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十二話 「 刻限の刻 」

『赤錆』はゆっくり息を吐きだし、一拍の間を作ってから頭を切り替える。


「良いか、天月天。この問題はお前一人が決めて良い事じゃないんだ。本当に世界が」

「だから、壊れたっていいって言ってるじゃないか」

「いや……だからな、それを決めるのはお前でなければ私でもないんだ。世界的な総意という大きなものがだな……」

「ごめん、『赤錆』が何を言っているのか分からない。総意ってなんだ。もっと簡単に説明してくれないか?」

「……ええい。だから、な……」


『赤錆』の小さな口角が不気味に引きつった。

 そのとき。


「無理だと思うすよ、先輩?」

「こいつは知識というやつを置き忘れたまま成長してきた様な奴だからにゃあ」


 つまらなそうな表情の『贈盗の杖』と、ブチ猫の体を操る『百獣疎通』が姿を現した。

 驚いたように『赤錆』が言う。


「二人ともどこから……っ!」

「どこからって、普通にこのピラミッドを上ってきたっすけど」

「ニャーの本体は運動不足にゃからにゃ。替わりに猫の運動機能で代用にゃあ」


 けど、と。猫の体を操る『百獣疎通』はそう言い置いて、ピラミッドの頂上から下を見下ろす様な格好でこんな事を言った。


「結局どうするにゃ、『赤錆』? 天月天のさっきの攻撃で吹き飛んだ『鹿角の男』はもう起き上がっているし、十メートルの幼児っていう冗談みたいな巨体が吹き飛んだおかげで争い合っていた能力者は争い合ってる場合じゃにゃあことを思い出したみたいだし、頭に直接響いてきた声から考えるとあと五分くらいで世界は終わるってことになってるみたいだし……にゃあ、はっきり言って、どちらに転んでもニャーたちにまともな未来はやってこないにゃ。きっと、世界が終ろうが助かろうが、『赤錆』が生きていにゃければ天月天が世界を終わらす。ニャーにはそんな気がしてにゃらにゃいのにゃけどにゃあ?」


 そしてそんな猫の言葉に同意するのは、つまらなそうな表情の『贈盗の杖』である。


「いやいやながら、自分もそう思うすよ。先輩、愛されちゃってるんで」

「あ、あいッ! そんなことある訳……!」


『赤錆』が慌てた様に否定する言葉にしかし、『贈盗の杖』はしっかりと割って入る。


「まあ、そういう訳なんで、先輩。とりあえず世界の為に死ねばいいなんて糞みたいな考えはケツを拭いた紙と一緒にトイレの中にでも流しといて、まずは生き残ることを考えてくれねぇすか。それで世界が終わったら終わったで、もうしょうがないんで」


 と、ここまでが前置き。

 天月天も、『贈盗の杖』も、『百獣疎通』も、ここからが本音だ。


「「「なんだかんだ言って『赤錆』に死なれたら嫌! それだけっ!」」」


 だから戦う。

 だから世界を敵に回す。


 強大な力を持った『AA』能力者を、『土を食む者』との戦いで数が減っているとは言っても数百単位で相手にして、巨大な金色の幼児まで敵にして五分間を生き残る。

 そのあと世界が終わって死んでしまっても、それはそれ。

 しょうがない。


 生き残るために『赤錆』を殺しに来る連中には申し訳ないが、全力で『赤錆』を守って見せる。そっちだって『赤錆』を殺す為に来るんだから、五分間の間で死んだって文句言うなよ、馬鹿野郎。


 そっちは数百、こっちは数人。

 もしかしたら一分も持たずにやられるかもしれないけれど、それもそれだ。

 しょうがない。


 だから、さっさと始めよう。

 この世には、突き通したって間違っちゃいない罪もある!


 ♀+♂


 直後だった。

 油分の足りない古めかしい響きの声と一緒に、どこからか二丁の拳銃が投げられてきた。

『赤錆』の目に覚悟が浮かんだのは、この時だった。


 ♀+♂


 残り四分三十秒。

 そのとき『百獣疎通』は半径数キロ圏に居る全ての獣にアクセスを仕掛けていた。


 飼われている者、野良化した者、ペットショップのケージに入っている者。

 そのすべてにアクセスを仕掛け、猫、犬、鼠、鳥、猿に、珍しい所ではオオトカゲやジャコウネコ科の白鼻心に、どこに居たのかライオンと虎を掛け合わせたライガーやゴリラなどと言う、それは個人で飼って平気なのか周囲に動物園はないよねという種類の動物達が戦場には集まっていた。


 そのほとんどが一匹なら一般人でも相手に出来る様な小型から中型の動物ばかりだが、それが数十数百と集まれば『AA』能力者でもどうにもならない。それも、ゴリラやライガーなどの大型動物が活躍するより、異常なほど数がいる鼠種の活躍が目覚ましいのだ。ハツカネズミから観賞用のハムスターまでが一斉に『AA』能力者の体を駆けあがり、その肉体を瞬時に襤褸雑巾の様に変化させていく。


 ピラミッドの頂上でその光景を見下ろすブチ猫状態の『百獣疎通』は、自分が操っているにも拘らずぞっとするその光景に尻尾を膨らませていた。

「にゃー、幾らなんでもやりすぎかにゃあ……?」



 残り三分二十秒。

 そのとき『贈盗の杖』は大量のマイナスドライバーとプラスドライバーを縦横無尽に振り回していた。


怪盗の落とし穴(シーフ・ザ・ギミック)』と『豪商の大放出マーチャント・リリース

 物質の増加と減少という、使い方によってはどこまでもえげつない能力になり得る力をつまらなそうな表情で扱う『贈盗の杖』は、『怪盗の落とし穴』で地面に大穴を開けて、その穴を『豪商の大放出』で埋め立てていく。『AA』能力者を三十メートルという地下に生き埋めながら、『贈盗の杖』はやはりつまらなそうな表情のまま、サンタコスの内側に忍ばせているドライバーを取り出して世界に異常を撒き散らす。


「『AA』能力者と言ってもそこまで手強い事も無い訳で? それとも、明かされた真実にまだ戸惑っているんすかね……」



 残り二分十秒。

 そのとき元々二メートル前後の身長がある天月天はその体を三倍ほど巨大化させながら、吹き飛ばしたはずの腕が元に戻っている金色の幼児を殴り飛ばしていた。


 けれど金色の幼児は倒れない。天月天が攻撃を加えれば簡単に腕はもげ、腹に大穴が空き、足はねじ曲がり、頭は破裂する。なのに動く。再生が早く止まらない。

 ばあううううう、と幼さが見える声を上げて、『鹿角の男(ケルヌンノス)』の能力の一端である『成長』で巨大化を、『発生』と『結実』で再生を、『忍耐』で反復を司る若葉を植え付けられた金色の幼児は、ただ与えられた命令をこなしていく。


「ああ、何だろう。初めて力一杯動けるのになんか嫌だな、これ。全然子供の顔してないのに、赤ん坊を殴ってる気分になる」



 残り一分。

 そのとき『赤錆』は自身の赤茶けた髪を振り乱し、まるで踊りでも踊っている様にくるくると回転しながら、色の薄い赤い瞳を戦闘用に変えて引き金を引いていた。


 発射されるのは獲物を殺し尽くす為のホローポイント弾ではなく、SS190という極端に貫通力を高めたものを更に『対を成す者』の技術力で高性能にした弾丸。長距離射撃に用いられるライフル弾と同等以上の性能を誇り、窓ガラスに向けて撃ってもガラスを割らずに弾丸直径の穴が開く様な代物だ。

 それを、四方八方から襲いかかってくる『AA』能力者の関節部。肩や肘や膝といった、相手を行動不能に追い込むダメージを与えられる割には致死率が低い部分だ。階段ピラミッド上方から寸分の狂いもなく撃ち抜いていく。


「しかし、数が多い!!」


 余裕すら浮かぶような『赤錆』の表情だが、あまりに『AA』能力者の数が多く、多種多様で変幻自在、異様顕現する『AA』能力をどうにかいなしながらの攻防は、次第に窮屈になっていくのだった――。




次回 『 刻限の限 』

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