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休息

○白春砂


私は、休息をとっていた。

長い、長い仕事の中で、疲れを感じていた。


私の仕事は誰かが私に命じたものでもなく、誰かが私に押し付けたものでもない。かと言って、私が善意を持ってやっている仕事でもない。


ただ、自分の過ちを正そうとしているだけだ。

私が犯した過ちで多くの人々が死に絶えようとしている。だから私はそれを阻止するべく奮闘している。



「まぁ、今のところ結果は芳しくないんだけどね」


私は縁側でお茶を啜りながら、誰の耳にも届くことのない現状報告をした。


「砂ちゃん、おはぎ持ってきたわよ」


「わぁ!おばあちゃん、ありがとう」


祖母がつぶ餡たっぷりのおはぎをお盆に乗せて持ってきてくれた。


「さぁ、お食べお食べ。......それにしても、一人で急に来てくれるなんてびっくりしたわ」


「ごめんね、突然押し掛けたりなんてしちゃって」


「いえいえ、久しぶりに孫の顔が見られて嬉しいわ。向こうの街に行ってから随分と戻って来なかったから」


祖母が私の頭を撫でてくれる。


______私は人知れず思いが溢れ出て、今すぐにでも祖母に抱き付いて泣き叫びたかったが、さすがにそんな行動は奇怪だし祖母に余計な心配をかけることになる。


「最近学校はどう?お友達とは仲良くやってる?」


祖母がおはぎを頬張る私を笑顔で眺める。


「うん。みんな仲良くやってるよ。この間もね、」


体育館で瓦礫の下敷きになって皆死んじゃったのを見たの。それでもう数百回目になるタイムリープを実行したんだけど私自身の精神に限界が来てもう頭がおかしくなりそうになってどこか安らぐ場所に行きたくて、そこで思い当たったのが大好きなおばあちゃんの家で、一人で電車を乗り継いでここまで癒されに来たの。______なんて、全て話してしまうのも悪くないが、それは些かナンセンスというものだ。

だから私は架空の思い出話を祖母に聞かせ、祖母は私に昔の出来事を話してくれた。

戦時中のお話、私の両親が子供の頃のお話、私が小さい時に仕事で出張の両親に替わって祖母が私の面倒を見てくれていた時の話。

どれも聞いたことのあるような話だったが、退屈ではなかった。


「それでね、砂ちゃん毎晩なかなか泣き止まなかったんだけどね。金魚の歌を歌うとすぐに泣き止んだの」


「......金魚の歌?」


「そう。あーかいべべ着た可愛い金魚、おめめをさませばごちそうするぞ、ってね。それで、いろんな色の金魚を歌ってあげたわ。砂ちゃんのお気に入りは虹色の金魚だったかしらね」


「あー、なんとなく覚えてる」


本当に記憶の片隅にあった。

自分が散々金魚の色を祖母にリクエストして、挙げ句の果てには全色をミックスした最強の金魚が出来上がってしまったのを覚えている。


「もう随分昔のことなんだけどねぇ。今でも昨日の事のように思い出すよ」


祖母が遠い目をして言う。


昨日の事のように感じる____________停滞した時間を過ごしている私にはありふれた感覚だ。

いつも頭の中では己を苛む声と、"龍令"を止まるための珍案奇案が頭の中で渦巻いている。

そんなハードな頭の使い方をしていると、頻繁に過去の事を思い出すことがある。恐らく、現実を現実として直視できないからだろう。きっと今の現実はいずれ私のタイムリープによった改変されて現実ではなくなるから、その時その時に見ている仮初めの現実を蔑ろにする。


「ほんと、私も懐かしいよ」


縁側で足をぶらぶらとさせて、私も答えた。


「そうかい。でもね、砂ちゃん。あなたは振り替える過去よりも心待ちにする未来の方が長いんだから。あなたにはもっと、楽しい事が待っているはずなのよ」


祖母が私の手をそっと握った。

厚い皮膚で覆われていて、暖かくてたくましいその手は私が最も欲しているものだった。


「そうだね、おばあちゃん。でも、私が未来を向くには、まだやらなきゃいけないことがたくさんあるの」


私は祖母の手を握り返してそう言った。


「......きっとできるわ。砂ちゃんなら」


祖母が笑って、私は照れくさかった。

本当に出来る気がしてしまうんだから。



_________以上、私の体感する数百年の時間の中の、ほんのささやかな休息の一時でした。






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