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十三話 「 刻限の限 」

「ちいぃ、際限がない! そんなに私を殺したいか!」

 余裕さえ垣間見える表情のまま『赤錆』が唸れば。


「ああ、殺したいに決まっている!」

「貴様さえおっちねば、世界が救われると言われれば!」

「是が非でも死んでもらうさ、うら若き少女よ!」


 とそこら中から言葉が返ってきた。

 その中でも最前線にいる全身緑色に染めて夜なのにサングラスを掛ける『鹿角の男』は、自身の能力――『植殖童子』の内の一つ『廃退』を行使しながら、死に神宿る左手をただ振り回して『赤錆』へと迫っていく。


「まったく、本当にまったくと言った気分だよ、『赤錆』。全く持って煩わしい!」


『鹿角の男』の左手には『廃退』の若葉を持った金色の幼児が居座っていて、それを植え込まれると『廃退』の文字通りに生命力を枯れさせられてしまう。発動条件として左手で直接触れるという動作が必要だが、それでも恐ろしい力なのは間違いない。


「さっさと諦めてくれるとうれしいんだけどな。ほらもうあと一分も無いじゃないか。正確には残り四十七秒だ。早くしないと君の所為で世界が終わってしまうよ!」

「ははあっ! 最初は私も世界の為ならと諦めてもいたさ。けどな、世界より私を、それで世界が終わるなら仕方ないと、そう思ってくれる奴がいるんだよ! ならば! 私は私を諦める事がどうして出来るっ!」

「死んでしまったら! そんな物もう関係なんて無くなるというのに、何故そこまでして繋がりなどという目に見えないものを想うことが出来るんだいっ」

「そんなこと決まっている!」


 ダンダンダン、ダダダン! とダンスのテンポを刻む様に銃声が響き、

「私の命が誰かに望まれたんだ、ならば捨てる理由こそ見当たらんだろうがぁぁっ!」

『鹿角の男』の関節部に計六発の銃弾が飛び込んだ。


「! ぐッ……っがああああああああああああああああああああ!」

 痛みによる叫びが『鹿角の男』の口から()()轟く。

 だが、それも一瞬。『鹿角の男』は立ち直ったいた。

「ぉ、ふうあ……これで七回目の『収穫』だねぇ。収穫祭が開けそうだよ。そして『赤錆』、どうして無駄だと理解してくれないかなあ?」


 言いながら、おもむろに『鹿角の男』が近くに倒れていたセーラー服を着た『AA』能力者に右手を置くと、六発の銃撃ダメージが全てその能力者に移っていた。


「こうして、収穫したものは皆に振る舞うことが出来るというのに」

「びゃっ、ばあああああああああああああああああああああああああ!」


 突然の痛みに階段状のピラミッドから落ちていくセーラー服の能力者。

 落ちていくそれを僅か目で追いながら、それでも周りから迫ってくる他の連中に銃弾を叩き込んでいく『赤錆』は、汚い物でも見る様な目で『鹿角の男』を睨み、舌を鳴らした。


「外道が……」

「ふむぅ。そう言われてもねぇ。ぼくが外道なら、君は何なんだい()? 君なんて世界を滅ぼそうとしているじゃあないか」

「私が『何なのか』、か」

「そうだよ、君はなんなんだい?」


 おちょくるようにそう問われ、答えを考えるような間が勝手に開いた。意図して間を作ったわけではない。そういえば今日、私もこの質問を他人に向けたなと思っただけだ。引き金を引き、何発も何十発も弾丸を撒き散らしながら、少し笑う。


「ああ……確かにこれは問われて困る質問だ。私はこんな質問をしていたのか、あの男に」、と。

 

 ルーチン化でもしたような銃声を響かせながら『赤錆』はこう、言い返す。


「ならば私はこう言おうか!! ――()()()()()()()()()()ッ!!!」


 そしてまた銃弾が数人の能力者を行動不能に追いやると、『赤錆』と『鹿角の男』の視線が強烈な勢いでぶつかった。


 互いに譲れぬ想いを抱え、人知の外にある異能をぶつけ合う。

 片や世界の為に、片や友人の想いに応える為に。


 間違いなく『鹿角の男』は強い。時間無制限で戦っていれば負けたのは『赤錆』の方だったろう。だが、次第に窮屈になっていく戦場は、それでも『赤錆』にある種の確信を見せていた。


(よし、このまま行けばタイムアップに追い込める。包囲網は確かに縮まってきているが、それでも残り時間はあと数秒も無いはずだ。ならばこのまま ―― ッ!?)


 だが。

 戦場では何が切っ掛けで状況が崩れるかわからない。

 そして、人は三秒もあれば殺すことが出来る生き物だ。

 特に、『AA』能力という異能力があれば尚更、人の命は簡単に散っていく。


 そんな戦場で――。


「ばあううううううううううううううううううううううううううううう!」


 唐突に、離れた場所で戦っていたはずの金色の巨大な幼児が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()吹き飛んできた。


「――ッッッ!!」


 戦闘のリズムが出来ていた『赤錆』の動きが本当に僅か、一呼吸の四分の一ほど止まる。

 それが隙に繋がった。


 ニヤと気持ち悪く動く『鹿角の男』の口角。

 発動されるのは『植殖童子』の能力の一つ、『流転』の力。

 せっかく『赤錆』の背後を取ったのに、簡単に『赤錆』に退けられた能力者にターゲットを絞って。


 転瞬。


 その能力者と『鹿角の男』の位置が入れ替わった。

『鹿角の男』がちらと腕時計を見れば、残りは僅か三秒。


 しかし、三秒あれば人は死ぬ。

 それも『廃退』という相手の生命力を枯らす異能を備えていれば、左手が『赤錆』の肩に置かれるだけでその命を奪えてしまう。


 ――だから。


 周囲から響く。

 今にも血でも吐きそうな焦った声が、瞬間的に重なる。


「「「『赤錆』!」」」


 三。

「これで終わり」


 二。

「これで世界は救われる」


 一。

「じゃあね、『赤錆』」


 ゼロ。





 その一秒前で――――世界の重さが膨れ上がった。


「止まらないか。刻限だよ、君」 


次回 『 然したる茫々 』

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