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九話 『 超常の常 』

「はあ……、いい歳をした男がテンパるなよって感じっすね。自分みたいな子供相手にキョドってたら気持ち悪いだけなんで――――それとも」

 

 そう続けるサンタコスの女の子はつまらなそうな目で天月天を見据えたまま、開いた胸元を更に見せつけるように、小指の先で引っ張って見せた。


「こーゆー年頃が大好きで興奮してるんじゃねぇーでしょうね。ロリコンっすか?」


 数秒そうして天月天の様子を窺っていた女の子は「じょーだんすよ」と言うと、アイスパックに残ったアイスをドロリと飲み込んだ。口の周りに白く残るアイスの跡を舐めとって、ベッド横の冷蔵庫の更に横にあるゴミ箱に(から)のパックを投げ捨る。

 それからベッドの周りを軽く流し見て、ベッドにお尻を半分乗せるような形で腰を下ろした。ずり上がったスカートから覗く未成熟な白い太ももには、プラスやマイナスのドライバーがベルトの様な物に何本もぶら下げられている。


「まあ、ここが集中治療室(ICU)じゃない事で、先輩が大した怪我じゃないって分かるから、あなたが答えなくてもいいんっすけどね」


 少女は布団の上に出ていた『赤錆』の腕を気遣わしげに撫でた。表情に安心が浮かぶ。

 そんな少女の話を聞いた天月天は、肩から力を抜く様に息を吐き、椅子に座り直すと『赤錆』を見下ろした。


「そうなんだ。なら、よかった」

「……。本気、っすか?」

「うん、よかったよ」

「どうして、そう思えるんで?」


 その時、女の子の雰囲気が毛羽立つ様に変わった。視線が天月天に向けられる。


「先輩は、あなたが原因で、いまベッドに居るんじゃないんすか?」

「俺のせい?」

「そう考えるのは当然だと思うんで。自分は、先輩が今までしくった所を見たことが無いっす。何より、あなたみたいな『こちら側を知らない人間』との接点を徹底的に排除しようとするのが先輩のやり方っす。なのにあなたはここに居る。――なら、普通なら有り得ない『先輩の怪我』と、『あなたのような表側の人間』を掛け合わせて出てくる答えなんて、明確な物ではないかもっすけど、大まかには辿り着けると思うんすけど」


 つまりは、おまえが先輩と関わったからこうなったんだ、と女の子は言っていた。

 人とのコミュニケーションがうまく取れない天月天でも、少女が言う理屈くらいは理解できる。だから天月天は、つまらなそうな瞳に見つめられて困った様に頭を掻いてしまうのだ。


(んー……まあ、それは)


 間違いではないだろう。

 結果的に助けたとは言っても、最初に自分が関わらなければプロである『赤錆』は簡単に怪物を処理していただろうし、そうでなくとも今の状態にはなっていなかったはずだ。


 だけどそれは、天月天がどこで朝食をとるかという偶然から生まれた結果であって、天月天も『赤錆』を傷つけたくて拉致したのではない。そもそも、拉致という過程を挟まなければ、天月天は『赤錆』に撃ち殺されていた。

 だから――。


「そう言われても、あの場ではどちらかが死ぬか、どちらもが生きるかの二択しかなかったんだよ。俺、殺されそうだったし、殺されるのは嫌だったし」

「それでも、あなたが死んでいれば先輩がこんな事にならずに済んだんすよね? ならやっぱり、あなたは死んどけばよかったわけで」


 ――何を言って無駄っすよ。そんな言葉が透けて見えた。 

 だから余計に困る。天月天に女の子が望む答えは用意できない。


 そんな時だった。

「いやあ、お二人さん。実のある話は出来たかな? それとも熱い時間が始まる所だったとか?」

 病室に緑一色のスーツを着た男が入ってきた。

 

 サンタコスの少女はつまらなそうな眼を向けて、溜息もついでに言う。


「何を言っているんで? セクハラなら訴えるっすよ?」

「はっはー、ごめんよ。セクハラじゃないから訴えないでおくれよ」


 緑色の男はサンタコスの少女に肩を竦めて病室内に入る。

 どうやらこの二人は面識があるらしいと眺めて思う天月天は「あ」と何かに気が付つき、知り合いでもない人間が病室に二人も居る異常な状況で、今更というにも程がある事を当人たちに質問するのだった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 緑色のサングラスの奥に光る瞳が、常よりつまらなそうな半開きの眼が、その言葉の異常さに反応して、不審というフィルターを掛けた。


((なんだこいつ))、と。

 

 ♀+♂


 自己紹介を適当に終わらせた後の話の始めは、こんな言葉からだった。


「さて、天月天(あまつきそら)君。君は今、とても危うい立場にいるという事を理解しているかな?」


 言ったのは、サングラスから足の先まで緑色の品で染めるという奇妙な格好の男で、名前を『鹿角の男(ケルヌンノス)』と名乗る人物だった。『鹿角の男(ケルヌンノス)』は、サンタクロースのコスチュームを着る――『贈盗の杖(チェンジャ)』とつまらなそうに名乗った少女の横に椅子を移動させて座っている。自己紹介では二人とも『赤錆ラスト』と同じ職場の人間という事だったが、年齢や服装に統一性はなく、一体どんな仕事をしているのか不明だった。


「ああ、もちろん、警戒はしなくていい。というより、警戒なんてされても君の事は調べさせてもらっていてね。ある程度の事なら知っているんだ。君がどこの児童養護施設の出で、どこの学校を卒業したのか、いまどこで働いているのか、君が今朝方に一体何をしたのか……ある程度はね。だから、嘘や隠し事はしないでくれるととても助かるんだけど、どうだろう?」

「どうだろう、と言われても。そもそも、なんでそんな事まで調べているんです? 二人の格好からみても警察ってことはなさそうですが」

「まあ、警察ではないね。でも、警察より大きな力を持った組織に所属しているのは確かだよ。だから、君を知ってからたった数時間で君の事を調べられたし、君の所へ警察が来ることも無い」


 肩を竦めて見せる『鹿角の男(ケルヌンノス)』は続ける。


「で、どうだい。自分の立場は理解しているかな?」

「それは……まあ」


 天月天は少し考える間を開けて答えた。


「俺が朝にしでかした事を考えれば、何となく」


 幾ら思考が一般的ではない天月天でも、今朝は大変な事をしたと思う事は出来る。

 なにせ、殺人現場から何もせずに立ち去った事による結果的な遺体の遺棄や事件の隠ぺい、『赤錆』を連れ去るという拉致誘拐に加え、正当性のある行為だったとしても下顎の吹き飛んだ女性を木端微塵にしたという過剰防衛ないし暴行致死と、器物損壊に当たるだろう吹き飛んだ部屋に落ちている鈍器の様な拳銃で銃刀法違反だ。これだけの罪状が上がるというのに、何も思い浮かばないはずはない。当人がそれだけの知識を有していなくとも、だ。


 緑色に染まった男の言葉を信じるなら、二人はどうやら警察ではないらしいが(そもそも十代前半にしか見えない少女が警察のはずはないのだが)、思いつく限りの罪状を盾に取られる可能性はある。人体を木端微塵に出来るような非常識な力を持っていようが、警察に捕まるないし追われるようなことになれば、天月天は『赤錆』と一緒に居られなくなってしまう。一緒に居られなければ自分を殺そうとまでしてきた『赤錆』を拉致した意味すらなくなってしまう。


 だが、そうではない。


「ああ、先に行っておくべきだったけど、危ういと言っても、君が警察に捕まってしまうような表の世界での危うさじゃあない」


 緑色のサングラスの奥で針葉樹の葉の様に目を細めて笑いながら、『鹿角の男(ケルヌンノス)』は言う。


「今朝君が目撃してしまった裏の世界、我々の様に、アティテューディナルアビリティ――通称【AA(アーツ)】をその身に持って、世界の常から外れた存在を知ってしまったという、超常の世界での危うさだ」


次回 「 超常の超 」

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