珍しい物好きで愚かな第一王子のこと、神さまのお気に入られた歌姫を手もとに置いて、権勢を民に見せつけようという肝でしょう。
「困った、これは困ったことになったぞマルコ! わたしは一体どうしよう?」
おろおろと取り乱すカナリアの丸い肩を抱き、マルコは頼もしい口調で告げました。
「大丈夫、いつものように王子の面前で歌えば良いさ。そうすれば全てがうまく収まるから」
そうきっぱりと断言されて、カナリアは半信半疑ながらも王子のもとへと赴きました。そうして自分の歌い方で、一生けんめい声を張りあげて歌いました。
――いやいや、その歌の下手なこと! 怪獣が難産をしているような声! そうです、カナリアは人々を癒す歌い手ではありますが、歌そのものは聴けたものじゃなかったのです!
王子はしばらく目を見張っていましたが、やがて両耳に手でふたをして泣くような声で叫びました。
「ああ、もう良いもういい! 両の鼓膜が爆発しそうだ! 帰れカナリア、もうお前の歌は十分だ! 故郷に帰って、二度と再び王宮の床を踏むでない!!」
カナリアは少し傷ついた顔をして、それでも帰郷の命令に少し微笑って頭をさげ、王子の部屋を後にしました。
大きな廊下にはもうマルコが迎えに来ていました。カナリアは半分眉をひそめて微笑いながら、マルコの胸にこつんと拳固をくれました。
「いつもの通りに歌えとは、そういう意味だったのだな。今の今まで思い当たらんわたしもわたしだが……」
「ふふ、まあ良いだろ? こうして二人連れ立って、またあの村に帰れるんだから」
マルコはにこやかに姫の手をとりました。そうして「お疲れさまです」としみじみ二人をねぎらった老執事に耳打ちしました。
「どうもお騒がせさまでした。……しかし第一王子がこんなで、この国の未来は大丈夫ですかね?」
「どうぞご安心を。次の国王は悪評高い第一王子さまではなく、お姿もお頭も麗しい第二王子さまなのだと、出どころの確かなうわさでございます」
その言葉を聞き、二人は今度こそ心の底から安心し、村へと帰ってきたのでした。
……あらあら、まだ寝つかれないの? しょうがないわね、それじゃあやっぱりママが歌ってあげましょう!
「わあ! カンベンしてよママ! もう一人でもちゃんと寝るから!」
甘い悲鳴を上げた息子は、胸もとまで毛布を引きあげて満足そうにこう言った。
「それじゃあおやすみ、カナリアママ!」
カナリアと名を呼ばれた母は、マルコそっくりの息子のほおにキスをした。それから「おやすみ」とあいさつし、夫婦の寝室へ戻っていった。
すっかり所帯じみて、それでもなお美しい『カナリア姫』は、世界で一番幸せだった――おそらく他の幸福な家庭の母とおんなじくらい、世界で一番幸せだった。(了)
以前書いた短編を掌編仕立てに書き直しました。