七話
○灯影の鯨
映画館は好きだ。映画ではなく映画館が、だ。
朦罵とはよく映画に行った。
映画のチョイスは全部彼に任せてた。でも誘うのは大体僕だった。
彼は上映中、よくいろんなことを呟いていた。周りの客に聞こえないくらい小さな声でだけど、隣の僕にはいつも聞こえてた。
ある時、二人でハリウッドの有名なアクション映画を見に行った。あらすじは確か、何の変哲もない少年がある日超能力を手にいれて闇の組織と戦う、とかいうありがちなストーリーだった。
だが、意外なことにその主人公は終盤で命を落としてしまう。自らの命を犠牲にして敵組織のボスを葬り去るのだが、中盤までのストーリーが比較的にコミカルな感じだったので、主人公の死は衝撃的だった。
そして朦罵は、
「いいな……羨ましい」
と呟いていた。
その意味がなんだったのか。当時はさっぱり分からなかったし、今でもはっきりと自信を持って言える回答など持ち合わせてはいない。だがそれでも、あの一言は朦罵の本質を表している言葉なんじゃないかと思う。
____思い出を振り返っている間に、上映が始まった。僕が今日見に来たのは最近話題になっている邦画アニメだ。独特な世界観と芸能人が声を当てていることが売りのなかなかメジャーなチョイスだったが、なんだか無性に見てみたくなったのだ。
出来れば朦罵とも来たかったが____今の僕らの関係性では無理な話だろう。
だから僕は一人で映画を観賞する。
僕の頭に寄生した彼の言葉が、時折鼓膜を揺らしてくれるのを期待しながら。
_____と、意味不明な妄想をしていると、前野席がやけに騒がしいのに気がついた。
「先輩、そのチュリトス一口もらえません?」
「あぁ、いいけど……って、一口でか過ぎだろ。食べ過ぎだってば」
「そんなにケチケチしないでくださいよ。ほら、私のあげますから」
カップルだろうか、二人の男女が痴話喧嘩をしていた。上映中にお喋りなどマナー違反もいいところだが、なんだか微笑ましいと思った。
きっと彼らは__特に彼女の方は、きっと自分のありのままの意思を抱えて生きているのだろう。僕は彼の独白を聴き続けて、同情してしまって、彼の言葉に寄生されてしまったから、いつだって彼の独白が頭で響いている。永遠に溢れ出る湧き水のようにそれは止まることはない。そして挙げ句の果てにはその清水を使って創作までしている。見方を変えてみれば、僕は本当の自分を見失っているとも考えられる。
だが目の前の二人の少年少女には、純粋な心がある。
普通だ。きっと、僕が見上げるべき人達なのだろう。
目の前では、未だに菓子を取り合う二人の喜劇が上映されていた。