店長の話
――いらっしゃい。
ああ、あんたか。
うん?
どうしたね、難しい顔をして。
ああそうか、薦めた作品が趣味じゃなかったな?
はは、いいさ。
あれは〝楽しい作品〟と言うわけじゃあないからね。
それに、注文にあった恋愛小説にファンタジーを混ぜたような気楽な作品って言うのとも、違うと言えば違う。
それが分かっていて薦めたんだ。悪かったね。
けど、これは言い訳になるが、どちらも含まれてはいただろう?
一途な男と、その男にストーキングされる女の子の物語。
世界の存続と想い人の命を天秤にかけて、それでも〝好き〟を優先させられるなんて、そんな男は現実に居やしない。だから物語になる。
ご都合主義だ。
現実的じゃない。
そんな周囲の意見なんてもん、くそくらえだ!
――――薦めた作品を読んだ時、そんな感情が伝わってきてねえ。
確かに、バランスの取れた作品じゃあない。
事実、あの作品は主題として置いたはずの恋愛ファンタジーを表したというより、登場キャラクターが『何か大きなものとどう向き合うのか?』っていう社会小説じみた側面が顔をのぞかせてもいる。
生まれついた環境。
生まれ持った才能。
例えばこの国は、世界のほかの国や地域から見れば恵まれている。理由としては、水道水をそのまま飲める国だからだ。196か国存在する国のうち、たった15程度の国でしか水道水をそのまま飲める国がないと言われれば、何となくでも伝わるはずだろう。
けど恵まれていると言えるのは、世界に目を向けたときだけだ。
人はもっとミクロな社会で生きているし、個人がマクロな考えを持てたとしても、人類全員がそれを持っているわけじゃない。
恵まれた国、地域、環境、才能。
そういったモノを大きな枠組みで誰もが持っている、享受している場所にいる人間は、何かそれ以上を持っていなければその社会では生き残ることすら難しくなるものだからな。
それって言うのは、有名国公立大学に現役入学して何の不備もなく卒業していける人間の、全員が全員、どんな職に就いて行くのかを考えれば理解できるはずだ。
有名国公立大学。
その中では勉学に対する努力だけじゃない。人間関係の成立や自分をどう見せるのか、自分には何があるのか。考え、磨き、輝く原石の中でも才能を埋もれさせない何かを行っていく必要がある。そうでなければ、せっかく有名大学を出たってとびぬけたことなんてできやしないんだから。
まあ、あんたのその顔を見る限り、あの小説はあんたに最後まで読ませるだけの力を発揮できていないらしい。なんなら返品してくれたって構わんよ。
――ほう。
最後までは読んでくれたのか。
そうさな。
もし時間があるなら、前回みたいに感想を聞かせてもらえないか。
もちろん珈琲は用意させてもらうよ。
いただきものだがクッキーもある。
そうかい。
なら、いつもの席で待っていておくれ。
直ぐに用意するから――。




